02
「ふぅ、やっと追いついた」
フィーネがその小さな背中を発見したのは、エアポートの最奥、コンテナに囲まれた人気のない一角だった。
「もう、リリちゃん。急に走り出すからびっくりしたよ」
フィーネが声をかけてもリリは振り向きもせず、その場にただ立ち尽くしていた。
「リリちゃん?」
「……フィーネくんか」
リリがようやくフィーネに向き直る。
その瞳が、表情が、それまでの少女らしいものから一変して大人びたものになっていて、フィーネはたじろいでしまう。
そしてすぐに違和感に気付いた。今まで「フィーネさん」「フィーネおねーちゃん」と懐っこく呼んでいたリリが、「フィーネくん」と呼んだことに。
「突然逃げ出してすまなかった。いや、それだけじゃない。ここまで私に付き合ってくれたこと、二人には本当に感謝しているよ」
「ど、どうしたの? なんだか今までと口調が違うけど……」
「ああ……ようやく思い出したんだよ。すべてね」
「えっ! 思い出したって、記憶が戻ったの!?」
突然人が変わったように感じたのは記憶を取り戻したからか。
だとしたら喜ばしいことだったが……続くリリのひと言で、そんな感情は吹き飛んだ。
「いまの君はフィーネという名前なんだな。だが、君の本当の名は……セシルだろう?」
「――っ!?」
フィーネは息を呑む。その名を知っているのは自分とアルドの他には、マスターや一部の仲間たちだけだ。
「ど、どうしてその名前を知ってるの!? リリちゃん、あなたはいったい……」
「私はリリではない」
少女が断言する。その強い口調とは裏腹に、フィーネを正面から見据えるその瞳には我が子を慈しむような温かみが浮かんでいた。
「本物のリリは、先ほど会ったあの女性だ。私は彼女の幼少の頃の姿を借りているに過ぎない」
「さっきの女の人が、本物のリリちゃん……?」
「ああ、混乱させてしまってすまない。一から説明させてもらうよ」
その時、フィーネの目が捉えた――突然、リリの背後の空間が歪んだのを。
何もなかったはずの空間が、青白い光を発しながら渦を巻き……
「リリちゃん、危ない!」
「むっ!?」
フィーネがとっさに少女の肩を引き、〝それら〟から距離を取る。
突如として出現した時空の穴から飛び出してきたのは、フィーネもよく知る者たちであった。
時層回廊にて幾度となく対峙した、ファントムとよく似た姿形の異形の怪物――ファントムダスト。
それも三体。邪悪な気配と敵意をフィーネたちに向けていた。
「ファントム!? でも、どうしてこんなところに……」
「……私を追って来たんだろう」
狼狽えるフィーネに少女が告げる。
「時の大河を彷徨っていたときにも何度か襲われかけた。私をさらなる深淵に引きずり込もうとしていたようだった」
「引きずり込むって……どうしてリリちゃんが狙われるの!?」
「奴らにとって私は、餌場に迷い込んできた獲物のようなものだったのだろう。私がまだ意思を保っていたからか、そこまでしつこく手を出してはこなかったが……私があちら側から脱け出したのが気に入らないのかもしれないな」
と、フィーネの背後からファントムダストの前に歩み出る。
「リリちゃん!?」
「下がっていてくれ。私のせいで君を危険に巻き込みたくはない。私を連れ戻そうというなら大人しく従えばいい話だ」
少女が言い終えるのと同時に、ファントムダストが振り上げた腕を彼女の頭上に振り下ろす――
「……そんなのダメ!」
ガキィン!と、硬い衝撃音が響く。
フィーネが両手で支えるように構えた杖が、すんでのところでファントムダストの一撃を防いだ。
「逃げてリリちゃん! 私がなんとか時間を稼ぐから!」
「なっ……無茶を言うんじゃない! 君一人で何が……」
「大丈夫! 私だって戦えるんだから!」
精一杯の虚勢だった。杖を握る手が震えているのが自分でもわかる。
敵は三体、こちらは一人。共に戦ってくれる仲間もいない。だがそれでも、彼女を見捨てるなどという選択肢がフィーネの中にあるはずがなかった。
と、その時だった。
「フィーネ!」
フィーネの背後から聞き慣れた声が届く。
振り返ると、アルドとリィカがちょうどこちらに駆け寄ってくるところだった。
「お兄ちゃん! それにリィカさんも!」
「話は後だ! こいつらを倒すぞ!」
「……うん!」
少女を庇うように三人が並び立つ。
頼れる兄、頼れる仲間と肩を並べ、フィーネは全身に力が沸き上がってくるのを感じた。
「行くぞみんな!」
アルドの雄叫びを号砲に、三人が地面を蹴った。
迎え撃つように先頭の一体が同時に攻撃を仕掛けてくるが、すれ違いざまにアルドが横薙ぎに剣を振るい、一体目を屠る。
二体目のファントムダストが前に出たアルドに襲いかかる、が。
「――コンバット・モード起動」
それより早く、リィカが頭上から槌の一撃を叩き込んだ。
残る三体目がリィカに狙いを定め攻撃態勢に入る。
「させない!」
フィーネの放った魔法の一撃がファントムダストの動きを止める。その隙をアルドは見逃さない。
「とりゃあああっ!」
十字の軌道を描く必殺の一閃。まともに食らった最後の一体が、ひとたまりもなく霧散した。
ファントムダストの襲撃を無事に退け、ようやく安堵の息をつく三人。
時空の穴もいつの間にか閉じていて、ひとまず脅威は去ったようだった。
「ふぅ、なんとか倒せたな。でもどうしてファントムが……?」
アルドが先ほどまで穴が空いていた虚空を睨みつける。
急いで駆けつけたからなんとか間に合ったが、遅れていたらどうなっていたかわからない。
「フィーネ、リリ、怪我はないか?」
腰に差した鞘に剣を収めながら、アルドが二人に声をかける。
「うん、大丈夫だよ。でも、どうしてリィカさんまで?」
「偶然そこで会って、ここまで案内してもらったんだよ」
アルドがリィカに視線を送る。
「……どうだリィカ?」
「ハイ。ヤハリ間違いアリマセン。ソチラの女の子からαジオの反応がアリマス」
「え? αジオって……」
全員の視線が少女に集中する。少女はしばらく口をつぐんでいたが、やがてふっと優しい笑みを浮かべた。
「リィカか。さすがマドカ博士の設計したアンドロイドだけあって優秀だな」
少女の言葉に、アルドが目を丸くする。
「えっ……リィカのことを知ってるのか? それに今、マドカ博士って……」
「アルドさん、待ってクダサイ」と、リィカがアルドを遮る。
「この子の外見、確かニ覚えがアリマス。デスガ、アレはもう何年も前のハズ……辻褄が合いマセン!」
全員から困惑と猜疑の目を向けられ、少女が「まあ、そうはやらないでくれ」と穏やかな口調で言う。
「ちょうど全員集まったし、すべてを話すよ。だがその前に……アルドくん。本物のリリから話は聞いたかい?」
「本物のリリ……さっきの彼女のことだよな」
〝本物〟という表現。それにこの口調。
目の前にいる少女のリリは過去からやって来たリリなのではと考えていたが、どうやらその可能性は否定された。
彼女はリリではない。まったく別の誰かだ。
「ああ、聞いたよ。でもまだわからないことだらけだ。彼女は君が自分の子供の頃の姿だと言っていた。でも……その言い方からすると、君はリリじゃないんだろう? 教えてくれ、君はいったい誰なんだ?」
「私はリリの父親だ」
「なっ……」
あまりに予想外すぎる回答に、アルドたちは一様に言葉を失う。
「ち、父親!? だってその姿……それにリリの父親はもう……ええっ!?」
「衝撃的すぎてワタシのコンピュータでも処理できマセンノデ!」
「そ、そうだよ! こんなかわいい女の子の中身がおじさんだったなんてびっくりだよ!」
「そこなのかフィーネ!?」
騒ぎ立てる一同をよそに、少女の姿をした彼……リリの父親は、淡々とした口調で続ける。
「君たちが驚く気持ちもわかる。そうだな……十六年前のあの日に何が起きたのか、そこから話すことにしよう」
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