民俗神話的な神々と、普通で特別な動物たちが魅力的なファンタジー

非常に丁寧に世界を作ってるファンタジー作品と思います。

まず物語序盤は、明るい(女の子)主人公ララキと、生真面目なもう一人の(男の子)主人公ミルンのやりとりとかが、コミカルな雰囲気を作ってるけど、色々な側面から描かれてるような差別問題とか、シリアス要素もかなり表に出てると思います。だからこそララキのライトなキャラがいい感じに際立ってるとも感じます。

コミカルなシーンは、 勢いがあったりするようなものでなく、ほのぼのコメディみたいなのが多い印象。
個人的には、ララキがミルンをからかってる時、さりげなくミルンじゃなくミルシュコ(愛称)て言ったりするシーンとか、なんか好きです。

世界観に関しては、何よりまず紋章術と遣獣の設定がかなり興味深いと思います。
それと、民族神話世界的な神々の設定と、ある程度の文明レベルが非常にシナジーしてる印象受けます。

紋章術は、言うなれば魔法ガジェット。
特別な手袋をして、手で専用の紋章を描き、「招言詩」という文言を唱えることで、契約している獣、「遣獣」を呼び出すことができるというようなもの。
遣獣は、普段はそのへんでふつうに棲息している獣という説明もあり、呼び出されるのは、カエルやクマやヘビといった、普通の地球で見られるような動物たちが基本。ただしその能力に関してはファンタジー色ある。

遣獣(動物)たちは、紋章術師の苦手な属性を補ってくれたり、自然知識などを与えてくれる。信頼関係があるなら招言詩を短くできる。招言詩は契約時に作詩する場合もあるが、昔の人が使っていたものを借用して再利用するのが手っ取り早いという設定など、よく練られてる感じする。

設定的には、神様、生物、物質全てに心があり、その心に個別の紋章が刻まれている感じで、遣獣のファンタジー的要素は紋章の影響ぽい。
また、そんなふうに生物の設定にファンタジー的要素が付属していることを思わせる一方で、誰も彼もが、普通に動物の階級分けした分類的なもの(つまり哺乳類とか爬虫類とか両生類)を当たり前に認識していたりもして、近代(近世?)的な科学的視点もそれなりにあることを思わせる。
とりあえず、爬虫類や両生類が苦手なミルンが、ヒロイン的なキャラであるスニエリタの遣獣である巨大ヘビに、内心びびるシーン。そしてその巨大ヘビ、ニンナを、初対面で可愛いと言っちゃうララキに、こいつは本当に女なのか、とミルンが考えたりするのとかは、(まあコメディシーンなんだけど)興味深い描写かなと思う。

しかし生物設定において最も注目すべきは、樹かもしれない。
樹は、遣獣でなく、火や水や雷のように、紋章術で利用できる属性としてもあるが、しかし生物的性質のために特殊な、というように描かれている。

また世界観的に神々という存在の特別性が高い。
大陸には神が多く立ちすぎて、自由気ままに振る舞うと、いつかすべての生命が滅んでしまう。神は信仰と祈りの力を源とする。など、特に神なる存在が、優れた生物というより、はっきり超常的と言える存在であることを示唆する説明がわりとある。
しかし、神様同士の性格はそれほど特別な感じではない。例えば、弱い神が強い神を弱体化させる思惑で、人間にあまり関わらないという考えに賛同したりするなど、駆け引き的なことも多い設定。つまりは、人間たちのような感情を持っていて(つまりすごく人間的で)、人間たちが作るような社会を作っている。その辺りの描写は、かなり多神教の民俗神話っぽい印象。
しかし、そのような民族神話的雰囲気の世界観で、かつそこそこに技術文明もあるのが楽しい。そういう意味では、これは特に、ゲームのRPGでありそうな世界観と言えるかもしれない。

一神教がマイナーなまま、文明が発展したif世界というような想定もできるかも。

文明に関しては、水浴び装置、地元名物のお菓子、大学、違法な賭博クラブ、列車や駅前の喫茶店。加えて特に重要だと思ったのが、郵便局や、書類手続きとかの描写。(少なくとも一定水準以上で)識字率はわりと高そう。
やはりRPGゲーム的なファンタジー世界を連想しやすい感じ。しかしその上で 、 描写や表現自体は古き良きファンタジー小説というような印象もある。
総合すると、かなり幅広い人が好きそうな、いい感じのファンタジー世界の小説と思います。

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