第10話 繋がり
「あっ……」
ニアたちと別れたソフィーと共に、わたしは屋敷へ戻ってきていた。
制服からゆったりとしたワンピースに着替えている彼女のそばをふよふよと漂っていると、唐突に思い出したのだ。
「……ナンシーは学力補正があるキャラだ」
「何か言った?」
ドレッサーの前に腰かけて髪をとかしていたソフィーが振りかえる。
はっと気がついたわたしは、ぶんぶんと首を振って誤魔化した。
(このゲームのステータスは学力、魔力、体力、愛情、財力の5つ。ヒロイン候補たちはそれぞれが特化したステータスを持っていたはず……)
例えば、ソフィーは全てに秀でた万能型。
ニアは夢が店を持つことという設定の通り、財力のステータスが上がりやすいキャラクターだった。
では、ナンシーはというと学力が特化したキャラクターだ。
魔法学校の筆記テストで、ソフィーと学年一位を争うというエピソードが存在する。
レストランでの機転の効いた返しも、特化したステータスによるものだろう。
ふかふかのベッドに飛び込んだソフィーは、ごろりと仰向けに寝転がる。
「それにしても……ナンシーの対応には驚いたわ。周りを見る観察力、相手と交渉する勇気。とても平民出身とは思えないほどだった」
彼女の真上に移動したわたしは、ステータス補正のことは隠しておこうと思っていた。
「びっくりしたよ。まさか、あんな近くに関係者がいるなんてさ」
「ええ、まるで仕組まれたようだった。……気のせいね。ナンシーが商会と繋がってるなんてあり得ないもの」
「あり得ない?どうして」
そこまで言い切ったソフィーにわたしは首を傾げたのだった。
体を起こしたソフィーは「あくまで私の考え」と前置きをして話し始めた。
「ナンシーは平民よ。身分で差別はしたくないけれど、コドール商会はあの港でも有数の大きな商会。関係を持っているとは考えにくいわ」
「そうなの?」
ゲームのプレイヤーではこういった込み入った情報を知ることはない。
直接的なストーリーとは関係ないが、この世界で生きているソフィーたちからすれば背景を知らない方が不自然だろう。
「ナンシーがコドール商会と繋がっているとダメなことでもあるの?」
「そういうことではないけれど……あの手慣れた様子を見て、不審に思わない方がおかしいわ」
「まあ……それは確かに」
わたしは腕を組んで考えにふける。
ナンシーの雰囲気や言動を見て、完全に味方だとは思えていなかった。
もし、ナンシーが本来のストーリーとかけ離れた行動をしていて、それがソフィーを悪役にさせるためのものであるならーー。
「もやもやしているんでしょ?調べてみればいいんじゃない?」
「調べる……そうね。ニアには悪い気もするけれど、少し探ってみようかしら」
ベッドから降りたソフィーが近くに置かれていた鈴を鳴らす。
チリンと澄んだ音を響かせると、まもなく扉がノックされた。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
部屋に入ってきたのはメイドのコニー。
すっと頭を下げて、主人の命令を待っている。
「調べてほしいことがあるの。私の同級生で、名前はナンシー・ホワイト。コドール商会との繋がりを探ってちょうだい。くれぐれも悟られることのないようにね」
「かしこまりました。期日はどれほどでしょう」
「3日後までには欲しいわ」
「お任せください。それでは失礼します」
礼儀正しく腰を折ったコニーは音もなく部屋を出ていった。
◇◇◇◇◇
ソフィーが調査をお願いしてからの3日間は、どうしてもナンシーの行動を目で追ってしまっていた。
教室内でお喋りしている姿。
校庭で体を動かしているところ。
どこを見ても不審に感じるものはない。
いたって普通。
むしろ、そばにいるニアの方が目立っているくらいだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、コニー」
鞄を預けたソフィーの後ろを、コニーは当たり前のようについていく。
「……さて。何か分かったかしら?」
自室に入った途端、ソフィーがコニーに振り返る。
すると、彼女はクラシカルなメイド服の懐から封書を取り出した。
「こちらに全て記してございます」
「ありがとう」
受け取ったソフィーは、制服のまま椅子に腰かけて紐で閉じられていた封書を開いたのだった。
中に入っていた資料を一枚ずつ、じっくりと読み込んでいくソフィー。
相変わらず、わたしは文字を理解できないが、絵や家系図のような図形からナンシーの身辺調査をしたことは想像できた。
「……さすがコニーね。あなたに調べられない情報はないのではなくって?」
「ありがとうございます。調査している最中、あちらもお嬢様を探っているようでございました。どうか、お気をつけて」
「そう……下がっていいわよ」
一礼したコニーが部屋を出る。
ソフィーの自室にはわたしと2人だけ。
重たいため息を吐いた彼女は、背もたれに体を預ける。
「彼女も私を探っていた……どうしたものかしらね」
「理由は何だろう?」
わたしが尋ねると、資料をぺらぺらとめくっていき手を止めた。
「おそらく、これが原因じゃないかしら」
そう言ったソフィーが見せてきたのは、ナンシーの家系図が記された資料だった。
木の根のように伸びた点と線は、わたしが知る家系図とよく似ている。
「えっと……どれがどれ?」
文字を理解できないわたしには、書かれた名前すら判別できない。
首を傾げると、ソフィーは指で差し示しながら教えてくれた。
「この一番下がナンシーたち。姉弟がいるのね。それを遡って3代前。ここから横に枝分かれしているでしょう?」
「うん。その先は……なんか見たことあるマーク!」
ナンシーの曾祖父母の代で、線が真横に伸びている。
その線の行き着く先には、コドール商会の紋章が描かれていた。
「これがナンシーとコドール商会の繋がりの正体ね。彼女は商会と親戚だったんだわ」
現在ではなく、過去に繋がれた血の縁。
ナンシーとはどんな関係があるのだろう。
「3代前ってことは、少なくとも50年は前になるよね。ほとんど他人といってもおかしくないんじゃないの?」
「ええ、そうとも言えるわ。でも、ここしばらくのコドール商会の経営には影が差しているようなの」
もう一枚の資料を見せてきたソフィー。
それには数字らしき文字が書かれた表とグラフが記されている。
「2年ほど前から新規事業が失敗して、負債を多く抱えているわ。市場でも荷揚げ場の男たちが好き勝手にしていたのはこれが関係しているのかもしれない」
「……つまり、コドール商会にはお金がなくなっているってこと?」
こくりと頷いたソフィーは、テーブルに資料を置いて腕を伸ばす。
背中からぽきぽきと小気味良い音が響いた。
「信じたくはないけれど、私に近付いてきたのはアデア家の財産を狙っている可能性が高いわ。ニアを通じて私に取り入り、援助でもさせるつもりだったのかしら」
何でもない風にソフィーは言うが、元一般人のわたしからすれば雲の上の話だった。
貴族の中でも『侯爵』の位を持つアデア家だ。
きっと、この手の話は腐るほど見てきているのだろう。
「……もし、コドール商会が借金まみれで一刻も早くお金が欲しいと思っているなら。ソフィーだったらどうする?」
「私?そうね……今やっている事業を縮小するしかないでしょう。商会を維持したいなら、犠牲にしなくてはいけないものも出てくるわ」
「犠牲……」
わたしはソフィーの考えから、一番嫌な想像をしてしまった。
財政難の商会と繋がりのあるナンシーと『偶然』友人となり、しかもその商会の人間と顔を合わせている。
なりふり構っていられない状況なら、何をしてきてもおかしくないのではと思っていた。
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