03

 時空の迷子――マスターはリリをそう形容したが、まったく言い得て妙だ。

 アルドが最初に未来に飛ばされた時も、我が身に何が起きたのかすらわからず、見知らぬ場所で右往左往する迷子のようなものだった。偶然エイミやリィカと出会わなければ、今頃どうなっていたかわからない。

 リリは自分がいた時代も、親のことさえも覚えていない。同じ迷子でも、エルジオンのあの親子のように簡単はいかないだろうと覚悟はしていた。

 だが……リリは恐らく、ただの迷子ではない。

 月影の森、パルシファル宮殿。アルドの辿ってきた足跡をなぞるように、異なる時代の、異なる場所の記憶を持っている。

 それらが意味するところはまだわからない。が……

 答えがわかる時は、きっとすぐそこまで迫っているはずだ。


「ここが未来……?」

「ああ。未来で一番大きな街、エルジオンだよ」


 アルドとフィーネにとっては本日二度目となるエルジオン、その街並みを、リリはどこか虚ろな目で眺めていた。

 最初に会った時は、どこにでもいる、少々引っ込み思案なだけの少女に見えた。

 だが、今のリリにはもう先ほどまでの面影はない。達観したような、それでいて深い哀しみを抱えているような……そんな空気を身に纏っている。

 ひとつだけ変わらない点を挙げるとすれば、猫のぬいぐるみを両手で大事そうに抱えているところだろうか。


「そういえばリリ、その猫のぬいぐるみ、ずっと大事そうに抱いてるけど……特別なものなのか?」

 もしぬいぐるみの思い出が残っているならそこから手がかりを辿れるかもしれない。そう考えての質問だったが、リリは首を横に振った。

「……ううん、思い出せない。すごく大事なものだって気がするんだけど……」

「そっか……」

「でも、すごくかわいい黒猫ちゃんだね。ちょっとヴァルヲに似てるかも」

「ばるお?」

「私たちのお友達の猫なんだ。今度リリちゃんにも紹介してあげるね!」

「あ、ありがと……フィーネおねーちゃん」

「うん!」


 微笑ましいやり取りをする二人にアルドも思わず破顔する。

 たった一人、親も友達も見知った顔がいないで時空を彷徨っていたのだ。ただのぬいぐるみとはいえ、心細い中で唯一ずっと傍にいてくれた友人のような存在なのかもしれない。


「さて、話を戻すけど……この時代の人たちは、さっきリリが言っていたゼノ・プリズマっていう力を頼って暮らしてるんだ。だからリリもきっとこの時代から来たんだと思うんだけど」

「リリちゃん、どう? 何か思い出さない?」

 リリは街並みをもう一度眺め、それからこくりと頷いた。

「……うん。たぶんそうだと思う。なつかしい感じがするもん」

「本当か!?」

「じゃあ、もう少しお散歩してみよっか? もしかしたらパパかママに会えるかもしれないし」


 深刻な雰囲気を紛らわそうとしたのだろう、フィーネが明るい声で言った、その時だった。


「――っ!?」


 リリが声にならない声をあげ、全身を強張らせた。

「ん? どうかしたのか?」

 ただならぬ様子に気付いたアルドがリリの視線を追うと、三人の道行く先に一人の人物の姿があった。

 フィーネが「あっ!」と声を上げる。

「あれ、さっき会った人だよね?」

「ああ。オレたちに声をかけてきた……」

 今朝がたフィーネと合流した直後、アルドたちを見て驚いたような反応をしていた若い女性だった。

「……あら?」

 向こうもアルドたちに気付いたらしく、アルドと目が合う。その視線がフィーネへと移り、次にリリに――

「えっ!?」

 と、何故だかリリと同じような反応をし、血相を変えて駆け寄ってきた。

「あなたたち!」

「やあ。また会ったな」

 アルドが挨拶するが、女性はそれどころではないとでもいうようにリリを指さす。

「ねえ、その子はいったい誰!?」

「え? 誰って……もしかしてリリのこと知ってるのか?」

「リリ!?」

 女性の顔色が、傍目にもわかるほど蒼白になる。

「リリ……それにそのぬいぐるみ……」

「お、おい?」

 尋常ではない彼女の様子にアルドが気を取られている、その時だった。


「あっ、リリちゃん!」


 フィーネの叫ぶ声にアルドが振り返ると、リリが一目散に駆けていく後ろ姿が目に入った。

「お兄ちゃん! 早く追いかけないと!」

 フィーネが急かしてくるが、アルドは躊躇していた。

 リリの後を追うべきだとはわかっているが、その前に知っておくべきことがある気がして足が動かない。

 確信に近い予感があった。すぐそこに答えがあるのに、いくつもの謎が薄いヴェールのように何重にも折り重なって覆い隠しているような――

 目の前の女性とリリ、二人が互いを知っていることはどうやら間違いない。ならば彼女から話を聞くことが失われた記憶を取り戻す鍵になるはずだ。

 だが……ならばリリは何故逃げたのだろう?


「……フィーネ、一人で追ってくれるか?」

「え? でも……」

「頼むよ。この人の話を聞いてたらすぐに後を追うから」

「う、うん。わかった!」


 リリを追っていくフィーネを見届けてから、アルドは女性に向き直る。

 奇妙な既視感に襲われる。

 そう。今日は同じことが二度あった。

 一度目はこの女性。アルドを見て驚いたような顔をし、名前を訊いてきた。

 二度目はリリ。初対面にもかかわらず、アルドに会ったことがある気がすると言っていた。

 これはただの偶然だろうか? 

 いや、そうではないと、アルドの直感が告げている。

 それがもうひとつの既視感。


(そうだ。リリのこと、どこかで見たような気がしてたけど……)


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