第13話 決着

 おかしいと思っていた。

 『世界のシステム』とわたしが呼ぶ敵が、この絶好の機会に何もしてこないわけがない。

 ソフィーが悪役として死ぬ可能性は、わたしが干渉しているためかなり低いだろう。

 そんな時、彼女に恨みを持っているナンシーが登場した。

 どうやってナンシーを唆したのかはわからない。

 ただ言えるのは、世界のシステムはヒロイン候補のキャラクターを使って、ソフィーの命を奪いに来たということだ。


「避けてっ!」

「くっ!」

 ブオンッと風を切る巨大な椀が頭の上すれすれを通っていく。

 ナンシーの土魔法で作り出された土人形の軍団。

 それが寄り集まって、倉庫の天井を突き破るほどの巨人となる。

 魔法の使用者であるナンシーは巨人の肩に乗り、わたしたちを見下ろしていた。

「あはははっ!アデア家の令嬢様が逃げ回るのはとても面白いですね!」

「ナンシー!!!」

 逃げ回るソフィーは、隙を見ては肩に乗っているナンシーを攻撃しようと杖を向ける。

 しかし、水魔法を発動する前に巨人の足元に群がっている土人形に邪魔されてしまう。

「うっとうしいわね!攻略方法はないの?」

「待って!今、考えてるから」

 ソフィーの真上に浮かんでいるわたしは、ナンシーの魔法の使い方や土人形たちの動きをずっと観察していた。


(巨人の攻撃はほとんどない。ナンシーを守るのも指示動作があった。足元の土人形たちは自立型で、とにかくソフィーの邪魔をさせる感じか……)


 このまま倉庫内で逃げ続けていても、いずれは潰されてしまう。

 わたしは一発逆転を賭けて、ソフィーに叫んだ。

「巨人の足に集中攻撃!ナンシーが狙えないなら、まずは足を崩す!」

「そうするしかなさそう、ね!」

 ソフィーは好戦的に笑うと、巨人の右足に向けて魔法を放った。

 彼女の体ほどの穂先がある水の槍は、寄せ集めの土人形を容易く貫いて一直線に飛んでいく。

 そして、巨人のすねの部分を貫通させたのだった。


 ぐらりと上体が揺れ動く巨人。

 しかし、右足のすねの穴は瞬く間に修復されようとしていた。

「ここはわたしの出番だね!」

 貫通させた穴の内部に魔法障壁を作り出す。

 するとどうだろう。

 塞がろうとうごめていた土が、壁に弾かれて地面に落下していた。

「チャンスだよ!」

 ソフィーが魔力を生み出しては次々に水の槍を放ち、右足がどんどんと穴だらけになっていく。

 修復しようにも、間髪入れずにわたしが発動させる魔法障壁に邪魔をされて穴が塞げず、ぼろぼろになっていった。


「どうして!?なぜ、穴が塞がらないの!」

 肩の上にいるナンシーが取り乱して叫んでいる。

 彼女がどれだけ頑張ろうと、魔法を弾く魔法障壁が穴をコーティングしているのだ。

 魔法による行為は全て無効化される。

「きゃあ!」

 ついに巨人が体を支えられなくなった。

 大きく傾いた巨体が真後ろに倒れていく。


「ソフィー!ナンシーが!」

 わたしは落下していくナンシーを見つけて叫んでいた。

 ソフィーを殺しに来た敵。

 でも、目の前で死なせるのは嫌だった。

「全く。手間がかかるわね」

 悪態を付いたソフィーが水のリボンでナンシーの体を捕まえた。

 そのまま引っ張って落下する前に救助する。


「痛たた……」

 少々どころか、かなり乱暴な動作で地面にナンシーを転がしたソフィー。

 その向こう側では、土の巨人が完全に倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

「久しぶりね、ナンシー。あなたに聞きたいことがたくさんあるのだけれど、もちろん教えてくれるわよね?」

 微笑んでいるように見えるソフィーだったが、杖を握る手が震えている。

 必死に怒りを抑え込んでいることがわかって、わたしはそっと彼女の後ろで見守ることにした。


◇◇◇◇◇


 ソフィーをじっと見上げていたナンシーは、ふっと笑みをこぼした。

 鋭いナイフのような気配をやめて、背筋を伸ばす。

「……言い訳なんてしない。殺したいなら、殺せばいい」

 そこには、いつも見る癒し系の彼女の面影は一切なかった。

「あなたを殺したところで、私に何の得もないわ」

「えっ……?」

 困惑したように目を細めたナンシーに、ソフィーは凄みのある笑みを向ける。

「私はただ知りたいだけよ。どうして私を誘拐しようとしたの?私にはわからないと言ったあなたの動機は?それさえ教えてくれればいい」

「あなたの命を狙ったのよ!?」

 思わずといったように叫んだナンシーをソフィーは腕を組んで見ていた。

「それがどうしたの。私は侯爵家の娘。命を狙われることなんて珍しい話じゃないわ」

「そんな……」

 呆然と呟いたナンシーは握りしめていた杖が落下したことにも気づいていなかった。


 ぽつぽつと喋り始めたナンシーの話を、ソフィーは黙って聞いていた。

 ひいお祖母さんの妹がコドール商会に嫁いだこと。

 親戚関係となった商会とは仲が悪かったこと。

 経営が悪化した商会が金を寄越せと脅してきたこと。

 借金があり、それを盾に姉が売られそうになっていたこと。

 アデア家の財産を目当てに、ソフィーに近付いたこと。


 話し終えたナンシーは、自らの体を抱き締めるように震えていた。

「……私の家が貧乏だったから、姉は身を売ろうとした。父も母も、コドール商会のやつらにこきつかわれていた。だから……!」

 そこで顔を上げたナンシーの瞳は、燃え盛る怒りの炎に染まっていた。

「だから、利用してやったんだ!私が誘拐計画を教えたら、あいつらはまんまと乗ってきた。私が殺そうとしているとも知らずに!なんで?こんな馬鹿な連中に私の家族が苦しめられなければならないのよ!!」

 彼女の叫びは、これまでずっと抱えてきた苦しみそのものだと思えてならなかった。


 黙って耳を傾けていたソフィーは、おもむろに懐に手を入れると細長い帳面を取り出す。

「ねえ、ホワイト家の借金っていくらなの」

「……金貨で1000枚」

「1000枚ね」

 さらさらと帳面に何かを書き込んだソフィーはびりっと破くとナンシーに差し出した。

「金貨500枚分の小切手よ」

「はぁ……?」

「だから、私がナンシーの家の借金の半分を返すと言っているのよ」

 驚いて目を見開いたナンシーと同じように、わたしも言葉が出なかった。

「ちょ、ちょっと!そんな大金をポンッと出すなんて!なに考えてんの!?」

「あんたは黙ってなさい」

 ぴしゃりと言われて、わたしは口を閉じるしかない。


 ナンシーの目の前にしゃがみ込んだソフィーは、真剣な表情で言った。

「このお金は投資よ」

「どういうこと……?」

 冷静さが戻ってきたナンシーが問いかけると、ソフィーはにこやかに微笑んだ。

「あなたのその頭脳、貴族を巻き込んでまで目標を果たそうとする強かさ。そして、自らの手を汚してでも家族を守ろうとした優しさ。ここで恩を売っておくのも悪くないと思ったの」

「……私はあなたのことが嫌いですよ」

「知っているわ。でも、私はあなたにこの小切手以上の価値があると思っている」

 そう言ってソフィーはぴらぴらと小切手を揺らした。


「私はね、日頃から信頼できる仲間が欲しいと思っていたの」

「私を仲間にしたい……そう言いたいのですか」

 ナンシーが尋ねると、ソフィーは嬉しそうに頷いた。

「あなたが2人目。1人目はニアね。平民だからなんて関係ない。私があなたたちと繋がりたいと思っただけ。どう?この手を取る気はなくって?」

 手を差し出したソフィーの顔と見比べていたナンシーは、迷うことなくその手を握り返した。

「いいですよ、ソフィーさんの仲間になりましょう。でも、私を従わせるだけの実力がないと思ったら、すぐに切り捨てますからね~」

 最後はふわふわとした元に口調になって言うナンシーに、ソフィーは勝ち気な表情で笑う。

「望むところよ」

 固く握られた手のひら。

 この光景に、わたしは遠くない未来で背中を預け合う2人の姿が見えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る