狂気短編集
橋本洋一
僕と歪んだ世界 ~作者は正常です~
世界は歪んでいる。
きっかけは小学三年生のとき。
確信を得たのは中学一年生だった。
それまでの四年間は精神病院をたらい回しされていた。
両親たちは自分たちの息子は狂っていると言う。
そのとおりだったら救われていたのかもしれない。
僕一人が狂っていればと考えたこともあった。
でも世界は歪んでいる。
狂ってなどいない。
ただ歪んでいるだけだ。
今週二回目の火曜日を迎える。目覚まし時計代わりに逆立ちで歩く猫の悲鳴で起きた。
朝食は甘くないシベリアと香ばしい匂いの炭酸水。デザートはオムライスのチキンライス添えだ。
両親たちは全部で九人居る。二人が父親で七人が母親だ。昨日は五十三人いたのに。明日が仏曜日だから、全員居なくなってしまったのだろう。
朝食を終えて中学校に向かう。歩いて二百八十七日かかるけど、父さんの一人がスケボーで毎日送ってくれるので、遅刻したことはなかった。
大気圏を突き抜けながら父さんは「接着剤を持ったか?」と訊ねる。
持ったことを伝えると「それじゃあきゅうりは必要ないな」と溜息を吐いた。
ふわりふわりと校庭に堕天するとみんなは僕を見てぷかぷかと笑い出す。
「あいつまだ靴紐を解けないらしいな」
「情けないなあ。あんなの砂漠からビーズを見つけるようなもんじゃん」
父さんは僕の肩に手を置いた。ねちゃっとした。
僕はいつも一人きりだった。誰も話しかけてくれない。
会話にならないからだ。
話題のこんにゃくのこととか最先端のミネラルウォーターとか、まったく持って知らない。
僕に原因があるのだと知っているけど、それでも悲しい。
そうやって二億五千三百年と二十九時間七十四分が過ぎて、授業は終わった。
内容は分からない。ひたすら点描画でサッカーをしたり、バスケットボールで数式を解いたりしていた。
帰りは歩いて帰る。たった十二秒しかかからないから、楽だった。
だけどこの日は寄り道をして帰ることにした。
少しでも人間を減らすためだった。
「本当は今日、水曜日ですよ」
そう叫ぶとたちまち周りの人間は溶けるか煙になるかして消えていく。
しかしやりすぎは禁物だった。すぐに猫の公安部隊が僕を射殺するのだ。
その際、カエルとイモリの結婚式をしなければ、そのまま三時のおやつ代わりに青いびっくり箱に食べられてしまうのだ。
だから耳元で囁くことにする。
すると個人によって溶けたり煙になったり違うので楽しい。
僕の住む街には人間が六百九十七億の人間がいる。
全員いなくなるには時間がかかる。
もしかしたら寿命で死ぬのが早いかもしれない。
平均寿命二十二歳と八十秒まで時間がない。
狂った僕と歪んだ世界。
終わるのはどっちだろうか。
時計の針が、正午八時を示した。
ようやく五番目の太陽が見られた。
「おや。ここに来てはいけないよ」
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