第5話 夕暮れの校庭にて
溺死未遂事件から1週間が経った。
ソフィーの水魔法で溺れかけたクラスメイトの少年はなんとか回復したらしい。
事件の原因となったヒロインのニア、直接手を出したソフィー。
そして、溺れかけたクラスメイトの少年。
3人から事情を聞いた教師たちは、処分を下した。
ソフィー、ニアの2人には5日間のボランティア活動。
クラスメイトの少年は、差別的な発言とニアの杖を破壊したことがあり、2週間の停学処分となった。
すぐにおかしいと抗議してきたそうだが、魔法実技の教師が認めさせたと風の噂で聞いた。
ストーリーの通りなら、ヒロインを攻撃したソフィーが停学処分となっている。
わたしはなんとか、運命を変えることができたのだ。
◇◇◇◇◇
授業が終わったある放課後。
ボランティア活動を行うため、ソフィーたちは校庭に来ていた。
5日間の活動も今日で終わり。
晴れて、無罪放免というわけだ。
「すみません……ソフィー様」
ヒロインであるニアが茶髪のショートボブを揺らしてしょんぼりと肩を落とす。
ソフィーと顔を合わせるたびに、こうして落ち込んでいた。
事件の原因となって、ソフィーを巻き込んだことをまだ気にしているらしい。
隣に立つソフィーはため息を吐くと、背中を丸めて縮こまるニアに微笑みかけた。
「何度も言ったけれど、あなたが気にすることじゃないわ。半分は私も関係しているのよ」
「ど、どういうことでしょう?」
ニアがおっかなびっくり尋ねると、過去を思い出すように遠くを見つめるソフィーが口を開いた。
「あのクラスメイト……イオラン伯爵家の子なんだけど、昔からあんな風だったの。いつか問題を起こすだろうな思っていたのだけれど、まさか私の目の前とはね」
「ですが……」
煮え切らないニアへ、ソフィーは勝ち気な笑みを向けた。
「私はニアが無事でよかったと思っているわ。この私を庇うなんて、やるじゃない」
「そ、そんな!あの時は、ただ必死で……!」
頬を赤くして俯いたニアを微笑ましく見ているソフィー。
本来のストーリーではなかったであろう青春の一コマ。
そんな彼女たちの幸せは、たとえ世界のシステムであろうと奪わせるつもりはない。
最終日のボランティア活動は、校庭の隅にある用具室の片付けだった。
「ずいぶんと埃っぽいわね……」
「ええ。何年使われていないのでしょう」
木製の扉を開ければ、途端に舞い散る埃。
少し沈んできた夕日が反射してキラキラと光る様子は綺麗でも、それは大量の埃があるからこそ。
ハンカチで口元を押さえたソフィーと、くしゃみを繰り返すニアは一端外へ出ることにした。
ローブの裾に付いた埃の塊を払っているソフィーにこそこそと話しかける。
「……ねえ、魔法で片付けられないの?」
「魔法で?できないこともないのだけれど……正直、私は細かい操作が苦手なの。ニアの方が私よりも得意だったはずよ」
「じゃあ、ニアに埃だけ取り除いてもらおう。そうしたら、あとは物を動かして片付け終了だよ」
わたしは名案だと言うように拳を叩いた。
「埃だけですって?いくらニアでも、そんなことできるかしら」
眉をひそめて小声で返すソフィーに、わたしは自信満々の表情で頷いた。
「大丈夫!」
そう、わたしは知っている。
ニアをヒロインに選んだストーリーでは、彼女が魔法で金属の板に彫刻を施すというエピソードがある。
それは職人も舌を巻くほどの出来映えで、工房へ来ないかと誘われるほどだった。
ここには、ニアを操作するプレイヤーは存在しない。
しかし、彼女にはできるだけの技量が備わっている。
「早く終わらせて帰ろう。日も暮れるよ?」
「……それもそうね」
悩むように腕を組んでいたソフィーも、あれだけの埃を手早く片付けられるという提案は魅力的だったのだろう。
そして、わたしにはできるだけ早くこの場を去ってほしい理由があった。
今だくしゃみを繰り返しているニアにソフィーが近付く。
「ねえ、ニア。あなた……魔法操作の成績が満点じゃなかったかしら?」
「くしゅん!えっ?魔法操作、ですか?先日の授業では満点を頂きましたが……」
鼻をぐずぐずとさせながらニアがきょとんと首を傾げた。
「あなたの風魔法で、埃だけを集めることはできない?」
「埃だけ?む、無理です!そんな細かい操作なんてとても!」
ソフィーの提案に、ニアは全力で首を横に振る。
「新しくなった杖の性能、試してみたくないかしら」
「それは……」
ニアがちらりとローブの内ポケットに目を向ける。
そこには飴色に輝く立派な杖があった。
杖を破壊されたニアはしばらくの間、魔法学校が保有しているものを使っていた。
ソフィーも試しに使ってみていたが、性能はイマイチという代物である。
そんなニアに、ソフィーは新品の杖をプレゼントした。
ニアの魔力と馴染むように作らせた特注品だ。
性能がイマイチの杖で満点が出せるニアが、そんな特別なものを使えばどうなるのか。
わたしも気になっていた。
◇◇◇◇◇
ソフィーのキラキラとした期待の眼差しを受けて、断るのを諦めた様子のニアがローブから杖を取り出す。
「……わかりました!やってみますけど、保証はしませんからね?」
「ええ。でも、ニアなら失敗しないわ」
微笑むソフィーを見て、ニアは目を丸くする。
そして、深呼吸をすると杖を構えたまま用具室の扉を開けた。
ぶわりと舞い上がる埃をじっと見つめたニアは杖を向ける。
次の瞬間、先端から風の渦が発生し、舞い上がった埃を一つ残らず集めていった。
用具室の中に吹き込んだ魔法の風は、積もっていた埃も取り去っていく。
ニアが杖を下げると、足下にはこんもりとした埃の山が出来上がっていた。
「で、できた……」
「すごいわ!ニア!」
ソフィーが嬉しそうに手を叩く。
埃の山は両手では掬いきれないほどの量だった。
周りを見回しても、中にある道具を壊さず、埃だけを集めてある。
「もう……ソフィー様!無茶ぶりはやめてください」
「あら。私はできない相手には頼んだりしないわよ」
「信用してくださって嬉しいですけど……緊張するんです!」
平然と言ってのけるソフィーに、ニアは頬を膨らませて抗議していた。
疑っていた相手にそれを悟らせず、うまくその気にさせて、結果をもぎ取る。
ソフィーの貴族としての才能だった。
あとは物を動かすだけというわたしの言葉通り、乱雑に置かれた道具を整理するだけで見違えるほど綺麗になった。
「ニアが集めてくれた埃は、袋に詰めておきましょう」
「そうですね。用務員さんから袋を頂いてきます」
言うなり走り出したニアを見送って、ソフィーはその背中を目で追っていた。
「……そろそろ教えてくれてもいいじゃないかしら。何か悩みがあるんでしょう?」
ぽつりと呟かれた言葉の意味がわからなかった。
「えっ……」
「私が気付かないとでも思った?あんたはお喋りなのに、あの事件から妙に黙り込むことが増えたわ。……悩みがあるなら相談に乗るわよ」
わたしを伺うように見るソフィーの青い瞳。
夏の空のような色は彼女の性格を反映している。
純粋に、心配してくれているのだ。
幽霊などという、わけのわからない状態のわたしのことを。
思わず開きかけた唇を強く噛む。
生き返るという自分勝手な願いに、ソフィーの人生を巻き込んでいる。
これはわたしが背負って、戦わないといけないこと。
だから、嘘を付くことにした。
「物を動かせるようになれたらと思って、毎晩練習してるんだ。それがなかなかうまくいかなくて……心配かけちゃった」
「無茶はしてないんでしょうね」
疑うように見てくるソフィーに、形だけは完璧な笑顔を見せる。
外面のいい笑顔だけは、昔から得意だった。
「もちろん!ソフィーの睡眠の邪魔もしてないよ!」
「困っていることがあるなら言いなさい……魔法のことなら私も手伝えるわ」
顔を反らせてソフィーが言う。
「……ありがとう」
照れた顔を隠す彼女を、わたしは目を細めて見ていた。
◇◇◇◇◇
「それにしても……遅いわね」
夕日はすぐにでも夜の闇に隠れてしまいそうになっている。
袋を貰いに行くと走っていったきり、ニアが帰ってこない。
わたしはとっさに、頭の中にゲームで使われる魔法学校のマップを思い返していた。
用務員がいる部屋は校庭に面した一室。とても迷うような場所ではない。
ソフィーにばれないように拳を握りしめる。
この体中の血液が凍ったような、嫌な感覚。
間違いなく、何かが起こる前兆だ。
「……あなたたちは私に何の用かしら?」
ニアが走っていった方角から、突然現れた仮面の集団。
どう考えても普通じゃないその集団は、無言でわたしたちに杖を向けた。
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