180話 自由の女神


 中から笑い声が聞こえる?


 よくこんな店でヤツラは笑っていられるな?


 ガラ―――、ドン!! 


 ワタシは中に入り、戸を閉めた。


 聖クリ時代の懐かしい顔が、座席とカウンターの両サイドにあるんだろうけど……

 ワタシは視線をカウンターの向こうの髪の短い眼鏡の女に送る……

 京極を死なせた横山直美……


 横山は、ワタシの思いを逆なでするように笑顔で「いらっしゃい」と言った。


 横山に歩み、正面から懐かしい痩せた顔を見る。


「横山さん、お久しぶりです」


 横山は何かを調理しながら、嬉しそうにワタシを見て、

「赤銅さん、お久しぶりです」


「お聞きしたいんですが、なぜ店に京極の名前を使ってるんですか?」


「先ず座ってください」


「時間が無いので、さっさと聞かせてください」


 すぐそばに座るクリスチーヌが、


「まあまあ赤銅🍷😃 京極を死なせたと言っても女将は民間人なのよ🍷😌 そのたける気概は、これから戦う中国に残しておいたら?🍷😌」


 ワタシはクリスチーヌの隣に座り、横山を見つめるとカウンターの向こうでまだ何かを嬉しそうに調理してる。


 ずっと、この女はすかしてる……?

 と思ったら、


「できました」


「なにが?」


「どうぞ」


 カウンター越しに、湯気がたった味噌汁を出された。

 安っぽい黒のプラスチックのお椀に、見える具はワカメだけ。

 

「なにこれ?」


「見ての通り味噌汁です」


「ちょっと女将🍷😰 そんなモノを総理大臣に出すなんて……女将も赤銅にケンカ売ってるの?🍷😰」


 ワタシはクリスチーヌにガンを飛ばし、

「お前はうるさい」


「え?😃」


 箸を割り、熱い味噌汁をすする。

 やっぱりだ……

 京極がワタシに作ってくれた初めての料理……


 あの時が……よみがえる。





 15歳の5月3日の朝



 京極と手を合わせ、

「「いただきまーす」」


 真っ先に味噌汁を飲んだ京極はワタシを見つめた、


「赤銅、飲んでみろ」


「なんだ? その自信有り気な目は? はいはい、分かったよ」


 ズズっと飲むと…… 思ったよりうまいから、京極の顔を見て、


「京極の作ったみそ汁うめえな? 具はワカメだけだけど、うめえわ」


「だろ?」


 京極……やけに嬉しそうだな?

 こんなの誰でも作れるダシ入り味噌汁だぞ?


 でもよ……


 その顔を見ると…… ワタシまで嬉しくなっちまった。




 味噌汁を食べ終え、痩せた顔の横山先輩を見つめる。


 横山先輩は……

 この味噌汁を私に出すために、どれほどの苦労の道を歩んで来たのだろう……

 その道は、もしかしたらワタシよりも……


「横山先輩…… 料理の世界は………………どうですか?」


「はい、幸せです」


 迷いのない返事を返した後に、


「味噌汁が「うまい」って言われた時、うれしかったんだ」


「え?」


「京極茜が私を助ける時に言いました」


 ワタシは横山先輩の上にかけてある『卍』のスカジャンを見て懐かしんだ後に、横山先輩に頭を下げて、


「ごちそうさまでした。 時間が無いので帰ります」









 部屋に帰った。

 机の上に京極のクリスマスプレゼントのパンダのぬいぐるみを置いて睨めっこ。

 

 人命は地球より重たい。


 過去に、テロリストの脅迫に屈した、ある総理大臣の言葉だ。

 ワタシはおろかな判断だと嘲笑した。


 ワタシには横山先輩を助けて死んだ京極の真意は分からないけど……


 ワタシも、すべきことを成す。










 1月4日の夕方。


 割烹料理『京極』のカウンターに座る酔っぱらったクリスチーヌさんの顔には、怒りが溢れている。


「愚かすぎる…… 戦わずして中国の従属国になるなんて🍷😡 これでアメリカも苦境に立たされた🍷😡」


 クリスチーヌさんのケイタイから赤銅さんの記者会見が聞こえる。

―――――――――――――――――――――――――――


≪総理? このような条約を結ぶ事になった経緯を教えていただけますか?≫


「人命が第一だと判断しました。 この度の中国への従属は、我が国の人命には一切の危害を加えないのが第一の条件です。 そこをご理解してください」


≪総理、無責任ですよ! なぜ強硬派だった総理がこのような心変わりをされたんですか! 中国政府と裏で繋がっていたのでは!?≫


「その様な事実は一切ありません」


――――――――――――――――――――――――――――


「かあああ🍷😫 コイツ、これでもワタクシの聖クリのOBか!😡 !😡」


【間違っているのはクリスチーヌさんです】


「女将? なんか言った?😡」


【あなたは大晦日の同窓会で、自由の女神は京極茜と言いましたが、違います】


「はあ?😧 京極よ!😡」


【あなたには分かってない事がある…… 。 京極茜は、ただ自由に生きたかっただけなんです」


「はあ?😰」


【京極茜は赤銅さんと遊んだり、大好きなタバコを吸って大好物を食べてテレビを見てるだけで幸せだったんです。 そこに中国と戦争とか必要ありません】


「なにそれ?😰 アンタ?😰 生きてるだけで幸せって事を言いたいの?😰」


 私は『卍』のスカジャンを見上げ、


【はい】


「ワタクシの京極の『卍』のスカジャン返して😡」


 私は『卍』のスカジャンを下ろしてクリスチーヌさんに渡した。


「しっかし、アンタの味噌汁にはやられたわあ…… 果たしてどんな魔法を使ったのかしらね……😌」


【怒らせたのなら謝ります】


「もういいよ😌 こんな店、二度と来ないから😌」



 クリスチーヌさんは店を出る前でピタっと足を止めて、向こうを向いたまま、


「アンタはワタクシの信仰してる自由の女神じゃない……」


【クリスチーヌさん?】


「京極とは、別の自由の女神のアンタが赤銅を心変わりさせて日本を降伏させてしまった…… 40年前の新宿のビルの屋上でアンタを京極に助けさせなきゃよかった」


 クリスチーヌさんは右手に持った『卍』のスカジャンを強く握りしめ、


「赤銅聖羅…… 京極なら絶対に屈しなかった…… 正当防衛で中国をボコボコにしたんだから……」


 たぶん……すごく泣いている。


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