望郷の観測者

一夜

第一話 時空の迷子

01

「本当にありがとうございます。ほら、あなたもお礼を言って」

「ありがと、おにーちゃん!」

 母と娘から礼を言われ、アルドは柔らかな笑みを返す。

「気にしないでくれ。もう迷子になるんじゃないぞ」

「うん! バイバイおにーちゃん! また遊んでね!」


 母と手を繋ぎ、もう片方の手を元気に振りながらエアポート乗り場へと遠ざかっていく少女の姿を見送る。

 アルドをよく知る者は皆彼のことを「お人好し」と呼ぶが、今日も今日とてその名に違わず、エルジオンで迷子になり泣いていた少女と無事母親の許へと送り届けるという人助けをしたところであった。


「ふう。無事母親が見つかってよかったな」

「あっ、いた! お兄ちゃん!」

「ん……? なんだ、フィーネじゃないか」


 親子が去って行ったのと逆側から同じ呼称で呼ばれ、振り向くと、フィーネがこちらへ駆け寄ってくるところだった。

 フィーネが一人でこんな場所に来るとは珍しい。そう思うと同時に、手を振りながら走ってくるフィーネの姿が先ほどの少女と重なって見えた。

 まだ兄妹が幼かった頃、ダルニスら友人と村を駆け回るアルドの後を、フィーネはいつもこんな風についてきたものだ。置いてきぼりをくらって迷子になったフィーネをが慌てて探し回ることも一度や二度ではなかった。

「……はは」

 ふと脳裏をよぎったそんな懐かしい光景に、思わず笑みがこぼれてしまう。

「? どうしたのお兄ちゃん」

「いや、なんでもないよ。フィーネこそどうしたんだ? こんなところに一人で来るなんて」

「あ、そうだった。お兄ちゃんを探しに来たんだよ」

「オレを?」

 バルオキーに戻れば会えるのに、わざわざフィーネが自分を探しに来たということは……何か急ぎの用件だろうか。

 訝しむアルドに、フィーネはこう続けた。

「うん。あのね、次元の狭間のマスターに呼ばれたんだ。お兄ちゃんと二人で酒場に来てくれって」

「マスターが……? それにフィーネとオレの二人って、何の用だろう?」

「えっとね、私もまだ詳しいことは聞いてないんだ」とフィーネが首を振る。


 次元の狭間――正常な時の流れから外れた者たちが行き着く場所。

 流浪者たちが静かに身を寄せあうこの不思議で奇妙で、それでいてどこか懐かしい匂いのする場所に、時空を超えた冒険の途中で何度も世話になることになった。

 その次元の狭間の中止にぽつんと存在する酒場のマスター……最初に会った時から謎の多き人物で、その正体は驚くべきものだったわけだが、その彼が呼んでいるということは、それなりに重要な要件なのだろうということは察しが付く。


「わかった。それじゃこのまま向かおうか」

 アルドが頷き、二人が歩き出そうとした、その時だった。


「――っ!?」


 前方から歩いてきた女性が、二人の顔を見て声にならない声をあげた。

 歳はアルドと同じくらいだろうか。その少女は、体を硬直させ、顔に驚愕の色を浮かべている。

「ん? あんた、どうかしたのか?」

 アルドが不審に思い声をかけると、少女は我に返ったように「あ、いえ……」と口ごもる。

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」

「………」

 フィーネが心配そうに声をかけるが、女性は聞こえていないかのようにまじまじとフィーネの顔を凝視している。

「ねえ、あなたたち……名前はなんていうの?」

「名前?」

 ようやく口を開いたと思ったらいきなり名前を訊かれ、アルドとフィーネは顔を見合わせる。

「オレはアルドだけど……」

「私はフィーネです」

「アルド……フィーネ……」

 女性はアルドたちの名前を反芻するように繰り返し、二人の顔を交互に見つめていたが、やがて迷いを振り払うように頭を振った。

「ごめんなさい、人違いだったみたい」

「人違い? オレたちがその人たちに似てたのか?」

「いえ、そういうわけじゃないの。ただそんな気がしただけで……」

 否定するが、どことなく深刻そうな彼女の様子にアルドの〝お人好しセンサー〟が敏感に反応する。

 ただ知り合いと勘違いしただけなら、普通はこんな反応はしないだろう。

「……なんだか事情がありそうだな。その人たちを探してるなら協力するけど?」

「でもお兄ちゃん、マスターが待ってるよ?」

「あっ、そうか。でも……」

「ありがとう。でもいいの。探しても見つかるわけがないもの」

 と、意味深な台詞を残し、女性は行ってしまった。

 その後ろ姿を目で追いながら、アルドは不思議な感覚にとらわれていた。


(今の女の人……どこかで会ったような……?)


 お互いに見覚えがあるというのもおかしな話だ。もしかしたら過去にエルジオンに来た時に話したことがあったのだろうか。

 せめて名前くらい聞いておけばよかっただろうか?

 だが、いくら記憶を遡っても思い出せないし、彼女も「人違い」だと言っていた……。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 フィーネがアルドの顔を覗き込み、不思議そうに訊いてくる。

「……いや、なんでもないよ」

 きっと気のせいだろう。そう結論づけ、アルドは気を取り直した。

「それじゃマスターのところに行こうか」

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