第4話 幼馴染

 結衣里ゆいり先輩にお世話になる事を決めた俺は一旦家に戻った。

 着替えが無いのもあるが、あの負け方をした後、さすがに1度も家に帰らず向こうで世話になれば、ウチの呑気な家族でも心配すると考えたからだ。


 因みに俺が一旦自宅に帰ると言ったら結衣里先輩は、

『最後の晩餐を楽しんでらっしゃい』

 とか言いながら、不適な笑みを浮かべて送りだしてくれた。

 今日までは好きなものを食べても許してくれるそうだ。


「ただいま」

「おかえり、遅かったね兄貴」

 出迎えてくれたのはひとつ年下の妹、優花ゆかだった。


「ああ、ちょっと野暮用があってな、それより父ちゃんと、母ちゃんは?」

「夕飯の買い物に出掛けたよ」

「……そっか」

 しばらく母ちゃんの手料理が食べられなくなる。だから最後の晩餐は母ちゃんの唐揚げをリクエストしようと思っていたのだが……リクエストできなくて残念だ。


「兄貴……」

「何だ?」

「大丈夫?」

 唐揚げをリクエストできなくて残念そうな顔をしていると、優花が心配そうな顔で声を掛けてきた。

 きっと優花は、試合に負けたから俺がこんな表情をしているのだと勘違いしたんだと思う。


「大丈夫だ」

「そっか、よかった」

 悪い優花……試合に負けたからじゃないんだ。唐揚げが食べたいだけなんだ。


「あ、美菜みなちゃん、兄貴の部屋で待ってるよ」

「美菜か……そういや、一緒に応援来てくれてたんだよな」

「そうだよ、早く行ってあげて」

「分かった」


 美菜は俺の幼馴染。

 お隣さんで、家族ぐるみの付き合いがある。まるでどこかの野球漫画で聞いたことのあるような設定だ。


「よう、美菜」

「遅い拓哉! どこで油売ってたの?」

「ちょっと野暮用でな」

「変なタイミングで野暮用入れないでよ……心配するじゃない」

「悪い、でも、心配してるやつは、そこまでくつろがねーと思うけどな」

「あれ……」

 美菜はベッドの上でうつ伏せになって、足をバタバタさせながら漫画を読んでいた。

 ぶっちゃけパンツは見えている。


「だって、着信入れても出てくれないしさ、何となく落ち着かないから……」

「ああ悪い、スマホ置いて行ってたんだよ」

「知ってる、めっちゃ鳴ってたもん!」

 唇を尖らせながら、スマホを指差す美菜。

 そしてスマホを手に取ると色んな人から、着信が入っていた。

 皆んな……気使わせちまったな。


「美菜、心配かけた」

 俺は美菜の頭をぽんぽんとしてやった。


「もうっ!」

 美菜は照れ臭そうに俺に寄りかかって来た。


 朝井あさい 美菜みな

 色々かすっているが、美菜は例の野球漫画に出てくるヒロインとは違い、全然しっかり者ではない。

 どちらかというと、ポンコツ寄りだ。


 でもボブヘヤーで大きな目で愛らしい顔をしている美菜のファンは多い。

 たまにじゃれてて胸を触ってしまうこともあるが、見た目より全然大きい。

 結衣里先輩には負けるがスタイルも中々のものだ。


 周りは結構誤解しているが、俺たちは付き合っていない。

 やっぱり毎日顔を突き合わせて一緒にいる時間が長いと、何だか家族のように思えてしまうからだ。


 ある意味、自然体で話せる唯一の同年代の女子かもしれない。


「うん? 拓哉、女の匂いがする! 野暮用って女だったの?」

 凄い剣幕で捲し立ててくる美菜。

 ……匂いで分かったしまうのか。

 確かに結衣里先輩……いい匂いだったもんな。


「女っていうか……ちょっと結衣里先輩と」

「結衣里先輩!?」

 食い気味で名前呼びを突っ込まれた。


「結衣里先輩って立花先輩のこと?」

「あ……ああ」

「なんで拓哉が立花先輩と? ていうか知り合いだったの?」

「いや、初対面だ」

「初対面で匂いがつくほどベタベタしたの?」

 なんか美菜……怖い。


「いや、違う違う……マッサージをしてもらっただけだ」

「ま、ま、ま、ま、マッサージ!」

 なんか話せば話すほどドツボにハマっていきそうだ。


「まあ、色々と事情があってだな」

「事情って何よ! 事情って!」

 引き続きもの凄い剣幕で胸ぐらを掴み問いただしてくる美菜……締め付けがキツくて、結構苦しいんだけど。


「まあ、落ち着けよ美菜……ちゃんと話すからさ」

「落ち着いてるわよ! 早く話してよ!」

 さらに締め付けがキツくなった。

 これを落ち着いていると言える美菜はある意味達観している。


「く……苦しいって」

「う——————————っ!」

 おでこがくっつく距離で睨まれた所で、ようやく離してくれた。

 気心が知れた仲な反面、遠慮もない。


 ——とりあえず、うまく下心を隠して、今日の出来事を美菜に話した。


 終始ジト目だった美菜。

 話し終わってもそれは変わらなかった。


「ふ〜ん」

 なんかいやに圧がある。


「で、明日から立花先輩のところへ行くの?」

「……そうなるな」

「ふ〜ん」

 この“ふ〜ん”って地味にこたえる。言いたい事があるならハッキリ言って欲しい……ていうか聞かなくても美菜の言いたいことは、何となく分かる。

 俺は美菜の事をよく知っているし、美菜は俺の事をよく知っているのだから。


「よこしまな気持ちはないぞ!」

「ふ〜ん」

 信用が無い。


「美菜、分かってくれって……俺は真剣なんだよ」

「日本一可愛い女子高生に身体のケアしてもらうって聞いて、誰がそれを信用するの? 下心見え見えじゃない!」

 そもそも俺が頼んだわけでは無いんだけどな。


『じゃあ、仮に下心があったとしてどうなんだよ! 彼女でもない美菜にとやかく言われる筋合いはないだろ』


 って言いたいところだけど、それは流石に言葉を飲んだ。彼氏彼女では無くても、恋愛感情が無くても、逆の立場なら俺も嫌な気持ちになることが明白だからだ。


 ちょっとブラコンやシスコンの兄妹愛に似ているのかも知れない。


「美菜、お前も一度会ってみれば分かるよ、結衣里先輩はそんなんじゃない」

「うぅぅぅぅぅっ!」


 美菜は俺にベッドロックをかけた。

「腹立つ! 腹立つ! 腹立つ!」


 そして反対の手で頭を下げてグリグリし、思いっきりイライラをぶつけてきた。

「痛いっ! 痛いって美菜!」


 頭をグリグリされるのはマジ痛かったが、おっぱいの感触で相殺だ。

 ありがとうございます!


 そして美菜は俺をベッドに押し倒し、壁ドンならぬベッドドンで覆い被さり、顔をどんどん近付け唇が触れる寸前で止まった。


「……ねえ拓哉、キスしようか?」

 我が耳を疑う言葉だった。

 

 え……美菜が俺と? どゆこと?

 不覚にも美菜にドキドキしてしまった。


 美菜は上気し、とろんとした目で俺を見つめる。


 美菜のやつ、本気か?

 こんな場合、目を閉じた方がいいのか?


 なんて思っていると、

「あ痛あっ!」

 ゼロ距離で頭突きをかまされた。


「やっぱり、誘惑に弱そうじゃん!」

「結衣里先輩はそんな事しねーよ!」


 そして……、

「ふ、ふ、ふ、2人はそんな関係だったの⁈」

 部屋の入り口で盛大に取り乱す優花がいた。


 この後、俺たちは優花の誤解を解くのに必死で、いつの間にか仲直りしていた。

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