第24話 Welcome to our world
ルナが目を覚ましたのは第Ⅶ班のメンバーが地下研究施設を捜索している頃だった。
意識を取り戻してすぐに感じたのは頭の痛み。反射的に痛む箇所を押えようとしたルナはようやくいつもと違う事に気がついた。
両手首、そして両足首がロープで縛られていたからだ。さらに口には布のような物をくわえさせられて頭の後ろで結ばれている。
ルナはすぐに自分が拉致されたのだと気付いた。
状況を確認しようと自分の体を見る。
黒のストレッチパンツはそのままだが上に来ていた黒のダウンと白いシャツを脱がされて白のブラトップだけになっていた。薄着になっている事と頭の痛み以外、特に変わった事はない。
ルナは上半身を起こして今自分がどこにいるのかを考える。
低いパイプベッドに寝かされていて、壁は茶色と灰色のレンガ造り。窓はなく、部屋の広さは十畳ほどで扉が二つある。いずれも鉄製の扉で頑丈なのが見てとれた。
――――どこだよクソ。
沸々と湧く怒りと殴打された後頭部の痛みが、今のルナからヒカルの死を忘れさせていた。
なんとか外れないかと縛られた両手を動かしていると鉄製の扉が開いて見知らぬ男が姿を現した。そしてルナが目覚めた事に気がつくとまた部屋から出ていく。
扉は開けっ放しになっていて液体の入ったビンや試験管のような物がルナの目に映った。
出て行った男はすぐに帰ってきたが、今度は一人ではない。ルナを取り囲むように男女七人、いずれも瞳が紅い。ルナを除く全員がヴァンパイアである。
「んー、んんん、んんんんんん」
――――おい、解けよクソ野郎。
ルナは睨みつけてそう言ったが、口に食い込む布のせいで上手く喋れない。
その場にいる全員が冷めた表情でルナを見下ろす中、先程の扉から新たに年老いた男が入ってきた。その男に若い男が耳打ちをすると年老いた男はニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべる。そして頷きながらルナの前まで歩を進めた。
ルナはその老人が他のヴァンパイアとは纏う雰囲気が違う事に気付く。それはフリーダが纏っていたソレに似ていた。
「この時を待ちわびたよ……ルナ君」
「んんん、んっんーん!」
――――おまえ、リッターか!
ルナの目には六十代ぐらいに映る老人。頭は少し薄毛で白髪混じりの灰色。目は細く、やはり瞳は紅い。
「ふぅむ。見たところ普通の人間だが……フリーダ君に勝つとはね。やはりあいつの言うように、君は何か違うんだろうか」
まるで品定めをしているかのように老人はルナをジッと見つめる。その目はルナの良く知っている研究者のそれに似ていた。
――――フィリップと同じ……なんかムカつく。
明らかに怪訝な表情を浮かべたルナに、老人はまた気持ちの悪い笑みを向けた。
「そんな毛嫌いしないでくれたまえ。おぉ、そうだそうだ、自己紹介がまだだった」
男は人差し指を立てながら、さも今気づいたかのような言葉を口にした。
「はじめまして。私はミヒャエル・ヨハネス、千年ほど前は悪魔祓いを生業にしていたんだ。そんな中、ある依頼があってね……祓いに行った先でシーヴェルト君に会った。あの出会いは衝撃だったね。絶対的な恐怖、それでいて慈愛に満ちた感覚。あの瞬間、今まで信じ崇めてきた神など取るに足らない存在だと気づいたよ」
「んんんんーんんーん」
「少し黙っていてくれるかい? 今は私が話しているんだよ。……それからフリーダ君。彼女は母親を魔女狩りで殺されてしまってね……彼女は美しかったなぁ。シーヴェルト君は優しいからね。彼女にも力を与えた。他にも……」
「んんん、んんー」
静かにしろと言っても聞かないルナに、ヨハネスは溜め息をついた。
「何を言っているのかさっぱりわからん。おい、外せ」
ヨハネスがそう言うと男のヴァンパイアが近寄ってルナの口に巻き付けている布を外した。
その瞬間、ルナは溜まったモノを吐き出すように声を上げる。
「誰もアンタの昔話なんか聞きたく無いんだよ! アンタはリッターなのか! 答えろ!」
「リッターだと? ふざけるな! 私が……私こそがシーヴェルト君の頭脳だ! 私は最強の戦士を作り出す事に成功した! きっとシーヴェルト君も分かってくれる!」
ヨハネスは少し細い目をこれでもかと見開いて語感を強めた。
「アンタがゲヒルン? じゃあアンタがコピーを作ったのか!」
「コピー? あんな模造品と一緒にしないでくれたまえ。私が作り出したのは至高のヴァンパイア戦士だ」
「何が至高だクソ野郎! さっさと解けよ!」
「君はうるさいねぇ……まぁいい、君のお喋りに付き合う気はない。君が眠っている間に少し輸血をしておいた。体の変化に耐えられるようにね」
「……はぁ?」
ヨハネスがポケットから銀色のケースを取り出す。そしてケースの蓋を開けて一本の注射器を取り出した。その注射器の中には緑色の液体が満たされている。
「ココにシーヴェルト君の力が入っている。分かるかい? 君を、私達と同じヴァンパイアに変えてあげよう」
ヨハネスが押えろと指示を出すと、すぐに二人の男がルナに近づいた。
一度は縛られた両手で男を払い退けたルナだったが、縛られていては大した抵抗も出来ない。結局、両腕を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。
「クソ! やめろ! やめろぉ!」
「さて……あいつはどんな顔をするのかなぁ」
ヨハネスはそう呟くと不気味な笑みを浮かべた。
*****
『銀次さん!』
第Ⅶ班が教会に向かっている中、銀次のインカムにサラの声が届いた。
すでに日は沈んでいる。
『教会の近くに設置してある防犯カメラを一週間、遡って調べました! 複数回ヴァンパイアと思われる個体が教会を出入りしていたと思われます!』
「当たりだな」
「銀次さん急ぎましょう!」
一刻も早くルナの安否を確認したい鉄平は気が気でない。
――――ルナ……無事でいてくれ。
*****
ルナの白い腕に注射器が刺さる。そして注射器の中の緑色の液体がルナの体内に全て注ぎ込まれた。
注射器を抜いたヨハネスはルナの碧い瞳を見つめながら口端をつり上げて告げる。
「ようこそ、私達の世界へ」
パイプベッドに倒れ込んだルナの体が徐々に痙攣を始める。
「あぁ! あ……あぁ! んぅ!」
「……どう言う事だ?」
ヨハネスはこれまで何人もの人間をヴァンパイアウィルスに感染させてきた。その際、感染者が苦しむ事はなかった。だがヨハネスの眼前では今まで見たものとは全く違う反応をみせている。
ルナは喘ぐようにベッドの上で悶え苦しむ。何度か仰け反るように腰を浮かせた後、転がるようにベッドから落ちた。
そして、膝と腕を床につけて悶える。やがてルナは何かが弾けたように天井を仰いだ。
「あぁぁぁぁアアアァァァァァァ!!」
叫び声をあげるルナの左の瞳も紅く染まっていく。
「ア、アア、ア……アァ」
しばらくの間ルナは宙を眺めながら言葉と呼べない声を発していたが、やがて頭と腕をだらりと下げたままゆっくりと立ち上がった。
「何故だ……何故立ち上がれ」
そこでヨハネスは言葉を失った。
ルナの両手が真っ赤に染まっている。足も同様だ。縛られていた手足を無理矢理引き抜いたのだとヨハネスはすぐに理解した。だが驚いたのはそこではない。
出血量からして確実に手足の皮が剥け、肉が削げたはずなのだ。にも関わらずルナの両手足には傷一つ見当たらない。
それが意味する事は一つしかない。
「再生が……速すぎる」
あまりの変貌ぶりに狼狽えたヨハネスは一歩、二歩と後ずさりをした。
「お、おい! 誰か押さえろ!」
ヨハネスのその言葉に反応したのはルナの一番近くにいた男だった。押さえつけようと飛びかかった瞬間。
「ガアァァ」
ルナが獣のような声を発する。それと同時にルナの右手が男の顔を掴み、鉄のドアに頭を押し付けた。ものすごい速度で押しつけられた男の頭は、熟れたトマトのように潰れて鮮血が飛散する。
同時にボキボキとルナの右腕、手首、掌の骨が折れ、皮膚から紅い血が吹き出した。
自分の力に体が追いつかず、骨が折れ、筋肉はちぎれ、そして皮膚が裂けたのだ。ルナの体は痛みと共に悲鳴をあげる。
しかしその刹那には骨が、筋肉が、皮膚が、元の状態に修復される。ほぼ同時に行なわれる破壊と再生、その速度はヴァンパイアのそれを凌駕していた。
ヨハネスの胸がざわつく。それはシーヴェルトに抱いた感覚に似ていた。ただ一つ違うのは眼前に立つそれからは未知なる恐怖しか感じない。足元から頭の先まで虫が這うような感覚。
「ぜ、全員でかかれ! こいつを止めるんだ!」
そう言い残してヨハネスともう一人の男は逃げるように部屋から出た。
部屋に残ったヴァンパイアの一人である女がハンドガンで二発、ルナの右腕に銃弾を撃ち込む。その反動でルナの上半身は右に少しだけ捻れた。
「ンアァァ!」
ルナは捻れた上半身を戻しつつヴァンパイアの女の首に右回し蹴りを放った。
鈍い音がした瞬間、ルナの白い髪が返り血で紅く染まる。そこには最初から頭などなかったかのように、女のヴァンパイアの首から上には紅く噴き出す鮮血以外に何もなかった。
恐怖は時に、誤った判断をさせる。残ったヴァンパイア達はルナに向かって一斉に襲いかかった。
*****
「ルナ! ルナ!」
鉄平の声が薄暗い教会に響く。少し前に教会に到着した第Ⅶ班のメンバーは教会内を探したがルナの姿は見つけられない。
そんな中、見張りの為に教会の外にいたコウタが物置小屋を見つける。開けてみると地下へと伸びる階段があった。
「銀次さん、外に来てください! 物置小屋の中が地下に続いています!」
一同が物置小屋から地下へと降りて行くとレンガ造りの通路が続いていた。それはまるで防空壕や地下牢のような通路で、その途中に鉄製のドアを発見した。
鉄平が扉を開けようと引っ張ってみたが、鍵がかかっていて開かない。すぐにハンドガンを抜いて十発ほど撃ち込み、勢いよくドアを蹴り破った。
そこには血塗れで呆然と立ちすくむルナの姿があった。
鉄平や第Ⅶ班の姿を見つけたルナの紅い瞳から一滴の涙がこぼれ落ちる。
「鉄平……助……けて」
絞り出したような声を出した直後、ルナは意識を失って床に崩れ落ちた。
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