最終話 フェニックス

 闇が広がる。

 ここは新しい宇宙か。

 しかしコックピットを開放したままのGRITSを襲う真空はなかった。

 何もなかった。

 虚無さえもなかった。

 本当に何もない。周囲をぬばたまで塗り尽くしたGRITSは真の孤独だった。

「ここは時間さえないのか。……時間を持つのは連続した『意識』を持つ僕達だけか」

「……そうか。鵺姫は終わりと始まりを同時に見つめる双貌の神なんだ……」

 嗚呼琉は嘆いたが、トレロ・カモミロは冷静に分析した。

「何もない全くの無に今、私達が存在しているのだから」

 慈海の呟きと同期した様に、いきなり視界が白く爆発的に急膨張した。

 プランク定数以下の最小単位から発達した特異点が大爆発の如き、インフレーションな宇宙の生長を生み出したのだ。

 その白い輝きがGRITSを呑み込んで量子場を作り上げていく。素粒子の対称性はすぐに破れた。その偏りを生み出したのはもしかしたら慈海のジェラシーかもしれない。心の揺らぎ。

 煮えたぎり、急速に離散していく宇宙。

 しかし、それもすぐに冷えた。

「トンネル効果!? ビッグバン!? しかし熱は!? 真空は!? 僕達は平気なのか!?」

「ビッグバンを起こしているのは実数時間宇宙だ。私達がいるのはあくまでも裏側のそれに重なった虚数時間宇宙なんだ」

「これじゃ、私達が新しい宇宙を生み出したことになるの。鵺姫を突き抜けた私達はこの新しい宇宙の創造主……」

 インフレーションの勢いは一瞬で治まったが、宇宙は拡大し続けていく。

 虚数時間抜宙を介在して新しい実数時間宇宙が生まれた。

 嗚呼琉達は、神、なのか。

「ここはまだ何もなかったところかもしれない。xとyとzと、そしてtがあれば、それは僕達が生み出した新たなる世界なんだ。僕達の意識の連続がこの宇宙の連続性、時間を生み出したんだ」

 嗚呼琉は後ろを振り返った。

 鵺姫の姿はない。

「時間は各時空にバラバラに内包されている。しかし、それを僕達の意識の連続性によって、感じられる範囲で意味付けが行われている」

 ヘルメットを脱いだ嗚呼琉はGRITSを離れた。

 今の自分は銀色のUFOを離れた、病弱な一個体だ。しかし、神的存在でもあるのだ。

 宇宙の真空は、膨大な放射線は、嗚呼琉に何の危害も及ぼさない。

「鵺姫と銀河連盟の戦いは終わったのかしら」

 慈海もGRITSを離れて、宇宙に浮いた。スキニージーンズの女神。

「鵺姫はどうなったのだろう」トレロ・カモミロがGRITS内の全てのディスプレイで同時に喋った。「これが鵺姫に愛を向けた結果か。恐らく私達は正しかったんだ」

「精子と卵子」嗚呼琉は呟いた。「四重螺旋が新しい宇宙に受精させたんだ。鵺姫は四重螺旋に受精した。真インフルエンサーである僕達の影響はこの新宇宙の未来の在り様に大きな影響を与えるだろう。新しい炭素生命体が基本の宇宙が始まる」

「愛の宇宙だ! 愛の勝利だ!」多くのラブソングを歌ってきた、ポップスターの残像が声を張り上げた。

 浮遊する慈海が、嗚呼琉に近づく。

 そして一方的な、キス。

「私達はこの姿のまま、年をとらず、病で死ぬ心配もなく、この宇宙と共に生きてくんだわ。この宇宙の裏側、虚数時間的宇宙で」

「僕達は鵺姫に勝ったんだ。……そして、新しく、この宇宙の鵺姫、『穴』になったんだ。僕達は終わらそうと思えば、この宇宙を万能の『超能力』で終わらせる事が出来る。虚数的時間宇宙を伝搬して実数時間宇宙へと影響するパワーで。しかし、僕達は待とう。実数時間宇宙の生命体達が進化し、その果てに連盟を組んで、僕達の『終わり』に最終戦争を挑んでくる、その日まで。……僕達がやった、あの様に」

「鵺姫はこれを繰り返してきた全並行宇宙の機能の一部だったのね」慈海は身に着けていた衣服を脱ぎ捨てた。痩身の彼女は美しかった。

「やがて、プロメテウスとパンドラは誕生する。それがこの宇宙の人人が私達を知り、挑んでくる第一歩だ」まるでGRITS全体が溶解する様に人型に変形した。それは人間としての巨大なトレロ・カモミロの実像だった。「メタ構造宇宙を私達はワンステージ上へ上昇出来たのかもしれない」自我を持つ電脳体は、ここで銀色の機械生命体となった。オーロラの尾を曳いて、何処かへ飛び去る。

「パンドラの壺の栓が抜かれるのね」

「数多の厄災という生命の素がばらまかれ、それはやがて、はかない希望へと辿り着く」

 果たして、今度の希望は自分達との最終戦争へと行きつくだろうか。

 それには何百億年の時間単位を待たなければならないだろう。

「この宇宙は僕達の子供だ」

 いつか自分は一機のUFOとなって、この宇宙の真インフルエンサーとなった子供の一人、プロメテウスに会いに行くかもしれない。

 彼もまだ見ぬ宇宙を夢見るだろうか。

 嗚呼琉は自分から慈海の顎を捕まえ、情熱的なキスを交わした。

 恋人同士は互いに絡み合う真キルリアン場の大きな翼を、不死鳥の如く夢の宇宙いっぱいに広げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日、僕が見たUFOは 田中ざくれろ @devodevo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画