★インターミッション★ まほろば


 12年後。


 調布の高台にあるドーム状の一階建ての介護施設『グループホーム オータム調布』の先々代聖女マリアの部屋では、肩までの黒髪の30歳の釣り目の女性介護士伊藤が車椅子に座るマリアに口紅を塗り終え、手鏡で化粧を済ませた顔を見せた。

 マリアは自分の顔に目をパチパチした後に、


「お化粧ありがとうございます、良くできてますよ」


≪これで大島さんもマリアさんに惚れ直しますよ?≫


 マリアはジロリっと鏡の中の伊藤の顔を睨み、


「もしかして…… 伊藤さんも大島さんの事を狙ってるんじゃありません?」


 伊藤は苦笑いして、


≪安心してください。 さあ……懇談ルームで大島さんがきっと待ってますよ。 行きましょう≫


 伊藤は車椅子を押して部屋を出る。


「伊藤さん、今日は何日でしたか?」


≪7月3日です≫


「……シャーロットの命日ですね。 聖クリスチーヌ女子学園を卒業した伊藤さんは、シャーロットの事を知っていましたよね?」


≪でも、ワタシが18歳で復学した直後に亡くなりましたから……≫


 朝日が見える窓の前を通った時、


めてください」


≪はい≫


 マリアは窓の外の東京の東の景色を見つめながら、


「シャーロットが死んだショックでワタクシは二度と立てなくなりました…… しかし、その現実を受け入れるうちにワタクシの後悔が始まりました」


≪クリスチーヌさんの事ですね?≫


「その通りです。 ワタクシは実の子クリスチーヌよりもシャーロットに愛を注いできた事に…… 本当にワタクシはクリスチーヌに酷い事をしてきました」


 伊藤はマリアの前に回り込んで屈み、マリアの目を見つめ、


≪覚えてますか? 初めてマリアさんに会った時にも言いましたが、ワタシはクリスチーヌさんの紹介で、この『オータム調布』に来ました≫


「ここの老人みんなが慕っているあなたは…… クリスチーヌの創った聖クリスチーヌ女子学園で救われたのでしたね……」


 伊藤は立ち上がり、窓の外の東京の東の景色を見つめながら、


≪聖クリスチーヌ女子学園……≫


 伊藤は何かを思い出している様に……


≪聖クリスチーヌ女子学園が…… 引きずり上げてくれたんだ……≫






 午後6時、事務所。


 仕事を終え、私服の白ブラウスに着替えた伊藤はクマの様な白髪の看護師に、


≪山下さん? 藤堂さんは今日の昼ゴハンは食べてくれましたし、お風呂も入ってくれました≫


「それは良かった。 伊藤さん、おつかれさま」


≪お先です≫


 駐車場の白のミライ―スの運転席に入るとケイタイを取り出し、ラインを見て、


≪カンスケ? 辛口のカレーライスが食べたいだと?≫


 電話する。


📱≪真由美? 仕事終わった?


≪終わったけど、子供を保育園に向かいに行った?≫


📱≪うん、二人とも家に居るよ。 あの赤リボン🎀良いね? すぐに二人とも見つかったよ


≪それにかわいいでしょ?≫


📱≪ははは


≪フフフ、ところで辛口は無理だよ? お子様カレーで我慢してよ?


📱≪ええ~、仕方ないな……


≪スーパー寄って帰るから7時位になるね≫


📱≪了解、気をつけてね、ゴハンは俺が炊いとくから





 10分後、調布のスーパーマーケットのカレーの売り場では、


≪お子様カレーはいつもので良いかな?≫


 カゴにお子様カレーを入れた。

 ジャワカレーの辛口を見つめながら『へ』の字口で、


≪辛口か……≫


 ニコっと笑い、


≪仕方ない作ってやるか……≫





 買い物を済ませ、スーパーマーケットの駐車場のミライ―スに戻り……


「たしか…… 三月に廃校したから取り壊しになるんだったな…… ラインしよ」


 ケイタイを取り出し、ラインを開き、


――――――――――――――――――――――――

👤辛口のカレーライス求む


              ごめん

              寄りたい所がある

              30分遅れる


👤どこ行く?


              聖クリ


👤取り壊しになるって

 言ってたよね

 

 いいよ、行って来て

 子供はアニメ見てるから大丈夫



              ありがとう

              辛口作ってあげるから


👤うれしい

――――――――――――――――――――――



 ・

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 ・

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 ・

 ・


 ワタシは聖クリの校門の前で車を駐車して降りる。

 

「中にはすでに重機が何台か入ってる? もう取り壊しの最中?」


 開いていた校門を越えて足を踏み入れる。


「あ? 誰か来る?」


 暗くなってきた校庭の向こうから三人組が喋りながら歩いて来る。


「ん? 薄暗くて顔はよく見えないけど…… どっかで見た事あるような三人組? あ? え? もしかして……聖クリ四天王?」


 近づいてきた三人組に、


「あなたたち? もしかして聖クリ四天王じゃない?」


👤≪そうだけど、だれ?

👤≪どっかで見た事あるような気がするですことよ?

👤≪まさか…… 赤リボン? さん?


「そうだよ、黒河内真由美だよ。今は結婚して伊藤真由美だけど。 今、介護の仕事してる」


👤≪黒河内さん、じゃなくて伊藤さんが介護って意外っすね

👤≪今、ワタシ達三人は五反田でスナックしてますことよ

👤≪『スリーキングス』って店です、良かったら来てください


「へえ? ワタシも五反田で住んでるから行ってみるね」


👤👤👤≪ぜひぜひ、聖クリOBもよく来ますから…… あの? もしかして伊藤さんも聖クリに最後の別れを?


「うん」


👤👤👤≪ウチらと一緒ですね? 明日から本格的に壊す感じですから、もしかしたら伊藤さんが、現存の聖クリの姿を見る最後の聖クリOBかもしれませんね…… では、また会いましょう


「元気でね? 絶対に店に行くから」


👤👤👤≪夜7時からやってます。 ではお先に


 聖クリ四天王は去った。


「アイツら…… まだ仲良しなんだな……」



 ワタシは校舎に入る。


 一階のトイレのドアを見つめ、


「あそこで伊崎と一回目のケンカをしたっけ……」



 校舎中を歩く。


 割れた窓……

 焼けた跡……

 穴だらけの壁……

 スプレーで汚い言葉の落書き……

 血痕……


 生徒たちの心の中のようだ。

 


 



 体育館の扉に来た。


「隙間から明かり?」


 扉を押す、


 ス――――


 体育館の中央で……


 純白の絹のローブを纏った…… 黒い長い髪の伊崎カナエが子供の手を握って立っていた。

 こっちを向いている伊崎に、


「伊崎? ツインテールは止めたんだな? ところで、なんで体育館にいるんだ?」


「あるの回収のためだ。 伊藤……久しぶりだな……」


「その男の子? 伊崎の子供?」


「うん、4歳」


「ワタシの下の子と一緒か…… ところで聞きたいんだけど…… なんで聖クリの廃校を決めて跡地に霊園を作る事にしたんだ?」


「もう日本で、我々の信仰団体のやる事はない…… 後の日本は


「なるほど…… でも日本でって事は?」


「ワタクシとクリスチーヌさんは明日アメリカに発つ…… 伊藤真由美…… マリア様の事をどうかお願いします……」


 伊崎は、ワタシに頭を下げた。


「今の仕事、大好きだから安心して」


 顔を上げた伊崎は、急に昔の様な殺気のガンを飛ばして来て、


「伊藤真由美……」


 ワタシもガンで返し、


「なんだ?」


「オメエの存在が……」


「まだムカついてんのか? 聖クリでの三年間、ケンカ売りまくった事を?」


「自分の最高の誇りだ」


 ワタシは背を向け、


「もう帰らないと、カレーの辛口とお子様カレーを作らないとダメだから」


 出口へ歩いていると、瞼を開けてるから涙が一滴こぼれて……


「伊崎!!」


「なに?」


「ありがとうな」





 ワタシを受け入れてくれた聖クリ……

 ワタシの聖クリ……

 大好きだった聖クリ……

 ありがとう……




 聖クリの校門を出た。



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