狂気短編集

可哀想な女性の狂気 ～それでも彼女は生きていく～

　神父様、聞いてください。

　私の兄が出所してくるんです。会えなくてもう五年になるんですけど、やっと出所してくるんです。私のために人を殺した兄が戻ってくるんです。

　長い間、私は独りきりでした。両親も自殺してしまって、この孤児院に厄介になって。

　でもようやく兄が帰ってくるんです。刑期を終えて、私の元に帰ってくるんです。

　昔は楽しかったなあ。よく家族四人で遊園地に行って。兄も父も高いところが嫌いなのに、見栄張ってジェットコースターに乗って、そのたびに母と私は介抱したんです。

　懐かしいなあ。だから早速、会いに行かないといけないんです。それで地元に帰るんです。兄の大好きなオムライスを作ってあげたいなあ。

　昔は料理が苦手だったけど、もう上手になったんですよ。ふわふわのとろとろのオムライスにケチャップをかけてあげるんです。ドロドロとね。

　早く会いたいなあ。私、兄が好きなんですよ。昔から私を守ってくれたんです。刑務所に入ることになったのも、私のせいですけどね。えへへ。

　だから、明日から三日間、お休みください。

　もちろん、他の職員の人に代わりは頼んでいます。みんな嫌そうな顔をしてましたけど、引き受けてくれました。

　この孤児院にはお世話になってます。兄が居なくなって天涯孤独だった私を職員として雇ってくださった神父様には感謝しきれないんです。

　でも三日間の休みくらいくれますよね？　それまで休みなく働いていたんですから。

　神父様？　どうして悲しそうな顔をするんですか？

　何か私、いけないことを言いましたか？

　……この話が何度目かって？

　えへへ。たった五度目じゃないですか。

　いいじゃないですか。五年前から毎年休みをもらってますけど私の勝手じゃないですか。だってそうでしょう？　兄が死刑になって淋しいんです辛いんです苦しいんです憎いんですやるせないんです。だから実家に篭もって一日中過ごしてもいいじゃないですか。何がいけないんですか。法律で決められているんですか。兄を殺した法律のように私を縛るんですか。

　ああああああああああああ！！　私を犯した男たちが憎い！　だから兄はそいつらを殺してくれたんです正義の味方です味方味方味方！！　私の人生を無茶苦茶にしたそいつらを皆殺しにしたのに、どうして兄が死刑になったのか分からない理解できない！　ああ、憎い！　憎い！　憎い！　だから現実から逃げたいから目を反らしたいからここで奴隷のように働いているのに思い出させないでよ悲しくなるから死にたくなるから。

　でも死ねない死ねない。兄が死ぬなって言うから死ねないのえへへだからこうして生きているの生き恥を晒しているのえへへへへ犯されたときの記憶が頭に残って死にたいけど死ねないのいやらしい男の手や肌触りが残っているの綺麗に綺麗に磨いても残っているの汚らわしい。

　父も母も兄が死刑になって自殺しちゃったのそうだもんね死刑囚だもんね世間の目もあるもんねだけど私は死ねないの兄と約束したのだから死ねないの。えへへへ。神父様には迷惑かけているけど分かっているけど仕方がないのだってそうしないと生きていけないの。

　こんなのは嘘なんです犯されたのも嘘で兄が人殺しで両親も自殺しなくて皆仲良く生きているの三日間毎日オムライスを作るのそれが幸せ！　残された私の幸せ！　ああ、心地が良いの！

　神父様綺麗事は言わないで死にたくなるから死んだら兄との大事な約束が守れないじゃないやめてよやめてやめてやめて！！

　えへへ。休みをどうしようが私の勝手ですものいいじゃあないですか酷いこと言わないで現実なんてどうでもいいの過去だけで生きていきたいのそれだけで十分なの幸せなの。いろんなことを誤魔化して生きていくのそれが幸せなの。えへへへへへ。

　だから神父様いいでしょう私行かなきゃ実家に帰らなきゃそれが私の生きがいなの生きていく目標なの。ね？　ね？　だから行かせて？　

　えへへへへへへ。えへへっへへへへ。ありがとう神父様。お優しい神父様。三日経ったら帰ってくるから。周りの人と仲良くやって孤児院の仕事頑張るから。

　さようなら、神父様。また会いましょう。