第4話 油断 ①
情報収集部隊であるサラを残し、銀次、鉄平、コウタはオフィスを飛び出した。
三人がホーム一階の奥にある武器庫にて装備を整えていると、武器庫のドアが開く。視線が集まるそこにはルナが立っていた。
「ルナ!」
救援要請を聞いたルナも装備を整えにやって来たのだ。
「状況は?」
「この前の二体を倒した変電所付近で大量に出て来たらしい……恐らく、二体のどちらかが群れを統率していたんだろう」
「大量……か」
それを聞いたルナはホルスターに愛用のハンドガン、ベレッタPx4とマガジンを装着、太腿のベルトにもナイフを収めた。その上から黒いロングコートを羽織り、鞘に収まった銀の刀を背中に背負う。コンパクトサブマシンガンであるMP7を左手に持つとコートの内側にある専用のポケットにそのマガジンを差した。
それぞれの準備が終わったタイミングで銀次のインカムに連絡が入る。内容は現場からの状況説明だ。
「すでにハジメとノエルが交戦しているそうだ! 一帯は封鎖しているがいつ突破されるか分からん……急ぐぞ!」
銀次の言葉を確認したルナ達は足早にホームから出ると、いつの間にか雪がちらついていた。
眼前に並んだ黒いワゴンの一つ、その運転席に銀次が乗り込む。
次いでルナ達が後部座席に乗るとドアを閉めるよりも先にタイヤが白い煙を巻き上げて黒いワゴンが走り出した。
ドアが閉められたのはそのすぐ後である。
現場へと向かう車中。銀次は右手だけでハンドルを操作し、空いた手で無精髭を撫でながら自身の考えを口にした。
「統率者を失った群れが血を求めて徘徊し始めた。そんなところだろう」
「でも……そんな事は言ってなかったよ」
二体のヴァンパイアをその手で仕留めたルナがそう返した。
「そうだな。だが今までの傾向から見てそう考えるのが現実的だろう」
そう、理性のあるヴァンパイアを殺した後に、ヴァンパイアの群れが出現する事は今までもあったのだ。ただ、ルナは何となく違和感を抱いていた。それが何なのか、どういった理由なのかまでは分からない。
結局、ルナは反論せずに気の無い返事を返しただけだった。
「あの……銀次さん、ちょっといいッスか?」
コウタが眉を下げてそう言った。
「何だ?」
「統率者って……何ッスか?」
そう言ってコウタは顔をくしゃくしゃにして笑う。その人懐っこい笑顔は犬のようだ。
「お前な……SBに入った時に教えてもらっただろう」
「いえ、多分、教えてもらってないッス」
一瞬、車内に沈黙が流れる。銀次、ルナ、鉄平、の三人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「SBの定義ではヴァンパイアは二つに分けられる。理性を持ったヴァンパイアと、そうでないヴァンパイアだ。必ずではないが理性を持つヴァンパイアには群れを任されている事が多い。そしてさらに、それらのヴァンパイアの頂点に立つ『ヴァンパイアの始祖』がいる。俺達の目的はそいつの確保、もしくは抹殺だ」
「あぁ、何かそんな事、聞いた気がしてきたッス」
「緊張感途切れるわぁ」
「ちょっと鉄平さん、何でそんな事言うんスか」
鉄平とコウタのやり取りを聞いていた銀次が仕切り直すとばかりに咳払いをする。
「到着したらコウタは中距離から援護、鉄平と俺は変電所の周りのヴァンパイアを殲滅。それから変電所に突入だ」
鉄平とコウタは了解と返事をしたが、ルナは窓に向けていた視線を銀次に向ける。
「私は?」
ルナの問いに銀次が笑顔で答える。
「好きに暴れろ」
「オッケー」
笑顔でそう言ったルナと銀次を見て、鉄平は誰にも聞き取れないほどの小さな声で「怖ぇよ」と呟いた。
ほどなくしてルナ達を乗せた車が封鎖線に到着した。パトカーを数台、横に並べてバリケードにしている為、そこからは車で行けない。
車から降りた四人の耳に銃声が届く。封鎖している警官に話をつけると銀次は一つ頷いてそこから走って変電所へと向かう。
途中、ヴァンパイアの死体を通り過ぎながら五分ほど走ると変電所の敷地へと辿り着いた。三日前と変わらずフェンスが敷地を囲んでいるが、所々で外側に向けて倒れている箇所がある。
敷地内でヴァンパイアと戦っている人物を発見したルナ達は急いで駆け寄った。
「遅いですよ」
銃を撃ちながらそう言ったのは中畑ハジメだ。歳は二十八。常に冷静で判断力に長けているが自他共に厳しく、ストイックな性格である。背が高く、短髪黒髪で性格と同じ見た目もクールである。銀次が率いる第Ⅶ班に所属している。
「すまない。状況は? ノエルは無事か?」
銀次の問いにハジメが答える。その間も、ハジメはヴァンパイアから視線を逸らさず、攻撃の手を緩める事はない。
「ノエルは無事です。後ろの建物から狙撃してくれています……けど数が異常ですね。変電所の中から大量に出てきます」
銀次とハジメが話している最中、銀次に向かって走ってくるヴァンパイアの頭が進行方向の反対側に吹っ飛んだ。
ノエルによる狙撃だ。
ノエル・ウィルソン、三十六歳。アメリカ出身。
金髪センター分け、薄い小麦色の肌に少しぽっちゃりとした体系。水色の瞳で目つきが鋭い。
元軍人で、オーストラリアで行われたスナイパーライフルの国際大会で他者を寄せ付けないほどのスコアで優勝した事もある狙撃の名手である。
「よぉし! コウタは少し下がって援護射撃! ルナ! 俺達が援護する! 殲滅しろ!」
銀次が指示を出し終わるのと同時にルナは駆け出した。その表情は玩具で遊ぶ子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。
右手に銀の刀、左手には銀弾の入ったサブマシンガンで向かってくるヴァンパイアを倒していく。打ち損じたヴァンパイアが近くに走って来ると、ルナはヴァンパイアの横に抜けながら刀で両足を切る、刀を振った反動を利用して回転し、足を失ったヴァンパイアが地面に落ちる前にその頭を撃ち抜いた。
ルナは止まらない。前に進みながら次々と首を斬り飛ばすと頭を失って立ち尽くすヴァンパイアの体を蹴り飛ばした。
今度はサブマシンガンを撃ちながら進むと紅い返り血が徐々にルナの白い髪を染めていった。
そんなルナをハジメは物言いたげな瞳で見ていた。
*****
無数の銃声が鳴り響く、紅い血液が迸り、ヴァンパイアの個体数がそのまま死体数へと変わる。ルナ達は眼前にいたヴァンパイアを全て殲滅した。
「よぉし突入する! ハジメとコウタはここで待機だ! 行くぞ!」
銀次の指示にルナと鉄平が答えると、銀次に続く形で変電所へと駆けて行った。
変電所の中に入ったルナ達だったが、建物内は
「サラ! 中に入ったぞ! 見えてるか?」
『銀次さん! 前方に熱源あります! 数は……五体! ヴァンパイアです』
オフィスで待機していたサラは幾つものモニターを見ながら、銀次からの無線に答えた。
ルナ達が耳に着けているインカムにはスピーカーとマイク、そしてライトと小型カメラが装着されている。この小型カメラには暗闇でも見える暗視カメラと熱を感知するサーモグラフィの機能を搭載した技術開発部隊自慢のインカムだ。
そしてサラはチームメンバー全員の映像を同時に見ながら現場の状況を立体的に判断し、伝達する。動体視力の高さと空間認識能力に長けているからこそ出来る芸等だ。
「銀チャフを投げる!」
そう言って銀次はホルスターにぶら下げていた手榴弾を前方に投げた。
銀チャフ、爆発自体は小さいが周囲に銀箔を拡散させる特殊な手榴弾で通常は足止め時に使用する。倒す能力は無いがヴァンパイアは銀に触れた部分が赤く焼ける為、今回は位置を確認する為に使用したのだ。
ルナと鉄平は、闇に浮かぶ赤い光に向けて十数発の銀弾を撃ち込む。ライトで照らせるのは一部分だけで正確に頭を撃ち抜くのは難しいからだ。
撃つのを止めて三人は前方を確認したがヴァンパイアが倒れていて動くような気配は無い。
銀次はゆっくりと周囲を見渡した。
「サラ! 中にはもういないか?」
「っ! ルナ! すぐ左よ!」
それを聞いたルナがすぐさま体を左に向ける、眼前の暗闇から口を開けたヴァンパイアが襲いかかろうとしていた。
*****
その頃。
ハジメはルナ達と合流した地点から変電所の横側に移動していた。視認できるヴァンパイアを全て倒した事や、ルナ達が入った入り口からはもうヴァンパイアは出て来ないと判断したからだ。
――――銀次さん達は大丈夫だろう。入り口付近にはコウタやノエルが見張っている。まだ戦っている別の班の援護に向かおう。
ハジメは銃声が聞こえる方向へ走って行く途中、何気無しに鉄塔を見上げた。今はもう使われていないが敷地内に建てられたその鉄塔は送電の為に使われていたものだ。
その鉄塔の上に人影が見える。
――――誰だ?
ハジメはスナイパーライフルのスコープで確認してもらう為、無線でノエルに呼びかけようとした。その時、変電所内で小さな爆発音が聞こえた……そしてその後にいくつも銃声が鳴り響く。ハジメは銃声に反応して一度変電所に視線を向ける、そして再び鉄塔に視線を戻すと……人影は消えていた。
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