第三話 追悔の肖像

01

 フィーネを追い、シータ区画のゲートを抜けてエアポートへと駆けつけたアルドだったが、広い敷地のどこにも二人の姿は見当たらなかった。


「くそ、見失っちゃったか。二人ともどこへ行ったんだ?」


 二人の行き先がわからなければエルジオン中を一人で駆けまわることになる。独力で探し出すのにどれほど時間がかかるか、想像もつかない。

 フィーネがついているから大丈夫だろうとは思うが、それでもはやる気持ちが抑えられない。真実を知りたいという気持ちもあるが、それ以上に、妙な胸騒ぎがしていた。

 その時ふと、一人の仲間の顔が思い浮かんだ。

 全身をピンクに彩色された女性型アンドロイド。彼女の高性能なサーチ能力には過去に何度も助けられてきた。


「ああ、こんな時にリィカがいてくれたら――」

「オ呼びデショウカ?」

「うわあっ!?」

 すぐ背後から聞き慣れた機械音声がし、驚いて振り返ると、どういうわけか、まさにそのリィカが立っていた。

「リィカ! どうしてここに!?」

「マスターにアルドさんたちのサポートを頼まれたノデス。何かお困りデスカ?」

「……ああ! 来てくれて助かったよ!」


 リィカはエルジオンの隅々まで把握しているし、フィーネたちを見つけ出すくらいお手の物だろう。

 しかし、この絶好のタイミングでリィカを助っ人として送り込んでくるとは……マスターにはすべてお見通しということなのか。


「ナルホド、そういうコトデシタカ。フィーネさんと、そのリリという名のリトルガールを見つけ出せばヨイノデスネ?」

「ああ、助かるよ」

「了解デス。……大気中ノ残留物質を解析、エルジオン全域カラ二人ノ位置座標を検索――」


 リィカが内臓コンピュータを走らせる音を聞きながら、アルドは束の間、昔のことを思い返していた。


「そういえば、リィカと初めて会ったのもこの辺りだったよな。覚えてるか?」

「ハイ、モチのロンデス! 当該メモリーは内臓記憶装置に厳重に保管してイマスし、念のタメ外部記憶媒体にも移してアリマス。仮にワタシのOSが初期化されてもデータが失われることはアリマセンノデ!」

「そ、そうか。よくわからないけど」

「アルドさんとの思い出ハ、ワタシにトッテモ非常ニ価値の高いものデスノデ」

「リィカ……」


 月影の森から未来へ飛ばされて右も左もわからないアルドに、何の見返りもなく力を貸してくれたリィカ。

 汎用アンドロイドのソーシャルヘルパーだと名乗っていたが、その正体がマドカ博士の開発したアンドロイドだったと知った時は、どこか運命めいたものを感じたものだ。


 運命――そう。


 時折、アルドは、自分が何者かの掌の上にいるように感じることがあった。

 この世界の外側に、何か大いなる意思のようなものがあって、自分はその何者かに従っているだけなのではないかと。

 アルドを導くかのように出現する時空の穴。出会った仲間たち。オーガベイン……それらすべてが、一つの大きな物語の中で繋がっていて、まだ見ぬ終着点に向かって収束していくような、……そんな風に思えてしまうのだ。

 もちろん、ただの錯覚に過ぎないのだろう。わかっている。

 これまで岐路に立たされる度、アルドはアルド自身が選択して答えを出してきた。その結果として現在がある。自分の意思でアルドについてきてくれた仲間たちも、立ちはだかってきた強敵たちにしたって同じことだろう。


「ピピ――発見シマシタ! フィーネさんともう一人の生命反応デス!」

 と、サーチの完了したらしいリィカが声を上げる。

「本当か!? 二人はどこにいる!?」

「座標はエアポートの奥、この先を示してイマス」

「よかった、ここから近いな。すぐに向かおう!」

 アルドが踏み出そうとするが、リィカは両目を赤く光らせた。

「待ってクダサイ、アルドさん。コレハ……」

「どうした?」

「フィーネさんと一緒にいる生命反応デスガ……ワズカにαジオの反応を感じマス」

「αジオ!? リリからαジオの反応があるっていうのか!?」

「間違いアリマセン。コノ反応はアノ時……クロノス・メナスが出現した時と同一のモノデス。反応自体はアレとは比べ物にナラナイホド小さいデスガ……」


 そんなはずはない――アルドは混乱する。

 ゼノ・プリズマの改良に限界を感じ、危機感を抱いたクロノス博士が秘密裏に開始したジオ・プロジェクト。その研究の過程で生み出されたジオ・プリズマのプロトタイプがαジオである。

 クロノス博士の手によってエデンの身体に埋め込まれたが、エデンが時の暗闇へと落ちてしまった結果、未完成だったαジオはカオス・プリズマと化し、この世界全体を混沌と化すほどの恐るべき脅威となった。

 そのαジオが、どうしてリリに?


「アルドさん、どうシマスカ?」


 リィカの呼びかけに、アルドはそれ以上考えることをやめた。

 ひとつの事実が判明したと思えば新たな謎が次々に出てくる。フィーネの言葉を借りれば「チンプンカンプン」なことばかりだが……どちらにせよ、今できることはひとつしかない。


「……急いで向かおう。なんだか妙な胸騒ぎがするんだ」

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