跋文

物語はそうして終わる

 さて、そんなこんなで一行は再び船の上である。


 鬼ヶ島上空の雲はすっかり晴れ、相変わらず波は穏やか、絶好の船旅日和。眠りこけていた漁師達を蹴り起こして、目指すは西郡沖にしごおりおきである。


「……何か拍子抜けしちまったな、しかし」


 ぼけっと寝転がり、空を眺めていた白狼丸が呟く。

 その隣に寝転んでいる太郎が、そうだな、とそれに返す。でもさ、と言って身体を起こした。


「鬼が書物や絵巻の通りじゃなくて良かった」


 その頬が緩んでいるのを見て、白狼丸は、東地蔵あずまじぞうに着いた頃の会話を思い出す。


『もし鬼が、野蛮で乱暴で、人を食らうような、そういう生き物ではなかったら、どうする』


 そんな話をしていたのだ。

 その時の太郎は、「だったら良いな、と思う」と酷く苦しそうな顔で笑ったのだ。


 恐らくその時の太郎は自分が鬼の子であると気付いていたはずだから、自分の同胞がそういうものであると認めたくなかったのだろう。だから、鬼をあんなに見たがったのだ。自分の目で確かめたかったのだ、鬼というものを。


「ま、お前みてぇなのが鬼だっつぅ時点で、そんなやつらじゃないってのはわかりきってたけどな」


 よっこらせ、と起き上がりつつ、軽い調子でそう返す。

 すると、太郎はにやりと笑みを浮かべて「そうだな」と彼の腕を小突いた。そして「なぁ白狼丸」と居住まいを正す。


「ずっとついて来てくれてありがとう。これからもよろしく頼む」

「何だよ改まって」

「無性にそう言いたくなったんだ」

「へっ、いまさらじゃねぇか。言ったろ、乗りかかった船だって」


 まさにいま船の上だけどな、と言って、がははと笑う。


「白狼丸の船からはなかなか降りられないんだって、実感したよ」

「言ったろ。こんなところで降りてみろ。大海のど真ん中だぞ」

「でも落ちたらどんな手を使ってでも引き上げてくれるんだろ?」

「あったぼうよ」


 そう言って肩を組むと、「ちょっとちょっとまたいちゃついて!」と飛助が二人を引き剥がさんと手を割り込ませてくる。


「入ってくんなよ馬鹿猿」

「あのねぇ、白ちゃんちょっとタロちゃんのこと独占しすぎだから。昼間は皆のものだってさっき決めたばっかじゃん!」

「仕方ねぇだろ、こいつがおれを好きすぎなんだよ」

「うん、確かに俺は白狼丸のことが好きだ。でもそれは友達としての好きであってだな」

 

 こくりと頷きながら真面目に返答する太郎に、白狼丸と飛助が揃って吹き出す。それを見て、「俺何かおかしいこと言ったか?」と太郎は不満気に眉をしかめた。


 そんなやりとりを少し離れた場所で青衣が一人優雅に茶を飲みながら見つめている。ちなみにその茶は毒草を煎じたものである上、香りづけだとか何とか言って少量の蛇毒まで混ぜたものだ。

 二人にいじられている太郎を愛でつつ飲むのもまた格別と、常人ならば一口で極楽浄土行きの茶を啜り、目を細める。


 ひとしきりじゃれた後で、太郎が、そうだ、と声を上げた。


「なぁ、もし良ければなんだけど」


 良ければも何も、太郎が言うことに反対するものなどここにはいない。太郎を除く三人はそうわかっていたが、彼の方ではそう思っていないらしく、少々言いにくそうに指をもじもじと遊ばせている。


「このまま東地蔵に戻るんじゃなくて、ちょっと寄り道をしても良いだろうか」

「どこか寄りたいところでもあるのかえ?」

「良いよ、行こ行こ」

「どうせいますぐ戻ったってまだ嬢ちゃん動けねぇんだろ。それじゃ呪いがどうとかって話と辻褄が合わねぇしな」


 珍しく頭が回るじゃないか犬っころ、と青衣が軽口を叩くが、白狼丸は元々頭の回転は早い方である。


「かなり遠回りになるんだけど、おじいさんとおばあさんに会いたくなっちゃって。その……、皆にも会わせたいし。それに、青衣にもおばあさん特製のきび団子を食わせてやりたい」


 東地蔵みたいに賑やかじゃなくて何もないところなんだけど、と恥ずかしそうに言ってから顔を上げる、と。


「――ぅわぁっ!? な、何だ!?」


 飛助が彼の懐にがばりと飛び込み、その胸にすりすりと頬擦りをし始めた。


「ちょ、ちょっと、飛助……! そういうのは……!」

「タロちゃんの親御さんに紹介してもらえるとか、これもうあれだよね、公認だよねぇ、うふふふふふ」

「は、はあぁ?」

「お猿ちょい待ち。そんならわっちの方が親御さんも安心するに決まってんだろ」


 ねぇ、坊? と片目を瞑ると、もちろん青衣だと何が安心なのかわかっていない太郎は、胸に飛助を貼り付けたまま「えぇ?」と首を傾げている。


 すると飛助は「んなぁ~に言ってんだよぅ」と悪い笑みを浮かべた。


よりもいっそ普通の男の方が潔いに決まってるじゃん。ね、タロちゃんもそう思うだろ?」


 ねぇ~? と甘えた声を出すと、今度は白狼丸が目を剥いて口をあんぐりと開ける。そしてふるふると震えた指を青衣に向けた。


「え、あ、ああああ、姐、姐御、え、それ、ほん、ほんと、に?」

「あ~らら、とうとう犬っころにもバレちまったねェ」


 くすくすと扇子で口元を隠して品よく笑ってから、今度は口を、ぐわ、と大きく開け、だぁっはっは、と太い声を出す。三人ほど低くはないものの、れっきとした男の声である。


っせェんだよ、気付くのがよォ」

「そんだけ姐御が優秀だってことで、勘弁してやんなよ。ほら見てご覧よ姐御。白ちゃん口開けたまんま固まってら。あの顔、傑ッ作!」

「あれま」


 ぽかりと口を開けたまま、金縛りにでもあったみたいに動かなくなってしまった白狼丸の背中を太郎がとんとんと優しく叩く。


「白狼丸、白狼丸、大丈夫か」

「た……太郎も知らなかった……よな?」


 目玉だけをきょろりと向け、顎をカクカクと動かしながらそう尋ねる。


「えっと、ごめん。俺は最初から気付いてた」

「とび……飛助……は」

「おいらも~。ま、姐御はもともと小柄で筋肉もあんまりつかない質みたいだし、普通は気付かないかもだけどさ。団にもそういうのでずっと女装してた兄さんがいたからわかるんだよなぁ。いやぁでも、声まで変えられるなんて元忍びはその辺上手いよねぇ、さっすが」

「当然さねェ」


 得意気に、ふふん、と鼻を鳴らすその声は艶っぽい女人そのものである。


 知らなかったの、おれだけかよぉ、と呟いて、白狼丸はその場にへたり込んだ。



 これは、昔々の物語。


 桃から生まれた鬼の子が、山犬のように猛々しい者、猿のように身軽な者、そして、雉のように艶やかな者を仲間にして、共に力を合わせ、困難を乗り越える物語。


 そうして鬼の子は、その中のたった一人を強く愛し、また、彼からも愛され、末永く、幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。



 けれど、めでたしの後も物語は続いている。ここで終いと書を閉じず、どうかその先をも想像してほしい。

 

 人の姿をした鬼の子は、今日も菓子屋の前に立ち、道行く人に声をかける。

 そして、山犬と子猿とじゃれ合いながら同じ釜の飯を食い、休みの日には見目麗しい雉と菓子を広げて茶を飲むのだ。


 夜になれば女鬼めおにとなり、愛しい人と身体を重ね、朝になれば再び、友よと肩を抱く。


 そうしてずっと、幸せな物語は続いていくのだと、描ききれなかったその続きを、どうか、あなたが。

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桃嫌いの桃太郎と癖の強い三人の仲間 宇部 松清🐎🎴 @NiKaNa_DaDa

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