第6話 共闘

 顔の全面をすっぽりと覆い隠した仮面の集団は、紺色のローブで体を隠している。

 体型も、髪型も、性別もわからない。

 しかし、その不気味な集団にわたしは見覚えがあった。


 あれは本来のストーリー、第1章の最後。

 悪役であるソフィーがいじめても、いじめても、ヒーローの守りと助言で成長していくヒロインのニア。

 夏季休暇に入る前にヒロインの心をなんとしてでも折ろうとした悪役は、オルティア王国内で暗躍する犯罪組織に接触する。

 この犯罪組織こそが、仮面の集団なのだ。


◇◇◇◇◇


 地面から浮いているような不規則な動きで、ソフィーを取り囲んだ仮面の集団。

 杖を構えているソフィーのそばで、わたしはなぜこいつらが現れたのかを考えていた。

 この組織がソフィーと接点を持つ場面は今までなかった。

 わたしのストーリー改変によってヒロインと友人になり、いじめる理由がなくなったからだ。

 ではなぜ、このタイミングで現れたのか……。

「なにをぼーっとしているの!避けなさい!」

 ソフィーの叫び声で我に返る。

 すると、目の前に体を包み込むほどの火の玉が迫っていた。

「うわぁ!!」

 腕で顔を覆うのが精一杯で、避ける暇もなく火の玉が直撃……するはずだった。

「あ、あれ?」

「どういうこと……?」

 避けられないと思った火の玉は、見えない壁に阻まれて弾き返された。

 魔法を放った仮面の集団も、困惑している様子が見て取れる。

「もしかして……わたしに魔法は当たらない?」

 目の前の事実に頭の中はフル回転だ。

 どうしてわたしに魔法が当たらないのか、理由は何なのか。

 考え出したらきりがない。

 だけど、一つだけ言えるのはわたしも役に立てるかもしれないということだ。


 再び、魔法が迫り来る。

 今度はサメを象った水魔法で、ぞろりと生えた牙で襲いかかってきた。

 今度は目を離さないようにじっと前を見る。

 わたしが腕を伸ばした辺り、体からだいたい30センチほどのところでサメが動きを止めて弾かれた。

 ソフィーは何もしていないのに、魔法が独りでに弾かれたように見えるのだろう。

 仮面の集団は、明らかに混乱していた。

「あんた……防御魔法が使えるの?」

 困惑したように聞いてくるソフィーに、次々と仕掛けられる魔法を弾きながら答えた。

「わからない!でも、これでソフィーの役に立てるよ!」

 砂利を巻き込んで吹きつける風魔法。

 しかし、さきほどの魔法と同じようにわたしの手前で弾かれる。

「わたしが守るから、ソフィーがやっつけて!」

「……わかったわ。危険だと思ったらすぐに退きなさい」

「うんっ!」

 声をかける以外で初めてソフィーの役に立てる。

 それがどうしようもなく嬉しかった。


 わたしが前で、ソフィーが後ろ。

 魔法を弾き返すことができる見えない壁を使い、守りながら戦うことになった。

「いくよ!」

 右側に浮かんだわたしが前に出て、傷つけようと迫る魔法を弾く。

 返ってきた魔法を素早く避けた仮面の集団は、二手に別れて両側から違う属性の魔法を放ってきた。

 火の玉と押し寄せる水。

 わたしは両手を横に広げて、二つの魔法を弾き返す。

 その隙に、ソフィーが仮面の集団が持つ杖に狙いを定めた。

 発動させた魔法で、杖を持つ手を水の玉で次々と覆っていく。

「無理に抜こうとしない方が賢明よ。腕を千切られたくないのならね」

 ぐっと腕を引っ張ったり、魔法を発動させようとしているが、手にまとわりついた水の玉は消えない。


 ソフィーの杖の先からリボンのように伸びた水。

 それが仮面の集団の1人に巻き付くと、そのまま縛り上げてしまう。

「動けないやつらから無効化していくわ。あんたは攻撃から守ることだけを考えなさい!」

 わたしはソフィーから離れられないが、3メートル以内なら自由に動ける。

 付かず、離れず。

 常に彼女の身を守れるこの状態に、死角はなかった。


◇◇◇◇◇


 1人、また1人と水のリボンで縛り上げられる仮面の集団。

 観念して逃げ出すかと思いきや、杖を構える手を下げることはない。

 すると、後方に下がっていた1人が嗤った気がした。

「あれは……ニア!?」

 姿を現したのは、ローブに金の刺繍が施された仮面の人間。

 その腕には拘束されているニアがいた。

「逃げてください!こいつらの狙いはソフィー様です!」

「……静かになさい」

 仮面の人間が初めて声を発した。

 片腕でニアの頭をわし掴みにすると、杖をそのこめかみに突きつける。

「ソフィー・ルイーズ・アデア様ですね。お初にお目にかかります。『十六夜の影』と申します」

 金刺繍の仮面はどうやら男のようだ。

 ねっとりと耳にこびりつくような声で、背中に震えが走った。

「……私に何の用。ニアを離しなさい!」

 ソフィーが杖の先端から伸びた水のリボンを振るう。

 一直線に金刺繍の男を狙った一撃は、ニアを盾にされたことで避けざるを得なかった。


 悔しげに唇を噛んだソフィーのそばで、わたしは必死に考えを巡らせていた。

 『十六夜の影』と名乗る仮面の集団は、この先のストーリーでも登場する悪役たちだ。

 ソフィーが学校内での悪役ならば、彼らは外の世界の悪役。

 ヒロインのニアと、ヒーローの行く手を阻む壁である。

 このタイミングでソフィーに接触してきたことが、わたしはどうにも引っ掛かりを覚えた。

 すでに改変され始めているこの世界で、無理やりに近い形での今回の襲撃。

 ソフィーを悪役にしたいという世界のシステムが、絡んでいる可能性が高いと思っていた。


 金刺繍の男を注意深く観察していると、ニアを人質に取りながらこんなことを言い出した。

「『あなた様を我が組織に迎える』。さるお方からの命なのです。ご友人の頭に穴を開けたくなければ、わたくしどもと一緒に来て頂きたい」

 ぐりっとニアのこめかみを杖で突いた。

 痛みで顔を歪めるニアを見て、ソフィーから溢れんばかりの怒りの気配が立ち上る。

「その汚い手を退けなさい……貴様のような人間が触れてもいいと思っているのか!」

 杖を握り直したソフィーは、鋭い声と共に金刺繍の男に差し向ける。

 リボン状に伸びていた水魔法がどんどんと鋭利に、剣のように形を変えていった。


「あのお方が言っていた通りだ。魔力も魔法も、あなたはこちら側の人間……」

 金刺繍の男がソフィーの魔法を見て恍惚とした表情で呟いた。

「冷静になって!あいつの思う壺だよ!」

 わたしは彼女のそばで声を張り上げた。

 このまま傷つけるようなことをしてしまえば、男の言うように『悪役側の人間』となってしまう。

 溺死未遂事件でソフィーは傷ついたし、傷つけた。

 もう彼女にあんな思いはさせたくない。


 一歩、また一歩と剣へ形を変えた水魔法を構えたソフィーが男に近付いていく。

 前と同じように、見境がない状態になっているのは明白だった。

「こうなったら……!」

 今のわたしは何もできない幽霊じゃなくなった。

 止めることぐらいできるはずだ!

 ソフィーとニア、男の間に割り込む。

 そして、両方に向かって手を向けた。

「ごめんっ!ソフィー!ニア!」

 イメージしたのは衝撃波。

 すると、脳内のイメージ通りに手から発生したエネルギーで、それぞれを吹っ飛ばしてしまった。

「嘘でしょ……?」

 呆然と呟いたわたしは、自分の手のひらを見つめる。

 魔力もないのに、どこからどんな力が?

 頭をどれだけひねっても、見当もつかなかった。

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