第4話 悪役として
わたしは勘違いをしていたらしい。
ヒロインであるニアと友人になり、いじめなかったソフィーは悪役でなくなったと思っていた。
でも、この容赦の無さ。
貴族であるがゆえの魔力量と魔法の技能。
彼女以上にこのゲームの悪役をやれるキャラクターがいるのだろうか。
ストーリーが変わっても、この世界そのものが変わったわけではない。
悪役は悪役としての役割を全うする。
世界そのもののシステムが変えなければ、ソフィーはずっと悪役のままなのだろう。
本来ならニアというヒロインに向かうはずだった意識が、わたしの介入で少年へすり変わった。
この場面でソフィーが攻撃するのは、ストーリー通りの展開となるのだ。
まるで、ストーリーを修正するかのようなソフィーの行動。
わたしは誰かが操っているのではないかと考え始めていた。
「そんなことさせない……!」
わたしが果たすべき目的は、ソフィーの運命を変えること。
『運命を変える』という言葉の本当の意味は、この世界のシステムと戦うことだった。
わたしの敵は世界そのもの。
どうやっても死なせようとする世界から、彼女を守るのだ。
「ねえ……あなたはこれでいいと思っているの?」
口から滑り出たのはそんな言葉だった。
ソフィーは杖を構えながら首を傾げる。
「どういう意味かしら。彼は伯爵家、私は侯爵よ。上の者が、下の者の勝手を許すわけにはいかないわ」
「だからって殺すの」
じっと視線を反らさないわたしを、ソフィーは怪訝な表情で見た。
「それ以外に方法があるかしら」
わけがわからないというように言うソフィーを見て、わたしは唇を噛み締めた。
彼女はここまで見境がない性格ではなかったはずだ。
これでは悪役令嬢そのもの。
わたしが見てきたソフィーだとは思えなかった。
しかし、ここで手を離してしまえば、彼女は確実に死ぬ運命へと歩き出してしまう。
「一度落ち着いて周りを見てみなよ。ニアたちが怯えている」
「えっ……?」
振り返ったソフィーが見たのは、身を寄せ合って震えているクラスメイトたち。
突如、我に返ったソフィーが慌てて杖を下げる。
水魔法は解除され、溺死しそうになっていた少年は解放された。
「私は今……何をしていたの?」
呆然とした様子で呟いた彼女に、わたしはゆっくりと近づいた。
杖を持つ手は震えていて、目は大きく見開かれている。
「落ち着いて。深呼吸してみよう、ね?」
ソフィーの顔を見ながらわたしは努めて明るく振る舞った。
目を泳がせて動揺している様子の彼女は、言われた通りに深呼吸をしている。
手の震えが収まってきたところで、ガラスに触れるように声をかけた。
「落ち着いた……?」
どうにか杖をローブの内側へ仕舞い込んだソフィーは真っ青な顔で呟いた。
「……声が聞こえたの。『やりたいようにやれ』って。気がついたら、クラスメイトを溺れさせようとしていた」
「声?」
わたしが尋ねると、彼女は胸に手を当てて言う。
「あれは私自身……。ニアが危ないと思って、杖を向けたところまでは覚えているの。でも、そこから何をしたかが思い出せない。あんたの声で気がついたらニアたちが怯えてて……」
「大丈夫だよ」
幽霊であるわたしは、自身の行動に怯え震えるソフィーを抱き締めることもできない。
無力な存在なんだと気付かされてしまった。
◇◇◇◇◇
「こっちです!早く!」
ばたばたと複数の足音がしたかと思えば、灰色のローブをまとった魔法学校の教師たちが走ってきた。
その中にソフィーたちと同じ黒いローブの生徒がいる。
わたしの知らない間に教師を呼びに行っていたらしい。
「これは……一体どういうことだ!」
灰色のローブに杖を象ったバッチをつけた教師が叫ぶ。
本来のストーリーなら、監督役としてこの場にいたはずのキャラクターだ。
その教師は地面にびしょ濡れで倒れているクラスメイトの少年に駆け寄った後、そばにいたソフィーに鋭い視線を向けた。
「貴様がやったのか!ソフィー・ルイーズ・アデア!」
「……誤魔化す気はございません。私が、彼を水魔法で溺れさせようとしました」
いつもの彼女よりも声に覇気がない。
わたしはそばに漂いながら見守っていた。
「ほう……殊勝なことではないか。確かに、この生徒から感じる魔力は貴様のものらしい。魔法で命を奪おうとするなど、魔法学校の生徒として相応しくないとわかっているのか!?」
厳しい言葉を向ける教師に、ソフィーは言い訳一つしない。
それが教師の怒りに油を注いだようで、容赦なく杖が向けられる。
「侯爵家だろうと犯罪行為を見逃すことはできん。貴様は危険だ!」
杖の先端から魔法が発動しそうになった瞬間、横から体当たりするように誰かが割り込んできた。
「待ってください!!ソフィー様は悪くありません!この騒動の原因は私なんです!」
腕を広げてソフィーを庇ったのはニアだった。
今にも魔法が発動しそうな杖の前に出るなどという自殺行為を、あの気弱なニアがやったのだ。
ソフィーも、わたしも驚いて声が出せず、身動き一つしない。
「貴様は……ニア・クレイヴンか。平民出身の貴様が原因だと?……おい、杖はどうした」
教師も立ち塞がることは想定外だったのだろう。
少しの動揺の後、ニアを睨んでいた。
「私の杖はそこのクラスメイトの魔法で破壊されました。私が平民出身だからと先生のように蔑み、止める声を無視されたのです。ソフィー様は私のために怒ってくださった。これでもまだ、ソフィー様が悪いとお思いですか?」
「ニア……」
ソフィーの呼び掛ける声に反応したニアは、振り返り様に笑う。
肩は震えて、腕は今にも垂れ下がってしまいそうなのに、決してその場を動こうとはしなかった。
教師はニアの「蔑んだ」という言葉に顔色を変え、無言で杖を下ろした。
「間違いはないのだな……?」
「はい。罰を受けるべきなのはソフィー様ではなく、彼の方です!」
力一杯に宣言したニアに嘘は一つもない。
周りにいた生徒に目線を送った教師は、倒れ込んでいる生徒を魔法で浮かせた。
「こいつからも話は聞く。アデア、クレイヴン。貴様らからも後日、詳細を説明してもらう。いいな?」
「構いませんわ」
「いくらでもお話します!」
元気を分けてもらったのか、顔色が良くなったソフィーと、興奮からか勢い込んで言うニア。
遠巻きに見ていた生徒たちも、口々にソフィーを庇うようなことを言っている。
少年と同じように蔑む言葉を投げた生徒はばつが悪そうではあったが。
どうやら、今は悪役にならずに済んだようだ。
今回はヒロインのニアに助けられた。
わたしがストーリーを変える限り、何度でも同じような場面がやってくるのだろう。
ソフィーの中でした声は、きっと悪役としての一面だ。
それこそが彼女本来の姿であるなら、わたしはその声とも戦っていかなければならない。
悪役になんてわたしがさせない。
死なせるものか。
彼女のために、自分のために。
なんでもやってやると決意した、あの月の出ていた夜を思い出していた。
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