第12話 黒幕
頭には目隠しの布。
手足は縛られ、いつの間にか杖も奪われた状態のソフィーは荷車に乗せて運ばれていた。
夕暮れから夜に移り変わろうとする時間のなか、人目を避けて進んでいく誘拐犯たち。
迷う様子もないことから、綿密な計画があると考えられた。
ターゲットは身動きが取れない。
目撃者もほとんどおらず、通報される心配もない。
貴族の令嬢が誘拐されたとなれば、外聞を気にして公にはされにくい。
考えれば考えるだけ、よくできた誘拐計画。
「まあ、わたしがいなかったら完全犯罪なんだろうけどね」
ふふふと笑ったわたしは、ソフィーの真上にぷかぷかと浮かんでいた。
幽霊であり、今のところ彼女以外には姿を確認できない存在。
こんなイレギュラーなやつが間近にいるとは思いもしないはずだ。
だからこそ、わたしはソフィーが誘拐の被害者から事件を糾弾する存在へ変わるための切り札なのだ。
荷車と誘拐犯たちは港の近くに並ぶ倉庫へと入っていった。
倉庫の扉にはしっかりとコドール商会の紋章が描かれている。
ランプの明かりに照らされた誘拐犯たちの顔に見覚えはない。
しかし、一番憎たらしい笑みを浮かべている男には覚えがあった。
レストランで、コドール商会の番頭と呼ばれていた男だ。
「女を下ろせ」
荷車を引いていた屈強な男たちに指示を出す番頭。
男たちは異を唱えることもなく、命令に従ってソフィーを担ぎ上げ倉庫の床に転がした。
誘拐犯たちは下卑た笑みを浮かべて、計画の成功を喜んでいる。
そんな余裕もすぐに消えることになるとは夢にも思っていない顔だった。
おとなしく拘束されているソフィーのそばに近付いて、わたしは囁いた。
「場所は港の倉庫で、コドール商会の紋章を確認したよ。誘拐犯の人数は全部で15人。ナンシーの姿は見えないね」
わずかに頭を動かしたソフィーは、縛られている足を大きく動かした。
「なんだ?逃げる真似か?」
番頭がソフィーの動きを見てせせら笑っている。
端から見れば、逃げようともがいているように見えるだろう。
しかし、意味は全くの別物。
立場を逆転させるための合図だ。
「いくよ!」
わたしは両手をソフィーに向けて、意識を縄と目隠しの布に集中させた。
瞬間、布と布が内側から弾け飛ぶ。
拘束を解かれ、ゆっくりと体を起こしたソフィーを見て、何が起こったのか理解していない誘拐犯たち。
そいつらの顔を一瞥し、彼女は微笑んだ。
「わざわざアジトに連れてきてくれて感謝するわ。覚悟はできているんでしょうね!」
わたしが弾き飛ばした杖を見事にキャッチして構えるソフィー。
その表情はとても楽しそうだった。
◇◇◇◇◇
魔法を弾くことができる壁『魔法障壁』。
人を軽々と吹っ飛ばせるほどの衝撃波。
この2つは、わたしがこの世界に言葉以外で干渉するための重要な手段である。
しかし、使いすぎて魔力を消費してしまえば、幽霊としての体がなくなり、この世界から消滅してしまう諸刃の剣でもあった。
消えずに使うにはどうすればいいかと考えた時、ソフィーから提案されたのが魔力の共有だった。
彼女に取り憑いているという状態を紐解いていけば、魂の一部にわたしが融合していることがわかった。
それならばと試してみたら、ソフィーの魔力とわたしの体を構成する魔力を繋げることができたのだ。
これでソフィーの魔力が無くならない限り、わたしは消滅する心配はなくなったのだった。
「その程度でアデア家から身代金を奪おうとするなんて甘過ぎるわ!出直してきなさい!」
ドコンッ!バコンッ!とけたたましい破壊音が倉庫内に響き渡る。
ソフィーが発動した水魔法で吹き飛ばされた誘拐犯たちが、積み上げられた木箱を壊しているからだ。
遠慮も何もないソフィーの攻撃でも、一応は死なない程度に加減されているようだった。
彼女が本気でやれば、誘拐犯全員を溺死させることも容易である。
そうしないのは、ひとえに『自分を誘拐した理由を問いただしたい』という思いがあるから。
全滅させるのが目的だったら、初手の攻撃で終わらせるだけの実力が彼女にはあった。
人が風船のように飛んでいく光景は、それを嬉々としてやっているソフィーは悪役と言われても違和感がなかった。
それでも、誘拐という手段を取ったこいつらに同情するつもりはない。
死なない程度だったら……たぶん大丈夫なはずだ。
「そろそろやめないと話せる人がいなくなるよ」
「……仕方ないわね」
そばで見守っていたわたしがそう声をかけると、ソフィーは振るっていた杖を渋々ローブの内側に仕舞い込んだ。
倉庫の中には誘拐犯たちが死屍累々と転がっている。
かろうじて呼吸はできているようだったが、動ける者は誰もいなかった。
呻き声を上げる誘拐犯たちを、ソフィーは1人ずつ魔法で縛り上げていく。
「あんたが親玉ね」
彼女が腰に手を当てて見下ろしているのは、コドール商会の番頭。
体中がぼろぼろになっているが、まだ彼女を睨むだけの元気はあるようだった。
歯を食いしばり、悔しさを滲ませる番頭に聞きたいことがあったから、わざとソフィーは誘拐されたのだ。
「ナンシーはここにいないようだけど……どういうことかしら?」
「…………」
だんまりを決め込む番頭を見て、ソフィーは大袈裟にため息を吐いた。
おもむろに杖を構えると、壁際に積まれている木箱を左側から順に破壊していく。
「な、何をする!?やめてくれ!」
ぎょっとして声を上げた番頭に目もくれず、ソフィーはただただ壊していった。
弾け飛んだ木箱からは、高そうな食器類や金色に輝くティーセットがこぼれている。
おそらくコドール商会が扱っている商品なのだろう。
フフッと笑ったソフィーは、その商品を容赦なく粉々に砕いた。
「もう一度聞くわよ。ナンシーはどこ?」
「あ……」
有無を言わせぬ彼女の表情に、番頭は顔を真っ青にして目を逸らせないようだった。
◇◇◇◇◇
悔しさではなく恐怖から震えているとわかるほど、番頭は怯えていた。
「ナンシー・ホワイトは……」
「危ないっ!」
番頭に詰め寄っていたソフィーに向かって、鋭く尖った土の塊が飛んできた。
わたしはとっさに魔法障壁を発動して彼女と番頭を守る。
一瞬でも遅れていたら2人が串刺しになっていたと思えるほどの勢い。
飛んできた方向を見ると、倉庫の入り口からふらりと人が歩いてきた。
「いけませんよ~。私のことは教えないという約束だったでしょう?」
「どういうこと……」
ソフィーが杖を構える。
「なぜ、ナンシーが私を攻撃するの!」
「ムカつくからですよ」
ナンシーはふわふわと笑いながらも、手元の杖を動かす。
すると、地面から人の形をした土の塊が起き上がり、次々と襲いかかってきた。
「意味が分からないわ!」
そう叫んだソフィーも水魔法で応戦する。
番頭はいつの間にか逃げ出して、姿をくらませていた。
ニコニコと笑ってソフィーの命を狙ってくるナンシー。
その表情はランプの影によるものか、まるで別人のように見えていた。
「そうですよね。貴族のあなたなんかに分かるわけがありませんよ」
「だったら説明して!」
土で創られた剣で襲われながらも、ソフィーは魔法と身体能力を駆使してやり過ごしていた。
もちろん、わたしも衝撃波で蹴散らし、彼女を援護する。
「説明したところで意味なんてありません。ソフィーさん、あなたはここで死ぬんですから」
「何ですって!?」
目を見開いたソフィーに、ナンシーは邪悪な笑みを浮かべている。
「誘拐を企てたコドール商会へ、1人果敢に挑むも多勢に無勢。最後には相討ちになって死ぬ。これが私の考えた筋書きです」
別人のようになったナンシーの異様な雰囲気。わたしはそれに覚えがあった。
クラスメイトを溺死させようとした時の、何かに操られているソフィーと同じだったのだ。
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