第11話 誘拐事件

 ソフィーは貴族の令嬢らしく、魔法学校へは馬車での送迎が日常となっている。

 御者はアデア家に仕えて10年以上のおじいさん。

 サンタクロースより少し短いくらいの白い髭をたくわえた、優しげな人だった。


 今日の授業が終わり、あとは屋敷に帰るだけというところでソフィーが突然言い出した。

「ここで下ろしてちょうだい」

 魔法学校と屋敷の中間地点にある住宅街。

 入り組んだ路地や高い塀がある区画だ。

 まさに、犯罪行為を行うにはもってこいと言える場所。

「お嬢様、本当にこちらでよろしいのですか?」

「ええ」

 腕を組んだまま答えるソフィーに、おじいさんは困った表情で頭を触る。

「で、ですがコニーから『くれぐれもお嬢様を頼む』と言われていますので……」

「コニーには私から言っておくから問題ないわ」

 そう言って勝手に扉を開けたソフィーは、馬車が動いているにも関わらず道に降りてしまう。

「お嬢様!」

 慌てて手綱を引っ張り、馬を止めたおじいさんは声を張り上げた。

「お戻りください!お嬢様を無事に屋敷へ送迎するのが私の仕事です」

「大丈夫よ。夕食までには戻るから」

「そういうことではございません!」

 ぴしゃりと言うおじいさんの説教も、ソフィーは全く意に介していなかった。


『大丈夫』


 ソフィーの一点張りに、先に折れたのは御者のおじいさんだった。

 疲れたように項垂れて、とぼとぼと御者台に戻っていく。

 ぴしりという鋭い音が聞こえたと思ったら、誰も乗せていない馬車が進み出した。

「御者のおじいさんを困らせたらだめだと思うな」

 そばに浮かんでいる幽霊のわたしが言うと、そっぽを向いたソフィーは腕を組む。

「私が1人にならないと意味ないでしょう?仕方ないじゃない」

「そうだけど……来たね」

 薄暗くなってきた住宅街の路地から、のっそりと人影が複数現れる。

 一様に顔を隠すようなフードを被り、その表情は伺えない。

 ソフィーの周りをぐるりと取り囲んだかと思えば、杖を向けてきた。

 この世界の常識では、杖を向けるというのは敵対行為と同じ意味だ。

 つまり、この人間たちはソフィーに危害を加えようとしていることになる。

「アデア家のご令嬢ですね。僕たちと一緒に来て頂きましょうか」

「私にはあなたについて行く理由はないわ」

 杖を大勢から向けられるという異常事態に動じることなくソフィーが答える。

 すると、話しかけてきた人間が何かを取り出した。

「こちらをご覧になっても同じことが言えますか?」

「それは……ナンシーの!どういうことか説明しなさい!」

 チャリと金属がこすれる音が響く。

 ナンシーがいつも鞄に付けている薔薇をあしらったアクセサリーだった。


 声を荒げるソフィーに、その人間は人差し指を立てて静かにするように伝えてくる。

「お静かに。まだ、生きてはいますよ」

「……私にどうしろと」

 拳を握り込んで唇を噛み締めるソフィーを見て、その人間はにやりと笑った。

「それは僕たちのアジトでご説明します」

「なにを言って……きゃあ!」

 背後に立っていたフードの人間がいきなりソフィーの頭に布を被せてきた。

 そのまま手慣れたように手足を縛ると、肩に担ぎ上げられる。

「おとなしくしていてくださいね」

「っ……!」

 びくりと体をすくませたソフィーは、手足を拘束されて動けない状態のままどこかへ運ばれていく。

 まさしく、絶体絶命のピンチ。

 しかし、わたしはいつもよりも冷静だった。

「アジトに着いたら教えるね」

「…………」

 かすかに首を動かして頷くソフィー。

 そう、彼女は誘拐されることを知っていながら馬車を降りた。

 そして、作戦通りに誘拐されたのだった。


◇◇◇◇◇


 誘拐される2日前のこと。

 ニアと一緒に市場へショッピングに出掛けていたソフィー。

 いつもの制服とは違い、風に揺れるAラインのスカートと爽やかな白のブラウスが目にまぶしい。

 様々な色で作られたガラス細工が並ぶ店に、現世で見たクレープのようなお菓子を売る屋台。

 目をきらきらと輝かせているソフィーを尾行する人影にわたしは気が付いた。

「……ソフィー。理由はわからないけど、尾行されてるよ」

「わかった」

 短いやりとりを終えると、ソフィーは屋台でお菓子を受け取ろうとしているニアから離れて路地の奥へと進んでいった。

「ついてきてるね」

「問題ないわ」

 いつの間にか杖を取り出していたソフィーは魔法を発動させていた。

 路地の上空。

 目線から外れるぎりぎりに浮かんでいた水の塊が尾行していた人間に降り注ぐ。

「「うわぁ!!!」」

「逃がさないわよ」

 水の塊で怯ませたところで、杖の先端から伸びた水のリボンが体にまとわりつく。

 身動きの取れなくなったその人間たちにゆっくりと近付いていった。


 じたばたと暴れているが、ソフィーの魔法が解かれることはない。

「おとなしくしなさい。命まで奪うつもりはないわ」

「くそっ!」

 尾行していたのはソフィーも顔を知らない若い男の2人組だった。

「あなたたちはなぜ、私を尾行するような真似をしたのかしら。白状するならすぐに解放してあげる」

「はっ!女が何を言ってんだ!」

 バカにしたように鼻で笑う男。

 それを聞いてにこりと笑ったソフィーは、無言で杖を振り下ろした。

 杖の先端から伸びた水のリボンが路地の石畳を深く抉り取る。

 身動きの取れない男たちの、鼻先での出来事だった。

「女が何ですって?」

「ひっ!ごめんなさい!」

 秒速で謝る男たちを睨み付けるでもなく、無表情で見下ろすソフィー。

 やっぱり、美人は怒るともっと怖くなるものなのだ。


「……それで、私をつけ回した理由は?」

 ソフィーは氷のように冷たい視線で石畳に転がる男たちを見ていた。

「は、はい!コドール商会というところからあなた様を尾行しろと言われました!」

「1人になったら連れ去って来いとも言われました!」

 元気いっぱいに答える男たち。

 その中で聞き捨てならない言葉があった。

「コドール商会が私を尾行して、連れ去れと命令したの?」

「そうです!」

「間違いありません!」

 ころころと転がりながら必死に言う男たちを横目に、ソフィーは顎に手を当てて口を引き結ぶ。

「もし……私を連れ去って来られたら、どんな報酬がもらえたのかしら」

「えっと、金貨50枚だと言ってました」

「前金で10枚も貰ったよな」

 男たちが顔を見合わせて言う。

 確か、ゲームの設定ではこの国の通貨は3種類あって銅貨、銀貨、金貨が流通している。

 銅貨100枚で、金貨1枚の価値となる。

 異世界風ドリンクバーは銅貨7枚という価格だった。

 チンピラまがいの男たちに報酬として金貨50枚となると、相当高額なものだといえるだろう。

「そう、わかったわ」

 あっさりと杖を下ろしたソフィーは魔法を解除する。

 男たちを拘束していた水も形を失い、液体へと戻った。


「じゃ、じゃあ俺たちはこれで……」

「待ちなさい」

「「ひゃい!!」」

 ソフィーの一言で男たちはぴたりと足の動きを止めた。

「……もし、また私に危害を加えようとするのなら。言わなくてもわかっているわね?」

 ニコリという効果音が付きそうな笑みだった。

「に、二度と近付きません!」

「さようならっ!」

 脱兎のごとく逃げ出した男たちをソフィーは厳しい視線で見ていた。


 コドール商会は高額な報酬を出してまでソフィーを連れ去ろうとしてきた。

 ここまで材料が揃ってしまうと、わたしの嫌な予想が当たっているのかもしれない。

「コドール商会はソフィーを誘拐してお金を取ろうとしているんじゃ……」

「間違いないでしょうね。目当ては身代金かしら」

 当事者であるソフィーは迷う様子もなく肯定した。

 わたしが目を丸くしていると、もと来た道を戻りながら言う。

「報酬に金貨50枚も出すなんて、それ以上の対価がないとやらないわよ」

 報酬や対価という言葉は、ソフィー自身を物扱いしているようで何だか嫌だった。

「やっぱりナンシーが関係しているのかな」

「どうかしら。それは直接聞けばいいことよ」

 がやがやと騒がしい通りに出る。視線の先には、両手に屋台のお菓子を持っているニアの姿があった。

「私はナンシー……ひいてはコドール商会に直接問いただしたい。あんたも協力しなさい」

「ソフィーがやるなら手伝うけど……大丈夫なの?危険じゃ……」

「アデア家に害を為す存在を放置しておくことはできないわ。あんたもいるじゃない。期待してるわよ?」

 ふわりと笑うソフィーに、わたしは不覚にも胸がときめいてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る