第7話 ペアストレッチ

 岩崎いわさき 奈央なお

 女子個人メドレー全国3位の実績を誇る我が校女子水泳部のエース。

 結衣里ゆいり先輩と肩を並べる超有名人だ。


 肩を並べるのは知名度だけではない。

 美貌もだ。

 結衣里先輩が可愛いに振り切った美少女なら、岩崎先輩は綺麗に振り切った美少女だ。

 ショートヘヤーに切れ長のパッチリ二重。

 ぷるんとした唇に、スレンダーボディ。

 まあ、胸の大きさは美菜よりちょい小さいかなって感じだけど、その分色気は美菜の3倍増しだ。


 そんな岩崎先輩との水着での特別レッスン。

 何が起こるのかとドキドキしていたが……、


 ……何も起こらなかった。


 まあ、当然だ。

 俺は女子部員達が練習しているのを脇目に、空いているコースでひたすら水中歩行トレーニングをしている。

 そしてこの水中歩行トレーニングが地味にキツい。

 手のひらを後ろに向けての腕振りと、膝を若干曲げてのベタ足歩行。

 結衣里先輩の指示だと言うことだけど、どんな効果があるかについては謎だ。

 でも結衣里先輩について行くと決めた以上、どんなことでも信じてやるしかない。


「頑張ってるねエースくん」

 水泳部の練習が終わったのか、岩崎先輩が声を掛けてきた。ていうかエースくんってなんなんだよ。


「先輩、エースくんって?」

 思い切って聞いてみた。


「あ——っ、そっか、武田は知らないんだ?」

 もちろん知らない。


「2年、3年の女子たちの間で君はエースくんって呼ばれてるんだよ」

 マジか……ていうか俺の事が話題になってる?


「……知らなかったです」

「そうなんだ、武田は結構女子に人気だよ」

「えっ……本当ですか」

「本当だよ! ま、野球部のエースだしね」

 なに、その嬉しい報告。


「昨日の動画で、更にファンが増えたんじゃないかな」

 昨日の動画……決勝のやつか。

 それより俺にファンって何?

 全く知らなかったんだけど!


「それってマジですか?」

「うん、まじまじ部室で号泣してたやつなんか、うちの部でも評判になってたよ」

 え……部室で号泣?

 昨日のやつだよね……、

 ていうか俺……部室で1人だったよね?


「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」

 ……部室には誰もいなかった。俺はそんな動画を撮っていない。つまり……盗撮だよな。

 そしてあのタイミングでそれが出来たのは……結衣里先輩。

 そもそもその動画どこに上がってるの?

 

「さて、そろそろ次の練習行こうか、一旦上がってくれる」

「は……はい」

 動画の件を詳しく聞こうと思ったが、お喋りタイムは終わりのようだ。また次の機会にでも聞くか。


 プールから上がると、他の部員はもう帰ってしまったのか、俺と岩崎先輩の2人っきりになっていた。

 2人きりの個人レッスン。

 何とも言えないシチュエーションだ。


「ここからは泳ぎを本格的に教えて行くよ! ビシバシ行くから覚悟しておいてね!」

「はい!」

 ていうか、ここからが本番なのか……水中歩行だけでも結構キツかったんだけど。


「武田に覚えてもらうのはバタフライ」

「バタフライ……」

「知ってるよね?」

「体育の授業でやった程度ですが」

「うんうん、まあそんな程度だろうね、でも今日からはきっちりとしたフォームで覚えてもらうよ」

 きっちりとしたフォームか……意識した事ないな。


「手取り足取り教えてあげるから、安心してね」

 ……手取り足取りだと⁈

 本気かよ。

 期待しかない。


「さて、柔軟からやろうか」

「最初にやりましたよ?」

「えっ……あれでやったつもりだったの?」

「えっ……ダメでしたか?」

「うん……ダメダメだと思うよ」

 マジか。


「もっと入念にやらないと! 立花にも言われてるんでしょ」

 結衣里先輩は言われる前に何処かへ行ってしまわれた。


「柔軟のやり方って知ってる? 教わった事ある?」

 ぶっちゃけ見様見真似でするストレッチするぐらいしか、分からない。


「教わった事ないです……」

「やっぱりね、大事だよストレッチ」

「ですよね……でも俺、身体を早く動かしたくてウズウズするんです」

「うん……なんか武田はそんなタイプな気がする」

 そんなふうに見えるのか。


「じゃぁ壁を使ってやるやつからね、最初は見てて」

 まずは壁を使う肩のストレッチを教えてもらった。

 見てて……と言われたものの……肩のストレッチなのに、そんなにお尻突き出すの?! 

 水着でそのポーズは……ヤバいです。


「しっかり見てた?」

「み、見てました!」

 しかと焼き付けました。でもこれは……色々危険な気がする。


「じゃぁ、次は足のストレッチね! ちゃんとやらないと足つったりして危ないから、しっかり見ててね」

 ……言われた通り、しっかり見ようと思ったけど、流石に足のストレッチは厳しかった。

 他の事を考えたり、ちょこちょこ目をそらさないと、俺が大変なことになりそうだった。


「こら武田! なにソワソワしてるの! ここ大事だよ!」

 俺もできれば全力でガン見したいけど、そうできない事情がある。


「よし、じゃぁ次はペアストレッチをやろうか」

 ぺ……ペアストレッチを水着で、岩崎先輩と?!


「脇、腹筋、胸、背中を中心にやるよ」

「は……はい!」

「ペアストレッチは1人でやるストレッチより効果が高いからちゃんと覚えるんだぞ」

「はい!」


 なんて意気込んでみたものの……、

 ペアストレッチは……本気でヤバかった。

 視覚的に刺激が強いってのもあるけど……濡れた肌が触れ合う感触、そして肌と肌から伝わる温もりは、普段美菜とじゃれているのとはわけが違った。

 ぶっちゃっけ集中できないし、変な気分になってしまう。

 これは普通に俺……危ないんじゃないか?

 自分でも上気しているのが分かった。

 

 ……だめだ、これ以上は耐えられない。

 ここは正直に話そう、でないと俺が大変なことになってしまう。


「……岩崎先輩」

「ん? どしたの」

「あの……言いにくいんですが、ペアストレッチは平常心がたもてないので……無しにしてもらえませんか?」

「あれ? ……もしかして、私に女感じちゃった?」

「……はい」

「そっか、思春期だもんね、やっぱ女の子とじゃやりにくいよね」

「仰る通りで」

 分かって貰えてよかった。正直に話してよかった。そう思っていたが……、

「でもダメだよ」

「え……」

「もっと集中すれば煩悩なんか追い出せるよ、こんなちょこっと肌が触れたぐらいで無くなってしまうような集中力じゃ怪我するよ」

 軽く却下された。

 それにちょこっと触れ合うではない。

 がっつりだ。


 何というか、複雑な気持ちでいっぱいになった。

 嬉しいけど、素直に喜べない。


 岩崎先輩のレッスンはまだ始まったばかりだ。


 

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