第27話 真相の行方
ルナが銀次に連れて来られたのはSBの裏手にある霊園だった。
前回この霊園を訪れてから少しの間しか経っていないのに、アネモネは花の数を増やしその彩りを豊かにしていた。
「何でここに?」
ルナの問いかけに銀次は何も答えず、ある墓石の前でその足を止めた。そこは殉死した隊員達の墓からは少し離れた場所。その墓石に刻まれた名前を見た瞬間、ルナの目から大粒の涙が零れた。
『Hikaru Hojo』
「何で……」
ヒカルの遺体を回収したのは医療研究部隊の隊員だ。この霊園に眠る隊員達の多くはヴァンパイアに殺された者達である。その為、この霊園にヴァンパイアである北条ヒカルを埋葬する事に多くの反対があった。しかし、銀次を初めとした第Ⅶ班のメンバーと鷲尾隊長の進言によって特別に許可されたのだ。
そんな銀次達の思いに気付いたからこそルナの目には涙が溢れてきた。
「ありがとう。銀次さん」
ルナはそう言うと近くのアネモネを一輪だけ摘んで墓石に添える。そして目を閉じて手を合わせた。
「ヒカルさん。助けてあげられなくて……ごめんね」
小さな声で呟いたルナはゆっくりと目を開いた。そしてSBを出てからの事を銀次に説明した。
地下施設でのヒカルとのやり取り、高槻次郎殺害に高遠陸男やSBが関与しているかもしれない事、シーヴェルトは何処かの製薬会社を住処にしている事、ミヒャエル・ヨハネスと言う名のヴァンパイアに拉致された事、そして最強の戦士を作り出したと言っていた事。
銀次もまたルナがいなくなった後の事を説明した。
鷲尾隊長が突入部隊隊長を兼任する事、そして『フックス・ミュラー』という名のドイツ人の投資家が絡んでいる事。
「SBが関与……か。ノアは一部の権力者達が主導していたと聞いた。だったら官房長官や防衛大臣とも繋がりのある隊長クラスは全員怪しく見えてくるな」
「私、SB抜けようかな」
「それはやめた方がいい」
「何で?」
「俺にはヴァンパイア達がお前を狙っている気がしてならない。SBを抜けたら武器は持てないからな。襲われて丸腰ってのはシャレにならんだろう」
「じゃあどうしたいいの?」
「知り合いの情報屋をあたってみる。あいつなら政界にも詳しいからな」
「……ありがとう」
「それと、あくまでもまだ推測だからな? 確証が出るまでⅦの皆には言うなよ」
「え? ダメなの?」
「もし、事実だとしてみろ。高遠さんは口封じで殺されたのかもしれんだろう。知ってるだけで危害が及ぶ可能性もある」
「そっか。そうだね」
ルナはそう言うと、ヒカルの墓石に視線を向けた。
「ねえ。高遠ってどんな奴だったの?」
「どんな……か。何て言うか、正義に固執した人だったな」
「正義? 悪い事はしないって事?」
「そうじゃない。正義なんて人によって違うもんだ。お互いに譲れない正義があるから戦うんだよ。俺達とヴァンパイアみたいにな」
そこで銀次はある事を思い出した。
「そう言えば、レイがウチに来た日、隊長室に呼ばれて行ったらフィリップ博士がいたんだ。高遠さんは肝臓を悪くしていたからな。その治療もあってか随分と親しげな様子だった。高遠さんの素顔を知っているかもしれん」
「時間がある時にさりげなく聞いてみるか」そう言いながら銀次はホームへと向かう。
ルナもそれに続いて歩く。オフィスに戻ってからも会話は続いた。すでに話題は変わっていて、ヴァンパイアの事だ。
「ヨハネス。そいつがゲヒルンなのか」
「多分。自分で頭脳だって言ってたから」
銀次はいつものように顎髭をなぞりながら唸る。やがてその指を止めるとサラに視線を向けた。
「サラ。投資家が買収した中に製薬会社がないか調べてくれ」
銀次はシーヴェルトの潜伏場所が製薬会社であれば、その建物を所有しているのはドイツ人の投資家だろうと考えた。密接な関係者、もしくはヴァンパイアそのものか、いずれにしてもその投資家が関係している事は間違いないと確信していた。
サラが素早くキーボードを叩くとPCのモニターには幾つものウィンドウが開かれ、英数字が羅列していく。やがてリストのような表が映し出されると、そこから該当しない項目が削除されて三つの会社名だけが残った。
「買収された製薬会社は全部で三社あります」
「よし。三社とも付近の防犯カメラの映像や不正な取引がないか調べてくれ。それからハジメ、サラを手伝ってやってくれ。他の皆は情報が集まるまで待機だ」
「分かりました。サラ……俺は何をしたらいい?」
そう言いながらハジメはデスクに座るサラの背後からPCをのぞき込んだ。
ハジメの顔がすぐ近くにある事でサラの頬が赤く染まる。
「ハジメ、先に自分のPCを立ち上げろよ」
サラの表情を見ていた鉄平がそう言うと、ハジメは「どうして鉄平がニヤニヤしてるんだ」と問いながら自分のデスクに座ってPCの電源を入れた。
「じゃ、じゃあ……」
言いながらサラはハジメのPCに次々とデータを送信していった。その量にだんだんとハジメの表情が曇っていく。
「ハジメ君はそれだけ調べといてくれる?」
「だけ……って量じゃ……」
ハジメはそこで言葉を切った。サラの調べるデータの方が圧倒的に多い事が分かっているからだ。それでも肩を落とすには十分な量のデータが送られている。
待機を言い渡されたルナはソファに座ってテレビをつけた。画面に映し出されたのは代わり映えのない報道番組だったが、その映像と共に読み上げられる内容に第Ⅶ班の視線がテレビに集まった。
それは夜の街中に吸血鬼が現れたというものだった。合成やフェイクの可能性もあると付け加えていたが第Ⅶ班のメンバーにはその映像が本物であると分かる。それはヴァンパイアが三ヶ所同時に街を襲った時の映像だ。
政府が厳しい情報規制を行なっているものの、もはや止められるような状況ではなくなっていた。
「ヴァンパイアの存在って秘密だろ? 銀次さん、これってヤバいんじゃ……」
「ああ。だがそれが狙いなのかもしれん。フリーダを倒してから出現場所が変わっただろう。今まであんな公の場で暴れた事は無かったからな」
そこで銀次は一度言葉を切った。そして息を一つ吐き出してから再び口を開く。
「今までのように政府も『テロリスト』と称して押さえ込む事は出来ないだろう。こうなってくるとSBの存在を政府がどう公表するか……」
その時、オフィスがノックされ鷲尾ともう一人、男が入ってきた。
鷲尾の一歩後ろに立つこの男は医療研究部隊隊長、福住一郎である。
いつもスーツを着ている鷲尾とは対象的に、福住は常に白衣でボサボサ頭に無精髭と、医療研究部隊とは思えないほど不潔感が漂う。
「高槻君、無事で良かったよ」
鷲尾がそう言うとルナに向けていた視線を皆に移して声を発した。
「中畑君からすでに聞いているかもしれないが、画期的な新薬が完成した。SBはこの新薬を正式に使用する事を決定。各班に報告と説明を兼ねて福住隊長を連れてきた。では説明をお願いします」
それに頷いた福住が鷲尾の横に出て説明を始めた。
「この新薬には高槻ルナ君の血液から採取したオルタウィルスが使用されています」
「私の? オルタって何だよ」
「こら……さっきハジメが言ってただろう。あともう少し言葉遣いに気をつけろ」
銀次が小声でルナを諭す。
「簡単に言うとオルタとはルナ君の体内に存在しているウィルスですよ。ルナ君の尋常ならぬ回復速度や能力はオルタによるものです。ルナ君の血液にβウィルスを投与すると死滅するという結果は過去の実験から明らかになっていました。そして今回、ルナ君に投与されたコアウィルスによりオルタはさらなる進化を遂げたと言ってもいいでしょう」
「進化?」
ルナの問いに福住が説明を続ける。
「ええ。その進化したオルタを使ってβウィルスを死滅させるのではなく、細胞を複製させる事で中畑ハジメ君のように失った腕を再生する事も可能となりました。βウィルスをオルタへと書き替える事例も確認されています。驚くべきはそれだけではありません。この新薬を使えば力や移動速度なども向上するという実験結果も出ています」
「力や速度も……どうしてですか?」
「この新薬はオルタとβ、それからいくつかの薬品を配合して作られています。戦いにおいて力、スピードは非常に重要だと思います。それらの必要なものをオルタが感知して、適所で細胞分裂を起こして細胞を乗っ取るのです。超高速でね。これはβとコアの関係……つまりヴァンパイアウィルスと同じ働きです」
「つまり、ヴァンパイアの力を医療や戦闘に活かしている……という事ですか」
銀次の発言に福住は指を差して笑みを浮かべた。
「そう! すばらしい新薬です! ただし、制限もあります。効果時間は一時間ほどですが、身体の損傷度合いによってはもっと短くなります。そして使用限度は二十四時間で二回まで……それを厳守してください。負荷に耐えられなくなる可能性もありますので」
「それをヴァンパイアに投与するとどうなるんですか? 人間に戻ったりします?」
ハジメがそう問う。
「それについては……コピーと呼ばれるヴァンパイアにこの新薬を投与すると死に至ったとフィリップ博士から報告を受けてます」
「何で?」
「だから言葉遣いを」そう思いながら銀次はルナを睨む。だが当人は何も気にしてはいない。
「新薬がヴァンパイアの体内にあるβウィルスだけではなくコアにも攻撃するのでしょう。コアは脳の様々な神経回路まで侵食していると考えています。つまりコアを殺すと脳や侵食されている部分も破壊してしまうのでしょう」
説明を終えた福住と鷲尾は「じゃあ次は第Ⅵ班だ」と口にしながらオフィスを後にした。
「だからフリーダは急に回復出来なくなったのか……ルナの血を飲んだから」
鉄平はずっと疑問に思っていた事を吐き出した。オルタがβウィルスを死滅させた事によって一時的に弱体化したのだ。
――――北条ヒカルもそうだ。ルナの血を飲んでそれに気付いたから自害出来たんだ。
鉄平はそれは言葉にしなかった。
それでもルナは複雑な表情を浮かべている。
「私……その薬使わない」
そう口にしたルナは自分の右手を眺める。白い手にはまだ、赤い血液がこびりついている……そんな感覚がルナを襲った。
ルナの思いとは裏腹に第Ⅶ班のメンバーは新薬の完成に沸いていた。
*****
鷲尾達がオフィスを後にしてから数時間後、キーボードを叩きながらモニターを凝視していたサラが銀次を呼んだ。
「銀次さん! 見てください」
サラが大型のモニターに視線を向けると防犯カメラの映像が映し出された。
「この製薬会社……夜になると人が入って行きます。この映像の解像度ではヴァンパイアかどうかまでは分かりませんが……何か妙です」
「サラは勘がいいからな。よし! その製薬会社を重点的に調べるぞ」
銀次は大型モニターに映し出された製薬会社の映像を睨みつけて小さな声で呟く。
「今度はこっちから攻めてやる」
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