第14話 迫り来る死
「ルナァァ!」
鉄平は痛む右腕を押さえながら叫んだ。眼前ではルナがフリーダに首筋を咬まれて血を吸われている。
鉄平が持っていたサブマシンガンはフリーダに蹴られた時に落としてしまった。右腕の痛み、そしてフリーダとの距離から考えても、銃がなければルナを助けられない。
――――何か……何かないのか。
活路を探す鉄平の瞳にベレッタが映る。それはフリーダによって蹴り飛ばされたルナのハンドガンだ。
銃を手にしたところで、銃弾を躱せるフリーダには意味のない事かもしれない。けれど、鉄平はその藁のような希望へと這って行く。
少しでも動けば右腕に激痛が走る。けれど、そんな事はルナを助けたいという想いを妨げる理由にはならない。
――――待ってろ。
どうにかベレッタに手が届く距離まで来た鉄平は左手でそれを掴む。そしてフリーダに向けて引き金を引いた。
鉄平が放った銃弾が乾いた発砲音と共にフリーダの左太ももを撃ち抜く。
フリーダは撃たれた衝撃でよろけ、噛み付いていたルナを離してしまう。
それに伴ってルナは崩れるように倒れた。
「ルナ!」
フリーダの太ももから紅い血液が流れ出る。だがフリーダの心を占めていたのは、撃たれた痛みよりもルナの血液の味だった。
「何、何、何この味。こんな甘美な血は初めて! また欲しくなっちゃうじゃない!」
体を震わせて興奮するフリーダを見て、鉄平はある事に気付いた。
――――再生が……遅くないか?
当然、再生速度にも個体差がある。長い歳月を生きてきたフリーダともなれば再生速度は格段に速いはずなのだ。
しかし、鉄平の目にはフリーダの傷は再生していないようにも見えた。
鉄平はもう一度銃口を向ける。先程はルナが近くにいて狙えなかったが、今度はフリーダの頭に照準を合わせた。しかし右腕は脈打つような激痛で銃を持つ左手まで震える。結局、照準が合わずに放った銃弾はフリーダの左肩を貫いただけだった。
「アアッ!」
悲鳴をあげたフリーダはその痛みで我に返った。
撃たれた左肩に触れ、自身の紅い血が付いた掌を舐めた。同じ色の瞳が鉄平を捉えて、また笑みを浮かべる。
口の周りから胸元までを紅く染めているのはルナの血だ。
「やってくれるじゃない」
そう言うとフリーダは鉄平に向かって足を進めた。太ももの傷は貫通していて、フリーダが歩いたあとには紅い足跡が残る。また、左肩からも流れ出た血液がフリーダの胸元の紅をさらに広げていた。
「クソッ!」
ただでさえ利き手ではないうえに、右腕には激痛が走る。もはや狙って撃つ時間はない。そう考えた鉄平は闇雲に数発撃った。
その内の一発が運良くフリーダの腹部に命中する。
「嘘。避けようとしたのに」
フリーダは自分の腹部に視線を落とす。その現状に驚きを隠せないでいた。
「熱い……何で……再生しないの」
フリーダはその場で片手を床について、もう一方の手で腹部の傷を押さえた。
自分に何が起きたのかフリーダには理解できなかった。普段ならばすぐに再生する。そもそも銃口から軌道を予測して躱す為、傷を負った事すら信じられないのだ。
「何が、起きたの? シーヴェルト様。シーヴェルト様の、力は?」
フリーダの視線の端にブーツが映る。
「何だか分からないけど……絶対絶命ってヤツ?」
フリーダが顔を上げるとハンドガンを左手に握ったルナが立っていた。
右腕からは血を流し、首からもかなりの出血だ。
鉄平の目からも、立っているのが奇跡のように見える。ルナの名前を呼ぶがその声は届いていない。
「おい変態女。キャンドルだっけ? 脆く儚い? だから皆戦ってんだよ……必死に生きてんだよ」
ルナは銃口をフリーダに向ける。
「い……嫌よ。死にたくない」
フリーダの生涯で、死を身近に感じたのは数回しかない。しかもそれは人間だった頃の事で、ヴァンパイアになってからはほぼ皆無だった。
遠ざかる。ヴァンパイアとして生きれば生きる程に死は遠のいていくのだ。
しかし今、急速に迫ってきた死に、フリーダは心底怯えた。
コンクリートの床を這ってフリーダは逃げる。部屋の隅にある、下水道へ繋がっている扉へと。
だが、フリーダはその扉には辿り着けない。ルナが足を撃ってフリーダの動きを止めたからだ。
「ほら……想像しなよ! ゾクゾクするんだろ、フリーダ」
そして一発の銃声がコンクリートの部屋に響いた。
*****
「フリーダ」
――――誰? 私を呼ぶのは誰かしら……これは記憶? 私の、記憶。
やっと見つけた、シーヴェルト様。
長い間……長い間探した。
私が燃やした街。
シーヴェルト様が、私に復讐の力を与えてくださった。
魔女として殺された母。
仕事に出かけて野盗に殺された父。
–––––––お父さん、そんな顔だったわね。
「フリーダ……この子の名前はフリーダにしましょう」
「フリーダか。いいじゃないか」
「フリーダ。私達の可愛いフリーダ。愛してるわ」
––––––––二人の顔……幸せそう。
*****
「ありがとう」
頭を撃ち抜かれたフリーダは息絶えた。
体の下に紅い血が広がっていく。いつの間にか身に付けていたブラやガードルも真っ赤に染まっていた。
惨めで滑稽な姿だった。しかし、ルナは感じた。その瞬間だけ、フリーダから人間らしさのようなものを感じたのだ。
「今……何て……」
言い終わる前に足の力が抜けてルナはその場に崩れ落ちた。
「ルナ! 大丈夫か、おい!」
鉄平は右腕の痛みをおしてルナの側に駆け寄ると左腕だけでルナを起こした。
「あんまり大丈夫じゃない。力が入んないや」
その時、ルナ達が入って来た扉とは違う扉が開いて、銀次が入って来た。次いでコウタやノエル、江藤とレイが続いた。
「鉄平! ルナ! 大丈夫か?」
「銀次さん! ルナの血が……」
「レイ、止血してやってくれ」
江藤が指示を出すと、レイはバックパックから止血剤と包帯を取り出した。そしてルナの首と右腕に手早く止血を施す。
「レイ、ありがと」
お礼を言ったルナにレイは穏やかな笑みを浮かべた。それはまるで天使のような笑顔で、ルナの表情にも笑みが浮かんだ。
銀次は倒れているフリーダに目をやった。血溜まりに突っ伏した姿からは生が感じられない。
「遅くなってすまない。こいつがフリーダか?」
「うん、鉄平が助けてくれた」
「やるじゃないッスか鉄平さん」
コウタはそう言いながら鉄平の右腕に軽く肘をぶつける。
「がぁぁぁぁ! いってぇよ!」
「あ、怪我してるんスか? なんか、すいません」
「折れてんだよ……多分」
「ハジメさんの仇、とったッスね」
「だから死んでねえ……ちょ、触んなよ」
右腕を抑えて痛みに耐える鉄平と悪びれた様子のないコウタのやり取りが、冷たいコンクリートの空間に笑い声を溢れさせた。
「銀次さん、あっちの扉……下水道に繋がってるかも」
鉄平に支えてもらいながらルナが左手で指差したのは、フリーダが必死で這って行こうとした扉だ。
コウタが走って扉の先を確認するとルナの予想した通り下水道が左右に続いていた。
「よし! 下水道を抜けてⅡかⅢに拾ってもらう! コウタ、ルナを抱えてやれ! 帰るぞ!」
そして、奥にある扉から下水道に出た。
少し進むとサラから無線が入り、近くに待機しているⅡのメンバーと合流した。ルナは簡易担架に乗せられ、鉄平の右腕も応急処置を受けてから地上へと向かう。
出動した全班員に撤収が告げられ、廃工場突入作戦はフリーダの死をもって終了した。
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