02

「さあ着いたぞ。ここがパルシファル宮殿だ」


 宮殿の内部へと一歩足を踏み入れたところでアルドが足を止める。


「ここは古代でも一番有名な場所で……ん? どうしたリリ?」

 説明をしながら振り返ると、リリがフィーネの背中に隠れるようにして、不安げな顔をのぞかせていた。

「だ、だって……広いし、人がいっぱいだし……」

「大丈夫だよリリちゃん。もし悪い人がいてもお兄ちゃんがやっつけてくれるから。ね、お兄ちゃん?」

「え? あ、ああ。というか悪い人なんてほとんどいないから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」


 最初に顔を合わせた時もそうだったが、リリは引っ込み思案というか、人見知りの気が強いようだ。

 と、リリが不思議そうな顔でアルドの顔を見つめていることに気付く。


「……どうかしたのか? そんなにオレの顔をじっと見て」

「あっ! ううん、なんでもないよ」

 リリが慌てて首を振り、それから少し恥ずかしそうに二人から目を逸らした。

「……優しいんだね、アルドさんもフィーネさんも。見ず知らずのわたしなんかのためにここまでしてくれて」

「なんだ、そんなことか。気にするなよ。子供が困ってたら力になりたいって思うのは普通のことだろ?」

「そうそう。それに、私もリリちゃんと一緒に色んなところを回れて楽しいもん」

「うん……ありがと」

 照れくさそうに礼を言うと、今度はキョロキョロと辺りを見回す。

「ここも、アルドさんたちの思い出の場所なの?」

「ああ。正直いい思い出じゃないけど……それでも忘れられない場所だよ」


 石造りの広々とした通路を、宮仕えの役人や衛兵、貴族から行商人まで、様々な人が行き交っている。宮殿内はミグランス城とはまた趣きが異なる絢爛な造りで、初めて足を踏み入れた時には仰天したものだ。


「じゃあ、アルドさんたちのお父さんはここで……」

 アルドの話を聞いたリリが哀しそうに顔を歪ませる。

「うん。私はその時いなかったから後から聞いただけだけど、お兄ちゃんは……」

「……ああ」


 目を閉じると、あの時の光景が鮮明に思い浮かぶ。

 仮面の預言者としてアルドの前に現れたクロノス博士。このパルシファル宮殿で彼が凶刃に倒れた時、アルドはそれを目の前にいながら止めることができなかった。その全身から力が失われていくのを、ただ見届けるしかできなかった。


 当時生まれたばかりの赤子だったフィーネはもちろん、アルドにも幼少期に両親と過ごした記憶はない。

 だが、それでも――

 ゼノドメインに残されていたメッセージや、仮面を外したクロノス博士がアルドに向けた眼差し、最期の言葉に込められた想いは、今も強く心に刻まれている。


「あの時オレ、改めて誓ったんだ。博士の意思を受け継ぐんだって。滅びる運命だったこの世界の未来を救う、それが博士の望みだったから」

「滅びる運命?」

「あ、いや……」

 リリが不思議そうに訊き返され、アルドは「しまった」と、うっかり話し過ぎたことを後悔した。

(何を言ってるんだオレは。子供相手にするような話じゃないだろ)

 そもそもリリとはなんら関係がない話だし、説明したところで理解できないだろう。だが、続くリリの言葉はあまりに予想外のものだった。


「それは……ゼノ・プリズマの蓄積によって次元の歪みが蓄積したから?」

「えっ!?」


 アルドとフィーネが同時に驚きの声をあげる。

 リリの口から〝ゼノ・プリズマ〟という単語が出てきたこと……いや、それだけではない。

 アルドが口を滑らせた「未来が滅びる」という言葉だけで、リリはその原因を言い当てたのだ。年端もいかない、それも記憶喪失の子供が。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしてリリがそれを知ってるんだ!?」

「リリちゃん、何か思い出したの!?」

 詰め寄る二人に、リリは首を横に振る。

「ううん、わからない。でも……リリじゃない誰かが頭の中でそう言った気がして」

「自分じゃない誰か……?」

 それは、記憶を失う前の自分、という意味だろうか。

 だとしたらリリはゼノ・プリズマについての知識を有していたということになる。つまり――

「じゃあ、リリちゃんは未来から来たのかな?」

「ああ。ゼノ・プリズマを知ってるってことは、そういうことになるよな」

 リリは二人の言葉には答えず、代わりにまた驚くべきことを口にした。

「あのね、リリ、この場所も見覚えがあるんだ」

「えっ!?」

「それに、さっきの話……ここでアルドさんたちが誰かと会ってたのも、すぐ近くで見てた気がする。とっても悲しい気持ちになったのを覚えてる」

「待ってくれ! 頭が混乱してきたぞ!」

「お、落ち着いてお兄ちゃん! ええと、ゼノ・プリズマのことを知ってて、でも月影の森にもパルシファル宮殿にも来たことがある……? ふええ、チンプンカンプンだよお」


 揃って混乱に陥るアルドとフィーネ。

 自分たちを見た、とリリは言う。だがクロノス博士が倒れた時、周りには誰もいなかったはずだ。

 まったく要領を得ない。あまりに矛盾している。


 ふいに、マスターの言葉を思い出す。


『頼んだぞ。これはだからな』


 胸がざわつく。

 リリだけではなく、アルド自身も、何かとても大事なことを見落としているような――忘れているような。


「あの……二人のお父さんのお名前はなんていうの?」

「名前?」

 脈絡もない質問に意表を突かれつつ、アルドが答える。

「クロノスだよ。クロノス博士……未来では一番名の知れた科学者だった」

「クロノス博士――うっ!?」

 呻き声をあげ、リリが頭を抱えてうずくまる。

「リリ!?」「どうしたの!?」

 慌てて駆け寄る二人に、リリは「だ、大丈夫」と手で制する。

「ちょっとめまいがしただけだから……。それよりアルドさん、フィーネさん。お願い、次の場所に連れていって」

「でも……本当に大丈夫なのか?」

「うん。もう少しで何かを思い出せそうなの」


 アルドがフィーネに目をやると、視線が合う。

 不安そうではあるものの、その目はリリの提案に従うべきだと告げていた。


「わかった。じゃあ次は未来に行ってみよう。リリが未来から来たのなら、何か思い出せるかもしれない」

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