第9話 残さず食べてね

 帰宅後の結衣里先輩のレッスンは……

 マッサージとストレッチでのケアだった。更なる過酷なトレーニングが待っているものかと覚悟をしていたのだが拍子抜けだった。

 というより助かった。

 慣れない水中とはいえ、岩崎先輩のレッスンはキツかった。


「食事の支度をしてくるわ、拓哉は部屋で休んでいていいわよ」

 な……なに?!


「もしかして結衣里先輩の手作りですか?」

「そうよ、その為にここで一緒に暮らすのだから」

 やっぱりか……やっぱり結衣里先輩の手作りなんだ。


「拓哉、上を目指す者の戦いは食事や私生活から始まっているの……だからここでただフワフワと暮らすのではなく、しっかり学んでね」


 ……フワフワと暮らすってなんだろう。

 多分いい話をしてくれたのだと思うけど、それが気になって頭に入ってこなかった。


「食事ができるまでは自由時間よ、可愛い幼馴染みと話すなら今のうちよ」


 棘のある言葉を残し結衣里先輩は俺の部屋を後にした。


 可愛い幼馴染み……美菜と離れる事なんてほとんどなかったもんな。

 なんか改めて通話とか照れくさいけど、荷物運ぶの手伝ってもらったし通話かけてみるか。


 なんて考えていると着信が入った。

 美菜ではなく、野球部2年、俺とバッテリーを組んでいる鶴岡つるおか先輩だった。


『武田、大丈夫か?』

 鶴岡先輩の第一声だった。


「もちろん大丈夫ですよ、なんでですか?」

『いや、お前が部室で号泣している動画を見ちまってな……それで居ても立っても居られなくなって』

 号泣動画……そんな話あったな。


「大丈夫ですよ、なんの問題もありません」

『ならいいんだけどな……お前のスライダーが抜け気味になってるの、知ってたのに欲張ってあそこでスライダーのサインだしてしまったからさ……俺も気になってたんだ』

 抜け気味になっていた?

 なんだ……予兆はあったのか。

 そんな事にすら気付いてなかったのか……俺は。


「いえ、それを含めて俺の準備不足でした。本当にすみませんでした先輩」

『いや、お前は悪くないって……武田、本当にごめんな、お前にあんな思いさせちまって』

 電話口で鶴岡先輩が泣いているのが分かった。


「いえ、先輩ありがとうございます。俺を信じてあそこでスライダーのサインを出してくれて」

 そうだ……鶴岡先輩は俺を信じていてくれたから、あそこでスライダーのサインを出してくれたんだ。


 ……やっぱり俺はレベルアップするしかない。


 中途半端な状態でマウンドに上がって傷つくのは俺だけじゃないんだ。

 更なる実力をつけて、ベストな状態であの場所に帰ってやる。


 その後、しばらく鶴岡先輩と色々あの試合を振り返ってから通話を終了した。


 野球について熱く語りすぎて、動画の事を聞き出すのを忘れてしまった。


「拓哉、食事よ」


 そうこうしている間に、食事が出来た。

 結衣里先輩の手料理……めっちゃ楽しみだ。


「あら拓哉、また部屋でメソメソしていたの? あなた本当に弱虫ね」

 自分でも気付かないうちに貰い泣きしていたようだ。


「あれ、なんでだろう……格好悪いですよね」

「そんな事ないわ、その涙は拓哉が本気だった証よ」

 ……素直に驚いた。

 情けなさをたたみ掛けられると思っていたのに、正反対の答えが帰ってきた。

 ていうか、けなしたと思ったら褒めて褒めたと思ったらけなされる……鞭と飴、使い分けられているのかな。


 そしてそのタイミングで玄関のドアが開き……、

「ただいま!」

 慌ただしくその人は現れた。

 えと……結衣里先輩のお姉さん?

 ……めっちゃ可愛いんですけど。


「あれ? 誰くん? 結衣里ちゃんの新しい恋人?」

 こ、こ、こ、恋人!

 そんなふうに見える?

 見た目は結衣里先輩とよく似ているけど、結構ファジーなノリの人だ。

 そして色気は結衣里先輩のマシマシで、めっちゃいい匂いがする。

 なんか同じ空間にいるだけで頭がとろけてしまいそうだ。


「姉さん適当なこと言わないで、私に彼氏のいた期間なんて存在しないわ」

 姉さん! やっぱりか。

 そしてなんか意外な答えが。


「あれ? そうだっけ」

 ただ首を傾けただけなのに可愛い。これをあざといというのだろうか。


「あの……」

「彼女は私のひとつ上の姉、立花たちばな 亜衣子あいこ、拓哉のもう1人の立花先輩よ」

 俺がもごもごしていると紹介してくれた。

 これが名前呼びに拘った正体か……確かにここで立花先輩と呼ぶとややこしいかもしれない。


「あれ? 君、よく見たら、エースくんじゃない」

 ……ここでもエースくん。


「もしかして鍋島の叔父様の頼み?」

 鍋島の叔父様? 監督のこと?


「ええ、そうよ」

「なるほどね」

「あの……監督の事ご存知なのですか?」

「知ってるよ、親戚だからね」

「親戚?」

 マジか……監督と立花家が親戚だったなんて。


「ていうか、この子は逸材なの?」

 本人を前にそのド直球な質問はやめて欲しい。


「逸材よ」

 お……おう。これは嬉しいがやはり面と向かって言われると照れる。


「ほう! 結衣里ちゃんに逸材って言わせるって……やるねエースくん、この子は本当のことしか言わないから自信もっていいよ!」

 本当のことしか言わないのは分かる。それだけに嬉しい。


「2人とも立ち話はその辺にして食事にしましょう。姉さんも食べるんでしょ」

「食べる食べる! エースくんも一緒に食べようね!」

「……はい」

 姉妹で見た目はそっくりなのに中身は全然違うな……こう、なんというか亜衣子さんはあかぬけていると言うか……ていうか日本一可愛い女子高生よりあかぬけてるって、いったいなんなんだよ。


 リビング? 食堂? 大広間? に行くと、所狭しとテーブルに料理が並んでいた。


「これを結衣里先輩がひとりで?」

「そうよ」

「こんなにもたくさん」

 マジ量が半端なかった。

「慣れよ」

 いくら慣れてるからって……うちの母ちゃんより料理スキル高いじゃないか。


「遠慮しないで、残さず食べてね」

 でも……いくら俺が育ち盛りのワンパク男子でもこの量……食べ切れるのか。


「結衣里ちゃんの料理は美味しいからパクパクいけちゃうよ」

 と亜衣子さんは言っているけど……そんなこと流石に……、


「いただきます」

 

 あった!


 箸が止まらない!

 どれも絶品だ!


 俺はテーブルの上に所狭しと並んでいた料理を瞬く間に平らげた。


「ね! 言った通りでしょ!」

「はい! めっちゃ美味しかったです!」

「喜んでもらえたようで何よりよ」

 俺と亜衣子さんが盛り上がっていても、相変わらずクールな結衣里先輩。

 

 ていうか、今更だけど、この大きな屋敷に結衣里先輩は亜衣子さんと二人暮らしなのだろうか。


「ところで……お二人のご両親は?」

「安心して海外ではないわ、お母さんは今も部屋で仕事をしているはずよ」

「そうなんですね……挨拶はしなくてもいいんですか?」

「いいわ。あの人は自分のタイミングでしか話さないもの」

 ……あの人って、他人行儀だな……それでも挨拶をしていないと気まずいんだけど。


「父は……そのうち会えるわ。今は気にしないで」

 この言い方で、気にしないやつがいるなら見てみたい。


 結衣里先輩も亜衣子さんも個性的だから、きっとご両親も個性的なんだろうな。


 2人のご両親が気になって仕方ない俺だった。

 

 ————————


 【あとがき】

 なんか複雑そうな家庭……。


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サヨナラからはじまった特別個人レッスンで毎晩俺は美少女達にしごかれ日本一可愛い女子高生と同棲することに 逢坂こひる @minaiosaka

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