半分自分
最近仕事が上手くいかない。
「小林くん。どうしたんだね。半分も仕事が終わってないじゃないか」
上司の佐々木課長に言われなくても分かっていた。
最近、係長に出世したせいか、仕事量が多くなった――いや言い訳だ。単に自分の能力が追いつかないだけだった。
「申し訳ございません……」
「謝られてもねえ。そうだな、少し休んだらどうだい?」
そう言われても今の仕事が立て込んでいる中、休むわけにはいかない。
営業をしなくてはいけないのに。
書類仕事が終わらない。
俺は佐々木課長の小言で傷つきながら仕事を持ち帰り、また傷つくために会社へと向かう日々を過ごしていた。
それが変わったのは、とあるセールスの男が自宅に訪問販売に来たのがきっかけだった。
「すみません。『半分自分人形』をお求めになりませんか?」
ぴっちりと分けた七三。紺色のスーツ。黒縁眼鏡。差し出された名刺には『黒磯』と書かれていた。
「半分自分人形? なんだそれは」
「ずばり申し上げますとお客様の半分の能力を持つ人形のことでございます」
半分の能力を持つ人形? なんだそれは。
「お客様のDNAをいただきまして、半分だけ複製させるのです」
「複製? クローンってことか?」
「クローンと言っても自我はございません。ある条件を満たさない限りは」
よく分からないので話を聞いてみることにした。本来ならこんな荒唐無稽な話は信じられないが、仕事で悩んでいたときだったので、魅力的に思えたのだ。
もしも半分自分が居ればこの仕事は片付くかもしれない……そう考えることは多々あったのだ。
「もちろん半分だけではなく全てを複製することは弊社の技術で可能です。しかし取って代わられるケースやオリジナルとクローンの区別がつかないケースが発生した為、このような処置が取られたのです」
「なるほど。しかし半分しか自分ではないのだろう? はたして役に立つのか?」
「心配ございません。半分自分人形はあなたの言うことをなんでも聞きます。拒否はしません」
「それでは奴隷じゃないか」
「奴隷と言っても人間と同じ休憩や睡眠は取ります。しかし食事は取りませんので食費はかかりません」
なるほど。仕事だけやらせれば……
「どうですか? 一体お求めになりませんか?」
俺は決して安くない契約金と口の内側の皮膚を渡して、半分自分人形を買うことにした。
思えば仕事疲れで判断能力が半分になっていたのかもしれない。
翌日。半分自分人形が届いた。
「サイズは半分じゃないようだな」
俺と同じ背丈だった。さっそく俺は一日分の仕事を置いて会社に向かった。
なんとか今日の業務が終わり、人形の待つ家に帰った。
「なんだこれは! 半分しか終わってないじゃないか!」
人形は既に寝ていて、机の上には半日分の仕事が残っていた。
「そうか。半分しか能力がないから、半分しかやってくれないんだ……」
仕方なしに半分残った仕事を徹夜でやることになった。
それから俺は半日分の仕事だけ置いて出勤することにした。
「小林くん。最近頑張ってるね」
佐々木課長が珍しく褒めてくれた。
「そうですか?」
「今までの1.5倍は頑張っているね。これからも頑張ってくれよ」
俺はそれからもばりばりと働いた。人形の手を借りて仕事をこなし、ようやく課長補佐まで昇進したのだ。
しかし――
「小林くん。大丈夫かい?」
「ああ、課長。もうすぐ――」
「顔色が悪いよ。頑張りすぎじゃないか?」
俺は課長の言葉にハッとした。そういえば最近ろくに食事も取ってない。
「体調管理も社会人の仕事だよ。気をつけてね」
家に帰って、物を食べようとする。
駄目だ、食べられない。
寝ても疲れが取れない。
「まるで疲労をとる能力が半分になっているような……」
まさか人形のせいか?
いやそんなわけがない。
「一応聞いてみよう……」
黒磯の電話番号に連絡すると、すぐに出た。
『小林様。どうされましたか?』
「人形のことなんだが……」
黒磯は『もしや人形を壊したりしましたか?』と訊ねてきた。
「い、いや、壊してない」
『もし人形を壊しますと――』
黒磯の説明を聞いて、思いついた。
思えば疲労で思考能力が半分になってしまったのかもしれない。
だから俺は人形に最後の命令を下した。
そして、人形を――
「どうしたんだい。小林くん」
『私』に佐々木課長は困った顔で言った。
「まるで仕事が進んでないじゃないか。『半分』しかできてない――」
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