第二話 記憶の断片
01
「よし、月影の森に着いたぞ」
森の入り口で足を止め、アルドが言う。
常夜の暗闇を照らす月光が木々に反射し、幻想的な風景を作り上げている。幼い頃から何度も足を運んでいるが、この森の静謐で神秘的な雰囲気がアルドは好きだった。
「なんか色々思い出しちゃうな。私が魔獣にさらわれて、ここに連れて来られたんだよね」
「ああ……ここからすべてが始まったんだよな」
アルドとフィーネの脳裏に数々の記憶が去来する。
ここは二人にとって、二つの意味で「始まりの場所」だった。
ひとつは十六年前、未来からやってきた時のこと。
二人にその時の記憶はない。しかしこの月影の森で村長に拾われ、兄妹として育てられることになった……アルドはアルドとして、フィーネはフィーネとして、ここで第二の人生が始まったのだ。
そして十六年後、フィーネが魔獣にさらわれ、追ってきたアルドが時空の穴に吸い込まれた時のこと。
いたって平穏な日常を送っていたアルドたちに、突如として訪れた危機。オーガベインの覚醒。そして時空の穴――
あの時はフィーネを助けることに必死だったが、いま思えばあの瞬間こそが世界の行く末を左右する物語の始まりだった。
アルドが頭を振り、雑念を払う。
ここに来たのは過去を思い出して感傷に浸るためじゃない。リリの記憶を取り戻すためだ。
「それでリリ、何か思い出せたりは……って、あれ? リリ?」
と、振り返ったアルドがリリの姿が見えないことに気付く。
「あっ。おにいちゃん、あそこ!」
フィーネが指をさして叫ぶ。少し離れた場所で、リリが一人うずくまっているのが視界に入った。
「おい、どうした!?」
「リリちゃん、大丈夫!? おなかが痛いの? 何か変なもの食べた?」
慌てて駆け寄り声をかける二人。しかし少女はまるで聞こえていないかのように二人を無視し、道端に咲いている花を真剣な表情で見つめていた。
「この光は……まさか天然のプリズマ? 素晴らしい……」
「聞こえてないのか? おーい!!」
「ひゃっ!?」
アルドがさらに声を張り上げ呼びかけると、少女はようやく我に返ったように顔を上げた。
「あれ!? ……わたし、何を?」
「何をって、道端の花に夢中になってたみたいだけど」
「あれ!? わたし、いま何を……」
「何をって、道端の花に夢中になってたみたいだけど」
「え? あ……うん。不思議な感じのする花だなって思って見てたら、なんだか気になっちゃって……」
「ふうん?」
少女が気を取られたという花に目をやる。月影の森に群生している発光性の花。ここらでは珍しくもないが、彼女にとっては初めて目にするものなのだろうか。
「この花を見たことないってことは、月影の森に来たことはないってことかな?」
「ああ、そうみたいだな。当てが外れちゃったか」
フィーネの言葉にアルドが頷きを返す。だが少女は首を振った。
「……わたし、この場所を知ってる気がする」
「えっ!? 来たことがあるってことか?」
「ううん、来たのははじめてだと思う。だけど……この風景、見覚えがある気がするんだ」
少女の言葉に二人とも首を傾げる。
来たことがないのに見覚えがある――果たしてそんなことがあり得るのだろうか。
「ねえおにいちゃん。さっきここが初めて時空を超えた場所だって言ってたよね。それってどういうこと?」
「あ、ああ。話すと長くなるけど……」
子供にも理解できるように言葉を選びながら説明をする間、少女はずっと神妙な顔でアルドの顔を見つめていた。
「じゃあ、おにいちゃんたちは未来から来たんだね」
「ああ。その途中で家族と離れ離れになっちゃって、オレとフィーネの二人だけこの森にたどり着いたんだ。……でも、オレたちの話なんか参考にならないだろ?」
「…………」
少女はしばし何か考え込むようにしていたが、アルドの質問には応えずこう言った。
「ねえ、ほかの時代にもつれていって。おにいちゃんたちにとって思い出深い場所に」
「え?」
「わたし、おにいちゃんたちの行った場所、もっと知りたい」
「それは構わないけど……でも、この時代の別の場所を見てまわる方がいいんじゃないか?」
月影の森を知っているという彼女の言葉が真実なら、少女はこの時代の住人であるということになる。他の時代を回ったところで無駄足になる可能性が高い。
「まあまあお兄ちゃん。せっかくだし、色んなところに連れて行ってあげようよ」
「フィーネ……なんか普通に楽しんでないか?」
「ふふっ」
フィーネが嬉しそうに笑う。明らかに本来の趣旨を忘れているようだが、子供好きなフィーネは完全にその気になっているし、少女の真剣な様子からして無下にできる空気でもなかった。
アルドはやれやれと首を振る。
「わかったよ。じゃあ次は古代に行ってみようか」
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