第5話 エヴァーランド

 それから二週間経ち、嗚呼琉は阿部教授の要請で再び超心理学研究室へ赴いた。

 今日は両親はついてきていない。

 この二週間の間に、嗚呼琉は自分の過去近辺の事を自分なりに調べてみた。

 慈海という女性は現実にいなかった。

 セダンに轢かれそうになった事故も嗚呼琉の単独事案だ。

 勿論、十数人の黒服の男やサブロウなる人物の影も見いだせなかった。

 退行催眠による過去の現実は、現実ではないのだ。

 それでも教授の再びの退行催眠の要請に応えたのは慈海に会いたかったからだ。

「来てくれて嬉しいよ」

 阿部教授はそう言って、嗚呼琉を迎えてくれた。

 論文なのか研究レポートなのか、そういう原稿をPCのワープロ画面に打ち込んでいる最中だったらしい。

 作業しながらつまんでいたのだろう、マシュマロの甘い匂いが部屋にあった。

 机の上には菓子皿に盛られたマシュマロの小山。

「君が言う通りならば、君の夢は興味がある事だらけだ」阿部はセッティング済みだった退行催眠術の場所へ嗚呼琉を案内する。「……もし、よければ君の超能力というものも調査したいのだが」

 前回の夢の中の会話を聞かれていたのか。催眠状態の時に訊かれて答えたのだろう。

 嗚呼琉はただ笑っておいた。

 阿部は学生を使って、退行催眠の準備を始める。

「退行催眠は偽記憶を生じやすいという巷の意見がある様だが、私はそう思ってはいない。前回の夢には意味があるはずだ。嗚呼琉君、君には前回の夢の続きを見てもらう」

 安楽椅子に腰かけ、下半身にブランケットをかけられる。

 リラックス効果のあるアロマと、ヒーリング系のBGМ。

 阿部教授の催眠術によって、嗚呼琉は眠りの中へ落ちていった。


★★★

「ここは夢の中なのか」

「夢の中だぜ、イェイ」

 昔の映画では登場人物が外国へ移動する際には、飛行機や船に乗っているシーンを必ず挟むものだった。

 それは外国へ移動するのは渡航という『旅』であって、場面転換を観客の実感に合わせるのはその経過を描く事が不可欠だったからだ。

 今、気がつくと十五歳の嗚呼琉は唐突にアメリカにいた。

 慈海とサブロウと一緒だ。

 二人とも前に見た夢と同じ服装だ。確かめてみると自分も同じだった。

 スキニージーンズをはいた慈海にまた会えたのは素直に嬉しかった。

 彼女も同じに感じている様だ。

 慈海の姿は眩しい太陽の下でも美しい。

 ここは何州の何処の町かも解らない。

 ただアメリカにいるという把握だけがあった。

 底抜けに青い空。

 足元の影が濃かった。

 白い肌。痛いほどの直射日光に対し、嗚呼琉の貧弱な身体はクラクラした。

 ここは夢の中だという事を忘れそうな現実感がある。

「ここに地球製UFOがあるんだぜ、イェイ」

 青空の下で黒いこうもり傘を閉じて地面に突き立てているサブロウが言った。嗚呼琉達は彼にアメリカへ招かれたという事らしい。

「地球製UFO」嗚呼琉が彼の言葉を聞いて、周囲を見回した。勿論、アメリカなど現実に行った事はない。そうするとこのアメリカは嗚呼琉の二次的な情報と想像力で作られたのだろうが、リアルだ。

「ここはエリア51なの」と慈海が訊いた。

 とても軍事施設には思えなかった。

 周囲に三人の他の人間はいない。

 ここは広い遊園地の中央だ。無人の。

 ジェットコースターやスピニング・ティーカップやスワンボートを幾つも浮かべた湖があった。

 本当に広い遊園地だ。

 整備も清掃も行き届いている様で、これで人間がいないのは不気味にさえ思える。

「エリア51? あそこはステルス機等の最新鋭兵器を研究している場所だぜ。あんな有名すぎる施設で極秘のUFOなんかはもう作れない。人工衛星で丸見えだぜ、イェイ」

「じゃあ、ここは何処なんだ」

「エヴァーランド」

 サブロウはそう言った。

 エヴァーランド。嗚呼琉の記憶が確かなら、それはアメリカのポップスター『トレロ・カモミロ』が個人的に所有している巨大遊園地の名前だ。

 トレロ・カモミロはスペイン語で闘牛士を意味する。その名を持つ歌手はアメリカの現代の代表的人物の一人で、世界で一番売れたアルバムというギネス記録を持っている世界有数の大富豪のはずだ。

 尤も嗚呼琉がこの年齢でいる時代には、もう彼は麻酔薬のオーバードーズによる事故によって既にこの世の人物ではなかった。

 エヴァーランドは彼が私的に創設し、家族に残した資産の一つだ。

「トレロ・カモミロのエヴァーランドだというのか。あのポップスターの」

「そうだ。そして俺の依頼主でもある」

「依頼主? トレロ・カモミロは死んだんじゃないのか」

 嗚呼琉の問いに答えず、サブロウは歩き出した。

 嗚呼琉と慈海はついていく。

 休憩場所に偽装された施設に隠されていたエレベータで、三人には地下へと下りていった。

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