第15話 スカーレットの花言葉
フリーダとの戦いから二週間。
あの戦いの翌日、ルナや鉄平、一部の隊員を除く突入部隊の全隊員が廃工場地下に突入した。
目的は残存しているコピーと呼ばれたヴァンパイアの掃討、フリーダの遺体の回収、そして地下施設の建設目的の解明と収監されていた人間の解放だ。
けれど、結局誰がどうやって地下を建設したのかについては分からなかった。
鉄平は右腕の上腕骨亀裂骨折で療養している。銀次には「大袈裟な奴だ」と言われて肩を落とした。基本的にオフィスで暇を持て余している。
その銀次は会議や報告書の作成などに追われていた。
SBが保有していた情報の訂正。呼び名を
サラに報告書の作成を手伝ってくれと頼んだが丁重に断られた。
SBが人員を補充した事に伴ってコウタはもう一度、新人に混じって座学を受けさせられている。
サラはリッターの情報収集に躍起になっていた。ただ思うような情報が掴めず苛立ちを募らせていた。
そして、ハジメはルナ達が帰還した時にはすでに、ICUにその姿は無かった。
ルナがフィリップに話を聞くと、特別な設備のある病院で治療を受けているとしか教えてもらえなかった。
ノエルは相変わらず目つきが鋭く、何を考えているか分かる者は少ない。
ルナは簡易担架で運ばれている最中に眠ってしまった。その間に医療研究部隊が輸血したり、首の止血、右腕を縫合したりと起きる頃には治療が終わっていた。そして三日後にはすでに回復していた。しかし銀次から二週間は療養しろと言われ今日に至る。
明日から復帰する予定なのだがせっかくなのでルナは街に出る事にした。
ストレッチジーンズに黒いダウンを着て渋谷の街を歩く。ルナがフードを深くかぶっているのは日焼けするのが嫌だからだ。
ルナは渋谷のスクランブル交差点で信号が変わるのを待っていた。
歩行者信号が赤から青に変わると、気が抜けそうな音が鳴って一斉に人が歩きだした。
様々な人達が行き交う中、ルナはふと立ち止まる。
――――これだけ人がいるのに。
何とも言えない寂しさがルナの心を占めていく。それは周りにいるのが繋がりの無い人ばかりだからか、それともここに想いが無いからか。いずれにしろルナは孤独を感じた。
――――もう帰ろうかな。オフィスには皆いるし。
そんな事を考えながら歩いていると花屋の前に差し掛かった。ルナは店の前に並べられた色とりどりの花に視線を奪われる。ぼんやりと眺めていたルナは次に店の奥にあるガラスケースに目が止まった。
吸い込まれるように店内の奥へと進み、ガラスケースの中を覗いた。
ガラスの向こうには鉢に植えられた花がいくつも置かれていて、その中の一つの鉢植えは小さな赤い花をたくさん付けていた。
ルナは鉢の前に明示された、花の名前と値段が書かれたポップに目をやる。
「サン、ブリテニア・スカーレット?」
――――めっちゃ可愛いじゃん。
ルナは十八歳の女の子だ。鉄平の傷を触り、痛がる様子を見て爆笑するルナだが、可愛い物や甘い物が好きな女の子なのだ。
ルナがスカーレットを眺めていると、店員の女性が近づいてきて花の説明を始めた。
「スカーレット可愛いですよねー。寒さに弱い花なのでウチではこの時期あんまり店頭には並ばないんですけど……あ、もし良かったらケースから出しましょうか? 冬の間は室内とかに置いていただいた方が……」
女性店員の口からまるでマシンガンのように言葉が発射される。
そして気づけば、ルナは鉢植えのスカーレットを手に店を出ていた。鉄平のサブマシンガンよりも的確に撃ち抜いているなとルナは思う。
――――買っちゃった。
予定になかった買い物だったがSBに戻るルナの足取りは少し軽くなっていた。
けれどSBが近づくにつれ、ルナの頭の中にはフリーダとの戦いが浮かんでくる。
――――今のままじゃリッターには勝てない。作戦を考えないと。
そして、フリーダが最後に言った言葉。
――――『ありがとう』って誰に言ったんだろ……。私?
そんな事を考えているとSBのゲート前に着いた。
改装したとはいえ、やはり造りは病院そのものである。六階建ての本館と訓練場などがある別館は二階の連結通路で繋がっていて、本館の裏手には殉職した隊員達が眠る霊園が設けられている。
――――考えても仕方ない……か。
ルナはⅦのオフィスに向かった。オフィスはロビーを通って左奥にある。途中にあるⅠのオフィスを通る時に、横目でオフィスの中を覗いたが江藤とレイの姿はなかった。
Ⅶのオフィスに着いたルナがドアを開けると、それに気付いたサラが声をかけた。
「ルナおかえり。花買ったの? 可愛いね」
「でしょ? 何か気づいたら買わされてた……店員さん恐るべし」
そう言うとソファに座ってTVを見ていた鉄平とTVの間にその花を置いた。
その様子をノエルは厳しい目つきで見ている。
「何?」
「……サンブリテニア・スカーレット」
「え? ノエル、この花知ってんの?」
ノエルは黙って頷く。
ルナがノエルと話をしている隙に鉄平は黙って花を右に寄せた。花が邪魔でTVが見えにくいからだ。
「……花言葉は……『純愛』」
「へー、ノエルって花に詳しいんだ」
そう言うとルナはノエルのデスクを見た。昔読んだ、絵本に出てきそうな豆の木を小さくしたような植物やサボテンなどが置かれている。
「そう言えばノエルの机っていつも植物置いてるけど、好きなの?」
「植物は可愛い」
ノエルの意外な一面を見つけたルナだが、特に話は広がらなかったので鉄平の隣に腰を下ろす事にした。
「何で花を動かしてんだよ」
ルナはギブスを嵌めた鉄平の右腕に軽く肘を当てた。
「いってえぇぇぇ!」
そのリアクションを見てルナは嬉しそうに笑う。
鉄平は怯えた眼差しをルナに向けた、しかしそれがまた楽しいらしく碧と紅の瞳が輝いた。
「また、悪魔の子って呼ばれるぞ」
「あぁ、そう言えばハジメの奴まだ帰ってこないの? 何か思い出したらまたムカついてきた」
それを聞いた鉄平はルナに擦り寄って小さな声で耳打ちした。
「あんまりサラの前で言うなよ」
「……何で?」
「え? 気づいてないのかよ」
「何にだよ! 早く言え」
そう言うと、ルナはもう一度鉄平の右腕を触る素振りを見せた。
「分かったからやめろって! サラはハジメが好きなんだよ。……サラには言うなよ」
「えぇー!」
「ルナはそういうの疎いからなぁ」
そう言うと鉄平は少し大きな態度でコーヒーを口に含む。コーヒーの香りが鼻腔をくすぐった後、程良い苦味と酸味が口に広がった。
「ねぇサラ! ハジメの事好きなの?」
ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
鉄平の口からコーヒーが勢いよく吹き出す。
「いや、ちょ、誰がそんな事言ってるの?」
「鉄平から今聞いた」
鉄平はゆっくりと視線をサラに向けた。そこにはいつものサラではなく、鉄平を睨みつける鬼がいた。
――――悪魔が二人いる。
「左腕も折れる、かも……」
鉄平はただただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
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