第2話 トレーナー
夏の予選、掴みかけていた甲子園の夢は俺の失投で、手のひらから
そんな失意の俺の前に突如現れた日本一可愛い女子高生、
彼女に気圧され、差し出された手を思わず取ってしまったけれど……本当によかったのだろうか。
「行くわよ拓哉」
「え……と……何処にですか?」
「私の家よ」
「ん?」
私の家?
私の家って……立花先輩の家?
「なんで家なんですか?」
「さっきの、続きをするの……こんな所ではちゃんと出来ないでしょ?」
さっきの続きって……イイことの?
つ……続きがあったのか!
なにか内から込み上げて来るものがあった。
「はい、喜んで!」
何の棚ぼたか分からないけど、これは男としては行くしかない。
——俺は立花先輩の誘いを受けた。同じ学校だけど学年も違えば、面識もない、言うなれば初対面の
俺たち。
加えていうならば決勝戦で敗退したばかりの精神状態で初対面の女の子の家に行くなんて、普通に考えればどうかしていると思う。
だけど
俺は青春を
だけど立花先輩……なんで俺なんかを誘ってくれたのだろうか。
「立花先輩、なんで俺なんですか?」
「結衣里よ、あなたにとって立花先輩は3年にもう1人居るわ」
淡々と答える立花先輩。
だから、名前呼びか。
「じゃあ改めて、結衣里先輩、なんで俺なんですか?」
「あなたが、私の御眼鏡に適ったからよ」
御眼鏡に適った?
……普通、甲子園を狙えるような野球部のエースはモテると聞いた事がある。
だけど、俺は全くモテない。
身長は高いし先輩がさっき言ったようになかなかいい身体だ。
性格は少しエロいけど、思春期の男子としては許容範囲だと思う。
……顔が悪いのか……ずっとそう思っていた。
でも、日本一可愛い女子高生の結衣里先輩の御眼鏡に適ったんだ。
自信持っていいよね!
「結衣里先輩って、どこで俺の事を知ったんですか?」
「球場よ」
……試合で一目惚れしてくれたとかなのかな?
「今日の決勝、残念だったわね」
今日も見ていてくれたのか。
「はい……あと一歩だったのに……情けないです」
「情けなくはないけど、あと一歩って感じではなかったわね」
今、さりげに全否定されたよね。
「そ……そうですか」
ちょっとイラッとした。考えすぎかもしれないけど夢の一歩手前まで行った俺たちの結果が馬鹿にされた気がしたからだ。
「ここよ」
そうこうしている間に結衣里先輩の家に着いた。
ていうか……デカい!
めっちゃ豪邸だった。
「さあ、入って」
「は……はい」
俺が庶民過ぎるせいだろうか、家が立派というだけで妙に恐縮してしまう。
「お邪魔します」
挨拶をしても返事がなかった。誰もいないのか?
「こっちよ」
結衣里先輩に案内された部屋は中々の広さで、ベッドとデスク、そしてちょっとしたトレーニング器具が置いてあった。
部屋に入って気付いたが、片面の壁は鏡張りだった。
「さあ、早速脱いでそこに横になって」
い……いきなりだ。
さっきの続きだもんな。
マッハでパンイチになり言われた通りベットに、横たわった。
「何をやっているの? うつ伏せよ」
なんでうつ伏せなんだ……そういうプレイ?
疑問だらけだったけど、ドキドキしながら俺はうつ伏せになった。
すると、お尻あたりに結衣里先輩が馬乗りになってくるのが感覚で分かった。
……この体勢で何をするんだ?
俺の知らないマニアックな体位でもあるのだろうか?
煩悩が俺の頭の中を埋め尽くしていた。
初めてマウンドに上がった時と同じぐらいドキドキしながら事が始まるのを待っていると、肩甲骨あたりに結衣里先輩の手の感触が……!
柔らかいけど少し冷たい!
そして結衣里先輩は俺の背中を押し上げるように
き……気持ちいい。
でも、これはアレというよりは……、
マッサージ?
俺はあまりの気持ちよさに、そのまま身体を預けた。試合の疲れが抜けていくようだった。
しばらく背中全体を摩ると、結衣里先輩は俺の右側にまわり、部室の時と同じように腕を取った。
するとまた同じように、右腕に激痛が走った。
な……なんでだ?
「痛むのでしょ?」
「は……はい」
痛むと言ってもスポーツに痛みは付き物だ。投げられないような痛みじゃないし、アップすると何の違和感もなくなる。
……だから気にしてはいなかったんだけど。
「これが、今日の敗因よ」
「え」
いま結衣里先輩なんて言った?
「今日のアレ……ただの、失投じゃなかったのよ」
……嘘だ。
「だってあの1球だけ、明らかにフォームが違ったもの」
……嘘だ。
「拓哉……あなた身体のケア、してこなかったでしょ?」
身体のケア……そりゃアイシングとか必要最低限はしてきたつもりだけど。
「今日の試合後……クールダウンもしていないでしょ」
……確かに試合に負けたショックでやっていない。
「あと一歩じゃなかったのよ……仮にあの1球が狙い通りに投げられていたとしても、次の1球、もしくは次の試合で、望まない結果が出ていた事でしょうね」
……何も言えなかった。
「つまり今日の敗北は、拓哉の怠慢が招いた結果よ」
誰か1人ぐらい俺の失投を責めてくれたら……なんて思っていたけど、
撤回する……めっちゃキツいやん!
ぐうの音も出ない。
あの時、今と同じようにチームメイトに責められなくてよかった……あの場でこれを言われていたら、俺の心は壊れていたまである。
「でも安心して拓哉……あなたに同じ轍を踏ませないわ」
「結衣里先輩……それはどういう意味ですか?」
「もう忘れてしまったの? 部室で言ったでしょ?」
結衣里先輩は呆れ顔で言った。
「今日から私があなたのトレーナーよ、しっかり管理でしあげるわ」
……あのトレーナーってそういう事だったのか。
「さあ拓哉、身体を動かしてみて」
うん?
言われるままに軽く身体を動かすと……、
「軽い……1試合投げ切った後だっていうのに」
嘘のように身体が軽かった。
「これがトレーナーの力のほんの一部よ」
凄い……今までは練習さえしていれば強くなれると思っていた。
でも違うのか。
ケアのやり方で、パフォーマンスがこんなにも変わるのか。
「今日からここが、あなたの部屋よ……自由に使って、来年の夏に向けて……二人三脚で頑張りましょう」
え……今日からここが俺の部屋?
来年の夏?
秋季大会は?
さらなる疑問が俺を襲う。
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