第3話 Silver Bullet

 ルナが二体のヴァンパイアを殺してから三日が過ぎた。あの日以降ヴァンパイアの出現情報は報告されていない。


『ヴァンパイア』

 人間の血を摂取し続ける事で永遠に生き続ける事が出来る生物。その存在を知る者はまだ少ない。


 そのヴァンパイアに対抗する為、秘密裏にある組織が設立された。それが対ヴァンパイア組織『Silver Bullet』通称SBと呼ばれる国家秘密組織である。表向きは対テロ組織として世間に認知されている。

 そしてホームと呼ばれるSBの本拠地は廃病院を改装、増築して造られていて、防衛大臣直轄の組織である。SBには突入部隊の七班と、情報収集部隊、技術開発部隊、医療研究部隊の四つの隊に分かれていて、それぞれの隊にはシンボルがある。

 突入部隊は鷹、情報収集部隊は鷲、技術開発部隊は蛇、医療研究部隊は梟である。


 ルナは突入部隊第Ⅶ班セブンに所属している。


 高槻たかつきルナ十八歳。背中の辺りまで伸びた白い髪に白い肌、切れ長の目。そして瞳は右側があかく、左側は碧い……虹彩異色症こうさいいしょくしょう、いわゆるオッドアイである。ルナが今着ている白いカッターシャツとストレッチ素材の黒いズボンに黒いブーツはSBの全班員に支給される制服のようなものだ。


 身寄りの無いルナは六歳の時に育ての親である高槻次郎に拾われて育ててもらっていた。だが二年前に他界、それを機にSBに入隊した。

 甘いものが好きだが、とりわけ好きなのがチョコバーである。


 ルナがいるこの部屋は突入部隊第Ⅶ班のオフィス。入り口から見て正面にはデスクが並び、右に目を向ければ三人掛けのソファが二つ、L型にテーブルを囲んでいる。その前には薄い中型のテレビが今日のニュースを映し出していた。さらに部屋の奥には壁の上半分を占める大型の三面モニター、そしてその前に据えられたデスクにはPCやマイクなどが設置されている。


「あぁぁ……」


 溜息混じりの声を吐き出したルナは三人掛けのソファに腰掛け、両腕を広げている。さらには交差させた両足をテーブルの上に乗せて天井を眺めていた。同じ班に所属しているメンバーならば一目で分かる……明らかに機嫌が悪い。

 そのせいでオフィス内にはずっと険悪な空気が流れている。


「なぁルナ……もういい加減機嫌なおせよ! 何にキレてんだよ」


 そう言ったのは張り詰めた空気に耐えられなくなった梶原鉄平かじわら てっぺいだった。

 鉄平はSBに所属して四年が経つ。ルナよりも二年先輩にあたる鉄平は現在二十二歳。茶色の短髪に同じ色の瞳。少し下がった目尻が優しげな雰囲気を醸し出している。身長は176cm。程よく引き締まった体型は日々の訓練で培ったものだ。


 鉄平に便乗するようにコウタも言う。


「そうッスよルナさん! 空気が悪いんスよ」


 美波みなみコウタ。

 身長は170cm。パーマをかけた黒い髪を無造作に流した髪型で、少し丸みのある大きな目をしている。細身の体や、まだ幼さを残した面持ちは子犬の様な印象を与える。SBに所属してまだ半年の新米である。


「だって半年だよ? 半年! 私が囮をやってからもう半年も経つのに、何にも掴めないじゃん!」


 その言葉に黙々とPCをタイピングしていたサラの指が止まる。


「それは情報収集部隊の私が悪いって言ってるの?」


 サラ・バートン。二十三歳。

 イギリス人で絹のような金髪に水色の美しい瞳、頬から鼻にかけてそばかすが出来ているが隠す事はしない。それを含めて自分であり自分に自信を持っている。

 身長は162cm、体型は痩せ型……しかし出るところは出ているまさに理想的な体。


「いやいや、ルナさんが言ってるのはそう言う事じゃ……」


 先程とは打って変わり、今度はルナをフォローするコウタ。単純にルナとサラの言い合いが始まってしまっては恐いからだ。だがそんなコウタの願いが二人に届く事は無く、子犬のような瞳が揺れる。


「情報を集められない私が悪いんでしょ?」

「別に誰かが悪いなんて言ってないじゃん! ただ半年やっても成果無いって言ってんの!」


 この言い争いに鉄平は溜息を漏らし、コウタはただルナとサラを交互に見てはおろおろとしているだけだった。だが長くなりそうだと思われた言い争いは静かに終止符を打たれる事となる。


「……騒ぐな」


 低い声色が響くとオフィス内の空気が一瞬で張り詰めた。先程まで言い争っていた二人はもちろんの事、全員の視線が騒ぐなと言った男に集まる。


 突入部隊第Ⅶ班班長の須藤すどう銀次ぎんじである。歳は四十一歳。

 コウタよりも少し背が高く、灰色が混じった黒髪を短く切り揃えた髪型で同じ色の無精髭が強面に拍車をかけている。

 肌は少し茶色がかった肌色で年相応にシワがあり、睨まれただけで萎縮してしまいそうな圧倒的な目力である。


「だって……」


 ルナは言葉に詰まる。ルナにとって銀次は父親のような存在だった。SBに入隊してから二年、戦い方から礼儀に至るまで教えてくれたのが銀次だ。


「結果が出なくて苛立ってるのは皆同じだ……おまえだけじゃない」


 銀次にそう言われてルナは何も言い返せなくなってしまう。居心地が悪くなり立ち上がって部屋を出ようとするルナに鉄平が問いかけた。


「どこ行くんだよ」

「博士のトコ」


 ルナは不愛想に一言だけ発すると、そのまま足早にドアの方へ歩いて行く。だがある事を思い出したルナはドアの前で立ち止まった。


 振り返ってデスクに近づくと、引き出しからチョコバーを取り出した。胸ポケットに入れながら歩くが、また戻ってきて同じデスクからもう1本チョコバーを取り出す。そしてそれをかじりながらオフィスを後にした。


「いや、そこ……俺のデスクなんだけど……」


 鉄平は悲しげにそう言った。


 ルナが出て行ってもオフィス内の雰囲気は変わらず、銀次は咳払いをしてからその雰囲気を変えようと言葉を発した。


「先日の二体のヴァンパイアはサラが正体を突き止めてくれたんだ。俺達は間違えて一般人を撃つわけにはいかないからな。サラはよくやってくれているよ」

「私はただ、自分の仕事をしただけです」


 目を伏せてそう謙遜したサラだが、いつもよりも目尻が下がっている。

 銀次は頭を掻きながら溜息混じりの言葉を漏らした。


「ルナももうちょっと上手くやってくれたらなぁ」

「でも、二年前に比べたらルナも変わりましたよ」


 鉄平がそう返してから、二年前にルナと初めて会った時の事を語り始めた。


 *****


 二年前。


「さっき上から突然引き渡されたんだが、今日からウチのチームに所属する事になった新人だ……ほら、挨拶しろ」


 オフィスに入ってきた銀次の隣には鉄平とサラの見知らぬ少女が立っていた。髪の毛と肌が白く、片一方の瞳だけが紅い少女だ。


「高槻ルナ」


 不機嫌な表情でルナが自己紹介すると銀次は後頭部を右手で掻いて、溜め息を一つ吐き出した。


「ルナ、俺がこの第Ⅶ班の班長でお前の指導役の須藤銀次だ。よろしくな」


 そう言うと銀次が手を差し出した。

 ルナは何も言わずにその手を握る。次の瞬間、ルナの視界はくるんと回って背中を床に叩きつけられた。


 ルナはすかさず起き上がって銀次に掴みかかる。

 だが銀次はさらにその手を解くとルナの体を再び床に叩きつける。


「これから第Ⅶ班にいる皆とお互いの生命いのちを預け合って戦うんだ、挨拶ぐらいちゃんとしろ」


 そう言うと銀次はルナの手を引き上げて立たせた。


「高槻ルナです。よろしくお願いします」


 不機嫌な表情をしていたがそれでも言われた通りにきちんと挨拶をした。


「俺は鉄平! 突入班に配属になってまだ二年だけど分からない事あったら何でも聞いてくれ」

「私はサラ・バートン、情報収集部隊よ。よろしくね」

「他にもメンバーがいるんだが今は任務中でな、また帰ってきたら紹介しよう……鉄平、ホームの中を案内してやれ」


 低い声で促す銀次の外見はかなり強面だが、部下思いで信頼も厚い、礼儀にうるさく叱られる事の多い鉄平は尊敬と畏怖の念を抱いている。


 そんな銀次に促されて、鉄平はルナを連れてオフィスを出た。


Silver Bulletシルバーバレットの事は知ってる?」


 鉄平の問いにルナは「まあ一応」と素っ気なく頷く。


「このホームの一階が突入部隊各班のオフィスや武器庫がある、二階は居住フロア。ルナはもう自分の部屋見た?」


 今度は言葉を発する事なくただ頷いただけだ。


「三階と四階は技術開発部隊のフロアになっていて、色々な装備を開発したり修理したりしてくれる。五階、六階は医療研究部隊が使ってるんだ」


 一階フロアの説明を終えた鉄平と興味なさげについていくルナの間に沈黙が流れた。

 その沈黙に耐えられなくなった鉄平はただ思い付くままに言葉を発した。


「左右の瞳の色が違うけどカラコン?」


 ルナは黙って前を向いていたが、視線だけを鉄平に向けると少し語感を強めた。


「生まれつき瞳の色が違うの、虹彩異色症っていうんだって……」


 そこで鉄平は自分の発言に後悔した。


「あと、先天性色素欠乏症だから肌も髪の毛も白いの。まだ何か聞きたい事ある?」


 視線だけではなく体も鉄平に向けて言い放った。それは聞きたい事を問うというよりも話を切り上げる為の質問だ。


 しかし、鉄平は真っ直ぐにルナを見つめ返すと真剣な表情を浮かべた。


「ごめん。無神経だった。でも……でも綺麗だと思う。髪の毛も、その瞳の色も。うん、やっぱ綺麗だ」


 その言葉にルナは呆気にとられた。今まで容姿で褒められた事などなかったからだ。けれど、それがなんだか可笑しくなって笑い声をあげる。


「そんな事初めて言われた」


 *****


 二年前の話を聞く三人に鉄平が言った。


「なんかあれでグッと縮まったんだよなぁ。それから色んな話をしながらホームを案内したんですよ」


 その時、けたたましいサイレンと救援要請がオフィスに響いた。和やかだった四人の表情が険しくなる。


「ヴァンパイアだ! 鉄平、コウタ、出るぞ! サラは待機しながら状況を教えてくれ!」

「了解!」

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