第20話 黒緋のローザ
ルナ達がSBを出発し、現場へ向かっていた頃。
時を同じくして、SB内では会議室に指令本部が設置されていた。そこには突入部隊隊長の高遠陸男の姿もあった。
指令本部は多数の班が出撃する時や、規模の大きい作戦などが行なわれる場合に設置される。
そしてSBの護衛は基本的に第Ⅴ班と第Ⅵ班が務める事に決まっている。しかし、今回の作戦では第Ⅴ班が出撃した為、護衛の役割は第Ⅵ班だけが担う事になった。
十五名の班員がSB周辺の警戒にあたる中、第Ⅵ班班長と熟練隊員の二名が指令本部のドアの前に待機していた。
指令本部の中では情報収集部隊から選抜された六名が各自の机に置かれたPCを操作し状況を把握する。集めた情報や映像は大型のモニターに映し出され、それらを高遠陸男が確認し必要ならば指示を出す為の指令本部である。
その司令本部にて、大型のモニターに映し出された隊員の視点映像や防犯カメラのいくつもの映像を、高遠は眉間に皺を寄せて凝視していた。
指令本部には常に情報収集部隊の現状報告が忙しなく響く。ヴァンパイアの数、民間人の死傷数や隊員の配置など、常に変わる戦況が映像と音声にて高遠の頭の中に組み立てられていた。
やがてモニターを見続けていた高遠がその重い口を開く。
「ここはもういい……
高遠が第Ⅵ班の班長にそう伝えると、敬礼をしてから班長と隊員は指令本部を後にした。高遠は「それから」と付け足して、情報収集部隊の一人に江藤と無線を繋ぐように指示した。
「江藤、B地点には武器を所持したヴァンパイアが三体確認できる。
江藤からは「了解しました」と返事を受けたあと、高遠はもう一度大型モニターを睨み付けて小さな声をこぼした。
「……荒れるな」
*****
「クソ!」
「どうしたんですか? 江藤さん」
高遠との通信を切った江藤が悪態をついた事で併走していた隊員は江藤に問いかけた。第Ⅰ班もB地点に向かう途中から車での通行が困難になり、走って現場へと向かっていたところで高遠からの指示を受けた。
第Ⅶ班の銀次達とは違い、江藤率いる第Ⅰ班は特製の黒いボディアーマーに防弾のヘルメットを被っている。
「この先に『
走りながらメンバーの士気を高めようと江藤が叫ぶ。だがそれは自分の不安を払拭する為でもあった。
第Ⅰ班が現場に着くと被害はかなりのものだった。
そこかしこから聞える銃声と男女の区別もつかない悲鳴やうめき声。民間人も警官も関係なく殺され、両手にサバイバルナイフを持ったヴァンパイアが車のルーフの上で高らかに笑っている。
「お前達は下がってろ」
B地点で奮闘していた警官達に江藤がそう声をかけると、高らかに笑っていたヴァンパイアが江藤達に視線を向けた。笑い声は止まったが口角は上がったままだ。
「やーっと来たか」
そう言うとヴァンパイアは右手に持ったサバイバルナイフを掲げた。それを合図に五十体ほどのコピー達が一斉に江藤達を目指して走り出す。
「クソ! いきなりかよ! 総員一斉射撃だ!」
江藤は警官が後方に下がるのを確認してから、前後二列、横一線に隊列を組んだ第Ⅰ班に合図を送った。総員十五名のアサルトライフルが火を吹き、けたたましい銃声と共に迫り来るコピーが次々と倒れていく。
「よし! このまま、まずはコピーを片付け」
江藤がそう言いかけた時、第Ⅰ班の隊員が一人、また一人と後ろに倒れていく。
「銃撃だ! 全員そこのパトカーまで下がれ! 遮蔽物を使って被弾を避けろ!」
撃たれた隊員を引きずって全員がパトカーの後ろまで下がる。撃たれたのが防弾部分だった事もあって二名の隊員は死んではいなかった。
「クソ、ヴァンパイアが銃とか反則だろ」
銃を持ったヴァンパイアの姿が見えないうえに前方からはコピー達が迫り来る。第Ⅰ班はパトカーを盾に発砲してなんとか持ちこたえているが徐々に戦線は押されつつあった。
合流するはずだった第Ⅱ班と増援である第Ⅵ班はまだ到着しない。
「銃を持ったヤツは俺がやる! お前らは前方のコピーを近づけるな!」
江藤は言い終わる前にパトカーのボンネットを乗り越えた。その直後に江藤の脇腹に鈍い痛みが走る。ヴァンパイアの放った銃弾が江藤の脇腹に命中。しかし、痛みはあるもののボディアーマーが銃弾を通さない。
江藤の行為は一見すれば無謀なものだ。だが、理性持ちの多くは人間を一撃では殺さない。それがこれまでの戦いから江藤が得た理性持ちの傾向だ。隊員の撃たれた箇所が腕や腹だった事も加味すれば、わざと被弾してでも対象がいる方向を知る方が効率的だと考えたのだ。
「ヴァンパイアを隠すならヴァンパイアの中ってか?」
それでも分かったのは方向だけで、銃を持ったヴァンパイアはコピーの中に紛れている。
江藤は自分を撃つ為に、ヴァンパイアが再び顔を出すだろうその時を待った。
そうしている間にもコピーが江藤に迫る。しかし、江藤は動かない。コピーは隊員達が必ず撃破してくれると、じっと顔を見せる瞬間を待っていた。
そんな隊員達の銃声が響く中、江藤の体が殴られたように後ろに仰け反った。ヘルメットのゴーグルが割れて、鼻から吹き出した血が道路に赤い色をつけていく。
江藤は銃を使うヴァンパイアの姿を確認した瞬間、頭を下げて左腕で顔を隠した。ボディアーマーのこの左腕の箇所にも防弾用のプレートが装着されている。撃たれるとしたら防弾機能の無い場所、つまりヘルメットのゴーグル部分か首元だと江藤は考えたのだ。
その予想通り、ヴァンパイアが放った銃弾は顔を隠した左腕に着弾。その衝撃で左腕が鼻に当たり鼻から出血しただけだ。
だが、江藤もただ鼻血を出しただけではない。
ヴァンパイアが引き金を引いたのとほぼ同時に、顔を覆いつつ右手に持った銃で視認したヴァンパイアの頭を撃ち抜いていた。
「素人が、くぐってきた修羅場の数が違うんだよ」
――――あと二体……サバイバルナイフの奴だけしか分からんな。
武器を所持したヴァンパイアがあと二体いる。つまりもう一体いるはずなのだ。しかし、江藤は周辺を見渡したがそれらしき個体は見当たらない。
ちょうどその時、第Ⅱ班がB地点に到着した。
江藤達とは反対側の道路を第Ⅱ班が塞いだ事でヴァンパイアを挟むような布陣になった。
増援を予想していなかったのかサバイバルナイフを持ったヴァンパイアは何度か視線を左右に振ったあと、コピーの半数を第Ⅱ班がいる方向へ差し向けた。
「よし、戦力が分散したぞ! 撃ちまくれ!」
挟まれた状態で銃撃を受け、みるみる内にコピーの数が減っていく。その状況に焦ったヴァンパイアは二本のサバイバルナイフを江藤に向けた。
「よくも俺の軍団をぉぉぉ」
理性持ちは両腕を顔の前で交差させた。頭や顔への被弾を防ぎながら、江藤に向かって突き進む。腕、腹、肩などに銃弾を受けても理性持ちは止まらない。
「足だ! 足を撃って動きを止めろ!」
江藤が隊員に指示を飛ばすと、隊員の誰かが迫り来るヴァンパイアの足に数発の銃弾を撃ち込んだ。その衝撃にヴァンパイアがバランスを崩して転げ回る。すかさず江藤が地面に突っ伏したヴァンパイアの頭を撃ち抜いた。
――――これで二体! こっち側のコピーもあと少しだ。
「残りのコピーも片付けるぞ!」
江藤の出した言葉に第Ⅰ班の隊員から何の返事もない。疑問に思った江藤が振り返ると、一体のヴァンパイアが立っていた。黒い長髪の隙間から紅い瞳が真っ直ぐに江藤を捉えている。黒いマントを羽織り、手にしている二本の刀からは紅い液体が滴っていた。足元には先程援護射撃してくれた隊員が倒れている。
さらに後ろに目を向けると第Ⅰ班の隊員が全員血まみれで倒れていた。前方ばかりに気を取られていて後方にいた隊員から順番に斬られていた事に江藤は気付けなかった。
「何やってんだテメェェ!」
刀を持ったヴァンパイアに銃口を向ける。しかし、それとほぼ同時に江藤の首元に刃が迫っていた。慌てて上半身を反らす江藤。辛うじて躱したものの今度は反対の刀を振り上げ、その切っ先が振り下ろされた。それを江藤は左腕で受け止める。プレートに当たって刀は止まった。ただ、それは斬られないというだけで衝撃は感じる。鋼の棒で殴られたようなものなのだ。
江藤の左腕に鈍い痛みが走る。脇腹の痛みも相まって江藤の表情が苦痛に歪んだ。
だが、その痛みよりも、怒りが江藤を突き動かす。
ヴァンパイアからすれば、まさか腕で刀を止められるとは思っていなかった。
江藤は隙だらけの両足に一発ずつ銃弾を撃ち込むとヴァンパイアの腹を蹴り飛ばした。
ヴァンパイアは一メートルほど後ろによろけ、その膝と手をアスファルトの道路につけた。間髪入れずに江藤が銃口を向ける。
「
アスファルトに垂れた頭を江藤が撃ち抜こうとしたその時、子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。
江藤の意識が少しだけその声に向く。
ビルの中から歩道に出てきた女の子がコピーに襲われそうになっていた。
それは視界の端にぼんやりと映った光景だ。江藤は敵に止めを刺す瞬間ほど慎重かつ冷静に対処する。しかし、どうしてもその光景を見過ごす事が出来なかった。
銃口を眼前のヴァンパイアから女の子の前にいるコピーに向けて照準を合わせる。そして引き金を引いて放たれた銃弾はコピーの頭を撃ち抜いた。
その銃声が合図だったように、眼前で這いつくばっていたヴァンパイアの刀が江藤の鎖骨近くに深く突き刺さった。
赤い血が刀を伝ってアスファルトに流れ出ていく。ただ不思議と痛みは無く、江藤は刺された事よりも女の子を心配していた。
「ごめんな? 嫌なもん……見せ、ちまうな」
ヴァンパイアは刀を抜きながら立ち上がり、もう一度刀を振り抜く。
そして女の子の目に映ったのはボールのように転がる江藤の頭と紅く染まるアスファルトだった。
第Ⅵ班が応援に来たのはそのすぐ後だ。
増援が来た事で、分が悪いと判断したヴァンパイアはその場から立ち去った。
*****
司令本部にて一部始終を見ていた高遠は静かに告げる。
「医療部隊を送ってやってくれ」
高遠はそう言うと司令本部を後にした。乾いた足音を鳴らして通路を歩き、エレベーターに乗った高遠はネクタイを緩めた後、息を一つ吐き出した。
――――そろそろか。もうすぐ秘密組織ではなくなるな。
六階に到着したエレベーターを降りて自身の隊長室に向かう。
――――長官に連絡しておくか。
高遠は隊長室のドアを開けたがすぐにその手を止めた。小さな違和感を感じたからだ。
「風……か」
高遠は中断したドアを完全に開いた。
部屋の中は暗かったが、高遠は電気を付けずに奥へと進んだ。風が流れてくる部屋まで進むと窓が開いていて、カーテンが揺れている。
暗い部屋の隅にさらに黒い人影があり、紅い光が二つ浮かんでいた。
「誰かと思えば。ココを手薄にする為の同時侵攻なのか? ……シーヴェルト」
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