第3話 才能の限界を超える

 今日からここが俺の部屋ってどういう事だ……それに秋季大会をスルーして夏の大会って。


結衣里ゆいり先輩……今日からここが俺の部屋ってどういうことですか?」

「言葉通りよ、あなたの自由にしてくれていいわ。でも壁中にアイドルのポスターや2次元アイドルのポスターを貼りまくるのはやめてね」

「貼りませんよ!」

「そう、なら安心ね」

「安心じゃなくて、なんで俺の部屋なんですか?」

「不満なの?」

「いや……不満じゃないですけど」

「なら、いいじゃない」

「いや、そういう問題じゃなくて、なんで結衣里先輩ん家に俺の部屋があるんですか?」

「あなたの為に用意したからよ」

 だめだ……何の情報も増えない。


拓哉たくや、選手とトレーナーは信頼関係が大切よ、聞きたい事は遠慮なく聞くのよ」

 いや、聞いているけど欲しい答えが返ってこないんです。

 でも、流石にこの話は適当に流すことは出来ない。


「結衣里先輩、なんで俺のトレーナーをやってくれる事になったんですか?」

「さっきも言ったでしょ、私の御眼鏡に適ったからよ」

 やっぱり欲しい答えが返ってこない。


「いや、そうじゃなくて……御眼鏡に適う前の経緯とか切っ掛けとかあるじゃないですか?」

「切っ掛け?」

 いぶかしげな表情を浮かべる結衣里先輩。


「そうです、切っ掛けです」

「もしかしてとは思うけど拓哉……あなた何も聞いていないの?」

 もしかしなくても聞いていない。でも、ようやく話が前に進みそうな雰囲気だ。


「……聞いてません」


 俺の答えを聞いて、結衣里先輩は大きなため息をついた。


「そうだったのね……どおりで通じないと思ったわ」

 結衣里先輩も思ってたんだ。


「依頼者は野球部顧問の鍋島なべしま先生。この件は拓哉のご両親も承知しているわ」

 うそん……ウチの親も知ってたの? 全く聞いてないんだけど。


「それにしても……何も分からないで、よくここまで着いてきたわね。普通疑問が無くなるまで色々と聞くものじゃない?」

 結衣里先輩は呆れ顔だった。


「あはは、そうですよね」

 下心で突き動かされたなんてとても言えない。


「私が依頼されたのは拓哉の身体作りと身体のケア。今日からここで一緒に暮らして私の指示に従ってもらうわ」

 俺の部屋って聞いた時から、まさかとは思っていたが、やっぱり結衣里先輩と一緒に暮らすのか。

 なんだよ……その胸熱な展開。


「最終的には今日の決勝戦で判断させてもらう事になっていたのだけど」

 そっか……本決まりじゃないから俺言わなかったのか。


「合格よ……拓哉は私が育てる選手に相応しいわ、嬉しいでしょ?」

 私が育てるに相応しい選手って……もしかして結衣里先輩はトレーナーとして有名なのか?


「あの、結衣里先輩はトレーナーとして、何か凄い実績があったりするんですか?」

「何を言っているの拓哉、私は日本一可愛いだけの女子高生よ、そんなことあるはずないじゃない」

 ……何処から突っ込むべきなんだろうか。


「さっきの答えがまだね……嬉しいでしょ?」

 嬉しいとかそんなレベルじゃなくて、ただただ混乱している。


「嬉しくないの? 日本一可愛い女子高生とひとつ屋根の下で暮らせるのよ?」

「それは、嬉しいですよ! でも、色々すっ飛ばし過ぎで理解が追いつかないです」

 結衣里先輩はまた顔を手で押さえて、とても残念そうな仕草を見せた。


「いい拓哉、これはチャンスなのよ。あなたが、ここでレベルアップして、夢を掴むか、これまでと同じ事を繰り返して、同じ結果を繰り返すかの」

 何か凄いことを言われたけど……何を根拠にそんな事を言っているのか分からない。


 でも……結衣里先輩の自信満々の表情と圧に押されて俺は……、

「分かりました……よろしくお願いいたします」

 握手を求めて手を差し出していた。


 下心が全くなかったと言えば嘘になる。


「英断よ」

 英断……そこまで言い切るんだ。


「でも拓哉、いくつか条件があるわ。私は臨機応変にカリキュラムを変更できるほどの知見がないの」

 条件……なんだろう。


「まず、私の指示には絶対服従よ」

 絶対服従……なんかゾクっときた。


「次に、私以外に身体を触らせないこと」

「身体を触らせない?」

「そうよ、女もダメよ……だから彼女は作ってもいいけどアレはしちゃダメよ」

 彼女は作ってもいいんだ……何故だろう……少しへこんでしまった。

 ていうか彼女いない前提じゃん!


「そして……年内の投球は禁止よ」

 え……。


「そっ、それはいくら結衣里先輩の言うことでも無理ですよ! 秋季大会もあれば春のセンバツのチャンスだってあるんですから」

「選手生命をここで終わらせたいのなら、好きにしなさい……その場合、私はこの話から降りるし、強制はしない……決めるのは拓哉よ」

「選手生命……」

「そう、選手生命よ」

「なんで投げちゃダメなんですか? 俺の肘はそこまで悪いんですか?」

「今は大丈夫よ……でも球数が増えれば、今日みたいなことが起こるし、いずれ投げられなくなるわ」

 ……いずれ投げられなくなる。


「これは100パーセントよ」

「え……100パーセント投げられなくなる?」

「ええ、100パーセント投げられなくなるわ」


 ……マジか。


 これは今日負けた事よりショックかも知れない。


「結衣里先輩の指導に従えば、来年投げられるようになるんですか?」

「なるわ」

 秋季大会に出てで選手寿命を失うか、秋季大会を諦めて未来を取るか……秋季大会を諦めれば、結衣里先輩との同棲生活も付いてくる。


 だからって秋季大会……簡単に諦めることは出来ないよな。

 ここまで皆んなと頑張って来たんだし。


「拓哉、あなたには才能があるわ……でも、才能だけで出来る限界ここまでよ」


 ……俺の才能の限界?


「ねえ拓哉、才能の限界を超えてみたいと思わない?」


 才能の限界を超える?


 結衣里先輩のひとことで身体中に衝撃が走った。

 熱い……身体中が熱い。


 超えられるものなら超えてみたい。

 才能の限界を!

 燃えて来た!


「ちょっと、この部屋暑いわねエアコン入れましょうか」


 ……身体が熱かったのは室温のせいだったみたいだ。


 でも、

「結衣里先輩、分かりました……俺やります。才能の限界を超えてやります!」

「いい答えよ」

 ここまで言ってもらったら、やるしかないだろう。


「最後にひとつ……これからは私が提供する以外の食事は禁止よ」

「食事?」

「そう、身体作りは食事から始まるの」

 もしかして、学校にも結衣里先輩の手作り弁当を持って行けたりするって事?

 最高じゃん!


「分かりました問題ありません!」

「契約成立ね」


 結衣里先輩と俺はガッチリ握手を交わし、二人三脚で夏の大会を目指すことになった。


 だけど……この時の俺は色んな事を甘く考えていた。


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