03

「私は、KMS社の研究部門に所属していた科学者だ。専門分野は未来エネルギーの開発……ゼノ・プリズマを改良し、安全で永続可能な新しいエネルギーを作り出すことだった」

「それって確か……ゼノ・プロジェクトってやつか?」

「む? ああ、その通りだが……」

 リリの父は一瞬意外そうな顔を見せたが、すぐに納得したように頷いた。

「そうか、君たちはゼノ・ドメインで当時のことを知ったんだったな」

「えっ。どうしてあんたがそれを?」

「そう焦るな、すぐにわかる」

 そう意味深に言い、話を再開する。

「私はプロジェクトのスポンサーでもあるKMS社から派遣される形で、副主任としてゼノ・プロジェクトに参加していた。私は社内でもそれなりに高く評価されていてね。娘が生まれたばかりだというのに家庭を顧みずプロジェクトに没頭していた」

「娘……リリのことか」

「最重要課題だったエネルギー問題を自分の手で解決できるなんて、科学に携わる者としてはこの上ない栄誉だったからな。それに何より、プロジェクトには私が尊敬していたクロノス博士……君たちの父親が主任として参画していた」


 クロノス博士――彼の口からその名前が出てきたことにアルドもフィーネもわずかな反応を見せたが、二人とも口をつぐんだ。

 正確には、クロノス博士はフィーネの実父であるが、アルドにとってはそうではない。だが……彼の最期を見届けた時から、そして真実を知った今に至っても尚、アルドにとってクロノス博士は〝父〟であった。


「プロジェクトに配属された当初、私は舞い上がっていた。当時プリズマ研究の最先端と呼ばれていたクロノス博士と同じチームで研究できるなんて、私にとっては望外の喜びだったんだ。だが……実験を進めるうちにプロジェクトは行き詰まりを見せてきた。

 君たちもご存知の通り、ゼノ・プリズマには次元の歪みを生む性質があることがわかってきたのだ。このことに気付いて問題視しているのはクロノス博士と私だけだった。私は担当マネージャーとしてKMS社にプロジェクトの凍結を打診したのだが、聞く耳を持つどころか、プロジェクトを続行しないと更迭すると脅される始末でね。ちょうどその時期のことだったよ。妻が急逝したと連絡が入ったのは」

「奥さん……リリの母親のことだよな?」

「亡くなったって、どうして……」

「妻は重い病気にかかっていたんだよ。だが、私はそのことに気付けなかった……情けないことだが、それで心が折れてしまってね。しばらく私は荒んだ生活を送っていた。誰より寂しい思いをしていたはずのリリのことも放ったらかしで、研究にも実が入らず……そんな時だったよ。クロノス博士が声をかけてくれたのは」

「お父さんが?」

 フィーネが訊き返すと、彼は目を細めてわずかに微笑んだ。

「彼は優れた科学者だったが、それ以上に人格者だった。落ちぶれていた私を叱り、励ましてくれた。私が仕事で家に帰れない間、リリの面倒も彼の家庭で見てくれると言ってくれた。クロノス博士にも歳の近い子供がいたから、遊び相手になってくれるだろうとね」

「クロノス博士の子供……エデンさんとセシルさんのことデスネ?」

「ああ。当時はセシルくんはまだ生まれたばかりだったがね。彼らには本当によくしてもらったよ。人見知りで引っ込み思案だったリリのことも温かく受け入れてくれてね。滅多に笑うことのなかったあの子が、徐々に笑顔を見せるようになっていったんだ」

「……最初に会った時、あんたはオレに会ったことがあるって言っていた。あんたは昔のオレ……エデンと本当に会っていたんだな」

「お酒を飲みたいって言ってたのも、本当は大人だったからだったんだね」

 フィーネの指摘に、彼はやや気恥ずかしそうに俯いた。

「妻を亡くしてばかりの頃の私は酒に溺れていたからな。研究室に入ってからは断酒していたんだが、当時の記憶が混在していたんだろう」

 そう言って、次にリィカに向き直った。

「リィカ。リリは君の話もしていたよ。マドカ博士が連れてきたアンドロイドが遊んでくれたと、嬉しそうにね……君のことだろう?」

「――ハイ。ツインテールを回転させると笑い転げてイタのを覚えてイマス」

「はは。君には子供をあやす機能も搭載されているんだな。まったくマドカ博士らしい」


 リィカがエデンやセシルの遊び相手となっていた未来もあり得たのだろうか……アルドはふとそんな光景を空想する。


「そういうわけで、私にとってクロノス一家は恩人なんだ。だから私は誓ったのさ。何があろうとクロノス博士についていくとね。そんな私の覚悟を知ってか知らずか、クロノス博士が並行して進めていたジオ・プロジェクトに私も参加することになったんだ」

「……でも、KMS社はそれを認めなかったんじゃ?」

「ああ。会社の命令に反したとして懲戒免職処分にされたよ。だがそんなものはどうでもいい、些末なことだった。私は秘密裏にクロノス博士とマドカ博士と研究を続けた。それがリリの未来を守ることに繋がると……せめてもの贖罪になると信じてね。だが、そんなある日、あの事件が起きたんだ」

「あの事件?」

「ああ。君たちが……クロノス一家が姿を消した、あの事件さ」

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