第3話 ヒロインとの遭遇
乙女ゲーム『ラブカレッジ~恋と魔法~』と同じストーリーを歩むとするならば、ソフィーは死ぬ運命にある。
それをわたしはねじ曲げなければならない。
つまり、ストーリーの改変だ。
彼女の死の真相、ヒロインが誰になるか、運命を変えた後は本当に生き返られるのか。
まだまだ知らないことはたくさんある。
だけど、この世界で幽霊として生きていく覚悟は決まっていた。
「やってやろうじゃないの!」
「何を意気込んでるか知らないけど、早く行くわよ」
昨晩の決意を再確認して拳を握ったわたしを置いて、呆れ顔のソフィーが部屋を出て行く。
慌ててふわふわと漂いながら後を追った。
「あれ?メイドさんは?」
茶髪でお団子ヘアーのメイド、名前はコニーというらしい。
彼女はソフィー付きのメイドだそうで、昨日も見送りをしていた。
「体調が良くなさそうだったから休ませたわ。身の回りの準備くらい、私一人で出来るしね」
「へぇ……優しいんだ」
「ちょっと。その言い方は何かしら」
ソフィーが鋭い目線を向けてくるのを、顔を反らして受け流す。
悪役なのに、なんというか彼女は普通なのだ。
初対面の相手にここまで打ち解けられるなんて、ここがゲームの世界だからなのか。
わたしはだんだんと彼女に興味を持ち始めていた。
◇◇◇◇◇
今日から王立魔法学校での日々が始まる。
ゲームのストーリーで言えば、プロローグの次。
ここでヒロインと顔を合わせることになる。
最初の授業で、悪役であるソフィーの隣に座るのがヒロイン。
誰になるか、わたしはドキドキしながら待っていた。
「あ、あの……」
きたっ!
この場面でソフィーはヒロインに最初の嫌がらせをする。
わたしが考えたストーリーの改変方法は、『とにかく、ソフィーを悪役にさせない』だった。
そうすれば、嫌がらせから犯罪に手を染めることもなくなるのではないか。
だからこそ、このヒロインとの場面は重要だった。
「何かしら?」
夏の空のような薄青色の瞳を向けて首を傾げるソフィー。
彼女に悪気が無くても、平民出身であるヒロインには威圧されているようにしか見えないだろう。
「と、隣の席に座ってもよろしいですか!?」
ぎゅっと目をつぶったヒロインは早口でそう言う。
まっすぐに切り揃えられた前髪、ふわりと内側にカールする茶髪のショートボブ。
不安そうに揺れる瞳は丸くてくりくりとしている。
間違いない。彼女はヒロイン候補の一人、『ニア・クレイヴン』だ。
ニアは恥ずかしさを堪えるように、ぎゅうっと制服の裾を掴んで俯いている。
わたしにはその気持ちがよくわかった。
ソフィーは、それはもう美しい顔をしている。
しかし、綺麗過ぎるものは鋭い刃にもなり得る。
貴族としてのプライドが滲み出るソフィーは、ニアからすれば雲の上の存在に話しかけているようなものなのだ。
「……構わないわ。どうぞ」
横に一つずれたソフィーの隣に、ニアが腰を下ろす。
肩を丸めて縮こまる様子は小動物のようだった。
「あなた……クレイヴンさん、でしょう?」
「私の名前をご存じなんですか!?」
ニアが弾かれたように顔を上げる。
それにふうとため息を吐いたソフィーは艶やかに微笑んだ。
「当たり前よ。クラスメイトの顔と名前を覚えるくらい、私には造作もないわ」
「はわぁ……」
声にならない感嘆のうめきを漏らすニア。
それと同じくらい、わたしも言葉が出なかった。
(ゲームのストーリーと全然違う!!)
本来ならば、ここでソフィーがヒロインの名前を言い間違える。
これが最初の嫌がらせ。
思わず反論したヒロインに、ソフィーは厳しい言葉を向けるはずなのだがーー。
「……いつの間に覚えたの」
小声でこそこそと喋りかけたわたしに、ソフィーは可愛らしくウインクをした。
「秘密よ」
「まさか……クラスメイト全員の顔と名前を初日に覚えたの!?」
わたしが目を見開いて言うと、彼女はくすりと笑って人差し指を唇に当てた。
「あの、アデア様?どうかなさいましたか?」
ニアが不安げにこちらを見ている。
わたしは口をつぐんで、事の成り行きを見守ることにした。
◇◇◇◇◇
授業は滞りなく進む。
教科書を忘れるというありがちな失敗をするニアに、ソフィーは仕方ないわねと笑って見せてあげていた。
ストーリーの通りなら、ソフィーは冷たい視線で罵倒してきたはずだ。
笑みを見せることなどあり得ない。
(やっぱり……変わってきてる。わたしがいるから?)
ニアルートのストーリーでは、簡単な失敗をするニアをソフィーが事細かく、それはもうねちねちと責める。
ソフィーの恋人であるヒーローが見かねて助けに入るのだが、これでは出番がない。
(もしかしなくても、ソフィーの運命を変えられたんじゃない!?)
座学の授業が終わり、次は魔法の実践訓練。
校庭へと移動するソフィーの横で、わたしはるんるんと踊っていた。
彼女が悪役でなくなれば、死刑になる心配もない。
そうなれば、運命を変えるという神様との約束を果たすことができる。
「アデア様……いえ、ソフィー様は貴族でいらっしゃいますよね。どうして魔法学校に来ようと思われたのですか?」
「あら。貴族がいてはおかしいかしら?」
ソフィーとニアが和やかに談笑している。
悪役のままの彼女なら、考えられない光景だった。
「め、滅相もありません!ただ、貴族の方々はお屋敷に先生を呼んで学ばれる方が多いと、聞いたことがあったものですから……」
どんどんとニアの声がしぼんでいった。
ソフィーは励ますように笑うと、輝きに満ちた瞳で前を向く。
「私は魔法士になりたいの。もちろん、簡単なことではないとわかっているわ。でも……私の夢なのよ」
「夢、ですか」
「ええ。ニアにはないの?」
問いかけられたニアは目を泳がせてぽつりと呟いた。
「……お店を、開いてみたいです。小さくても構いません。お客さんが笑顔になれるような、そんなお店を……」
「ニアらしいわね。ぜひ、私に応援させてくれるかしら?」
「もちろんです!」
ぱっと顔を上げたニアが心の底から嬉しそうに微笑む。
ソフィーもにこやかに笑っていて、わたしはすっかり油断していた。
ストーリーが変わっても、キャラクターの本質は変わらない。
ソフィーは悪役なのだ。
その矛先が誰に向かうか、わたしはわかっていなかった。
◇◇◇◇◇
校庭で行われるのは、魔法を使う実践訓練。
この世界の魔法は杖を使う。
全長は30センチほどで、先端にいくほど尖っている木製のものだ。
杖にこそ階級社会がはっきりと現れる。
ソフィーや他の貴族階級の生徒は、ぴかぴかに磨かれた芸術品のような杖。
しかし、ニアたち平民出身の5人は木の枝を持ってきたのかと思うほど粗末なもの。
魔法は魔力もさることながら、杖の性能が威力を左右する。
粗末なものでは、簡単な魔法さえ発動が難しいとゲームで説明されていた。
「ニア……もしよかったら私のものを……」
ソフィーがニアの手にあるぼろぼろの杖を見て声をかける。
それを慌てて隠したニアは、作り笑いを浮かべてソフィーから離れた。
「いいんです……。魔力が平均よりもあったからこの学校へ入ることができたけど、階級が変わるわけじゃない。私は所詮、平民。ソフィーさんの足下にうずくまるだけの存在なんです」
そんなニアに手を伸ばそうとしたソフィーをよそに、彼女たちを笑う声が響いた。
「そうよ!平民なんて!」
「魔力を扱えるからと調子に乗るな!」
「お前の言う通り、石ころのようにうずくまっていればいいんだよ!」
貴族出身のクラスメイトの少年がニアの杖を取り上げる。
「やめてください!返して!」
「うるさいな。返してください、だろ」
ぽんっと空に放り投げられたニアの杖は、その少年が放った火魔法で消し炭になった。
「あっ……!」
黒こげになった杖の残骸を拾い上げてニアが座り込む。
大声を上げて笑っていた少年がニアへと手を伸ばした。
「俺が生意気な平民に、身の程ってやつを教えてやるよ」
「黙りなさい」
少年の手を払いのけたソフィーが杖を向けた。
「あなた、身の程を知れと言ったわね。誰が、誰に向けた言葉なのかしら?」
「なんだと!?」
額に青筋を立てた少年も杖を抜く。
「女が俺に指図するな!」
「……身の程を知るのはあなたの方みたいね」
目を細めたソフィーの杖から水魔法が発動する。
帯状に伸びた水が少年の周りを取り囲むと、瞬く間に水球へと形を変えた。
一瞬で少年の体を包み込み、溺れさせたソフィーはくすりと笑って言う。
「どうしたの?身の程を教えてくれるのではなかったかしら?」
水球の中で少年が苦しそうにもがく。
それをニアを含めたクラスメイトたちが呆然と眺めていた。
実践訓練をする際には監督官として先生役のキャラクターがいたはずだ。
しかし、わたしがストーリーを変えてしまったからか、ここにはクラスメイトだけ。
止められるものは誰もいない。
わたしは血相を変えてソフィーに向かって叫んだ。
「やめて!このままじゃ死んじゃうよ!ソフィーってば!」
もがき苦しむ少年の動きがだんだんと鈍くなっている。
このままでは溺死してしまうのも時間の問題だった。
「ソフィー!!!」
水球へ向けられた杖の先に飛び出して叫ぶ。
すると、彼女は目をしばたかせた。
「そんなに大声を出してどうしたのよ」
「どうしたじゃない!早く魔法を止めて!このままじゃ彼が死んでしまう!」
きょとんとしているソフィーに叫んだ。
「殺人犯になっちゃうよ!!」
「それがどうしたというの」
表情を変えないまま呟いたソフィーを見やる。
彼女の視線はわたしを通り越して、水球の中の少年へ注がれていた。
「この本当の身の程知らずに、身を持って教えてあげているのよ。邪魔をしないでちょうだい」
「邪魔って……!」
彼女の目はとてもふざけているようには見えない。
本気で、心の底から出た言葉は、紛れもない悪役だった。
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