夜道

 舗装もされていない、ぼこぼことした暗い道。

 足元に気をつけながら、私はゆっくりと歩んでいました。


 次第に目も慣れてきて、おぼつかないながらも、少し早足になります。恐れていたわけでも急いでいたわけでもありません。ただ先に進みたかったのです。


 道の傍に一軒の店がありました。小さな店です。とても古びていて、みすぼらしく、中には数人しかいないことが、気配で知れたのです。


 何の気なしに中に入り、店主に注文しました。ちょうど桜が狂い咲くような暖かさでしたので、冷酒を一杯ほど。肴はお通しの胡麻和えです。


 ちびちび呑んでいると、客の一人が「そうとしても、おかしいことには、変わりない」とぼそっと呟くのです。


 本来なら気にしないところだったのですが、どうも耳に入ってしまいます。


「ああ、彼女は不幸だったよ。悲しいことをした」

「らしいと言えば、らしいね」


 二人の客は不明瞭に話します。私のことではないのに、なぜか悲しく、やるせないきもちになるのです。怒りではありません。虚しさを覚えたのです。


「それでも、選んだ責任は、重い」


 客の言葉に、とうとう私は立ち上がってしまいました。


「知ったような、思いあがりは、やめてもらいたい」


 頬を伝うのは、一滴の涙。

 すると客の一人が、私を哀れむように、嘲笑うかのように、ぼそりと言うのです。


「それでも、人は――」


 最後まで、聞けませんでした。

 私は金を置き、その店を飛び出したのです。


 早い話が、逃げてしまったのです。


 夜道は次第に明るくなりますが、私の心は薄暗いままでした。

 そのまま、どこまでも歩いていきたいわけではありません。

 ただ止まるのが、厭だった。


「もし。あなたは惑うのは良くないとお思いか」


 後ろからの声。

 振り向かなくても、主は分かりました。


「明けないと思うのは、傲慢ではありませんか」

「だとしても、静かに笑う者を、ほっとくのですか」


 問答をしているうちに、再び泣きたくなったのです。


 白み始める空。私は結局、振り返りませんでした。


 声の主の正体は、分かっていました。

 罪悪感ではなく、虚脱感が支配していました。


 続くのです。夜道で無くなっても。

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