第9話 ニアの友人
魔法学校がある街は市場があったり、港があったりと活気に溢れている。
ゲームでもいろいろなアイテムを買うことができる場所として登場した。
ソフィーの屋敷は少し離れたところにあるうえ、それまで学校と家の往復しかしてこなかった。
わたしは幽霊になってから、魔法学校以外の場所へ初めて行くことになる。
「なんだかワクワクするね!」
行くのはソフィーで、わたしはついていくだけなのに妙に興奮していた。
放課後に遊びに出掛けるのは、学生だけの特権なのだ。
「落ち着きなさいよ」
「そういうソフィーもそわそわしてるよ?」
「う、うるさいわね!」
手に持った鞄を持ち替えたり、ニアとお揃いで付けているアクセサリーを触ったりと忙しい。
「お待たせしました!」
正門前で待っていたソフィーのもとへやってきたニアとその友人。
友人の顔を見て、わたしは別の意味で心臓が跳ねた。
「ソフィー様はご存じかもしれませんが、紹介しますね。私の友人の『ナンシー・ホワイト』です」
そう言ってニアが微笑んだ。
ゲームの設定上、ヒロイン候補は5人いる。その中でヒロインになれるのは1人だけで、あとの4人は友人キャラとなるのだ。
今の時点でヒロインはニアに決まっている。
けれど、彼女も候補の1人だった。
「初めまして、ニアからお話は聞いています。ナンシーと申します。よろしくお願いしますね」
アッシュブラウンのロングストレートの髪型。
おっとりとした雰囲気と喋り方をする、いわゆる癒し系女子。
「ソフィー・ルイーズ・アデアよ。よろしくね」
彼女が微笑むと、ナンシーもふんわりと笑う。
「ええ、アデア様」
「ソフィーでいいわよ。私もナンシーと呼ばせてもらうわ」
にこやかに顔合わせを終えた3人を見ながら、わたしは正体のわからない焦りを感じていた。
(ここでナンシーが出てくるなんて。タイミングとしては遅い方なの……?)
本来のストーリーとはかけ離れているため、この先の展開の予想が付かなくなっていた。
ゲームを進めていくと、ヒロインのお助けキャラとして友人たちが登場する。
それぞれが得意な分野で協力してくれるのだが、ナンシーは一体何だっただろうか。
「早く行きましょう!」
「そうですね」
「走ったら危ないわよ!」
1人駆け出したニアの後をのんびり追いかけるナンシー。
そんな彼女たちを追いかけるソフィーは、最近の悩んだ顔が嘘のように晴れ晴れとしている。
ソフィーが元気になるのは嬉しいことだ。
しかし、ここで友人キャラのナンシーが出てきたことが気がかりでならなかった。
◇◇◇◇◇
そんなわたしの不安をよそに、ソフィーたちがやってきたのは、市場にあるレストラン風の建物だった。
物珍しそうに周囲を見ているソフィーをよそに、ニアとナンシーは慣れた様子で席につく。
「このお店はお金を払うと、あそこの飲み物が飲み放題になるんです!食事もできて、私たちもよく来るんですよ」
手際よくウェイターに注文したニアがソフィーにグラスを渡す。
「空のグラス……?」
「好きな飲み物を自分で注ぐんです……あっ、ソフィー様にそんなことをさせるわけには!」
ソフィーのグラスを取ろうとしたニアを手を掲げて止める。
「そこまで気を張らなくていいのよ。あなたたちのやり方を見て覚えるわ」
「わ、わかりました。じゃあ、こちらです」
ニアに案内されてやってきた一角には、色とりどりのガラスの水差しが並んでいた。
この光景は、現世でも馴染み深いものによく似ている。
「まさか、ドリンクバー!?」
「……何か知っているの」
ソフィーにしか聞こえないとわかっているが、思わず大声で叫んでしまった。
びくりと震えたソフィーに小声で聞かれる。
「うん……似たような仕組みを知っていてね。一定額のお金を払えば、ここの飲み物が飲み放題になるんだよ」
「飲み放題……?ニアも言っていたわね。どういうことかしら」
首を傾げるソフィーに、わたしは貴族の令嬢であったことを思い出していた。
何かを買うにもお金がかかること、少ない金額で満足するためのサービスが発達したことを簡単に説明した。
「……つまり、普段なら銀貨2枚で一杯飲めるジュースを、銀貨5枚分でいろんな味を楽しめるってこと?」
「そうそう、そんな感じ」
賢いソフィーは、わたしの拙い説明でも理解してくれる。
「……私の世界って狭かったのね」
水差しが並んだ棚の前で嬉しそうにはしゃいでいるニアとナンシーを眺めながら、彼女がぽつりと呟いた。
「ソフィーは、狭いのはイヤ?」
「今までの私だったら、そんなことは考えなかったかもしれない。でも、あんたに出会って、ニアと友人になって、貴族だけじゃない世界を知ったわ」
その横顔はずっと遠くを見つめているようだ。
「いろんなことをしてみたい。体験してみたい。魔法だってもっとうまくなりたい。……私って欲張りだったのね」
舌をぺろっと出してはにかむソフィーを、わたしは目を細めて見つめる。
「欲張っていいよ。そうすれば、あなたの未来はきっと明るいものになるからさ」
「まるで未来を知っているみたいな言い方ね」
「そ、そんなのじゃないよ!」
わたしが慌てて否定すると、ソフィーはくすくすと笑っていた。
◇◇◇◇◇
異世界風ドリンクバーを体験したソフィーは、席に戻ってスイーツや軽食を注文して話に花を咲かせていた。
『あの先生はかっこいい』
『この授業の先生は課題が多くて困る』
それは異世界でも変わらない、学生たちの日常だった。
わたしも気楽に、のんびりと宙に浮かんでいると、前触れもなく近付いてくる人影があった。
「お嬢ちゃんたち。そんなに騒いで、楽しいことでもあったのかい?」
ソフィーたちに声をかけてきたのは、ガラの悪い壮年の男たちだった。
人数は3人。
いずれも日に焼けた真っ黒な顔や腕をしているので、港で働いている男たちなのかもしれない。
「な、なにかご用ですか?」
通路側に座っていたニアがおっかなびっくり話す。
ニアの気弱そうな対応に、男たちがにやりと口角を上げたのをわたしは見逃さなかった。
「お嬢ちゃんたちは、そこの魔法学校の生徒だろう?学生たちに人気の店を知っているんだ。よければ案内してやろうと思ってな。なぁ?」
「おう。特に女子生徒に人気があるんだ」
男たちの下卑た笑い声に、ソフィーが眉をしかめる。
わたしもむっとした気持ちを抑えていても、いつでも衝撃波を出せるように様子を伺っていた。
「あの~それってなんて言う名前のお店ですか?」
ぴりぴりとした空気の中で、呑気な声が響く。
生クリームがたっぷりと乗ったケーキを頬張っていたナンシーが喋ったのだ。
「店の名前?そんなものを聞いてどうするんだい?」
「教えられないんですか?案内するって言ったくせに」
ぱくりと真っ赤な苺を口に運び、ナンシーは嬉しそうにニコニコしている。
「な、名前なんて関係ないだろ!いいから、さっさとついてこいって言ってんだ!」
体をすくませているニアを無理やり連れて行こうとする男。
それに杖を向けて止めたのは、ソフィーだった。
「やめなさい。私たちは行くと了承した覚えはないわよ」
「なんだと!?」
ぐるりと男たちがテーブルを囲んだ。
レストランの店員たちも、心配そうにこちらを見ている。
「……その腰の巾着。コドール商会の紋章でしょ?」
ケーキを食べ終わったナンシーが、突然そんなことを言い出した。
その言葉に、男たちがびくりと体を震わせる。
「お嬢さん。俺たちがコドール商会の者だったらなんだと言うんだ」
「別に~。私たちの後ろの席にいるコドール商会の偉い人たちが見てたら、どう思うかなってだけだよ?」
にこりと笑ったナンシーが、真後ろの座席を指差す。
目隠しのパーテーションから現れたのは、上等そうな服装の男性2人組だった。
「お前たち……荷揚げ場で働いている者たちだな?」
「ひっ!番頭がどうしてここに!?」
ソフィーたちに絡んできた男の1人が慌てて逃げ出そうとすると、我に返った男たちも店を出ていこうと走り出した。
「待てっ!逃がさんぞ!」
ナンシーの言う商会の偉い人が男たちを追いかけていく。
「ちゃんと周りを確認してから行動しないとね」
そう事も無げに言うナンシーは、ウエイターに追加でアイスクリームを注文していた。
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