第19話 邂逅 ②
「三箇所同時……か」
そう呟いた銀次は眉間に皺を寄せて顎に右手を添えた。ただ黙って三面モニターを睨み続ける。時間にすれば約十秒。しかし、その十秒ほどの短い時間でどう対応するかを考えていた。やがて三面モニターから視線を外すと指示を飛ばす。
「各班合同になる。各自装備を整えて待機!」
そう言って銀次は急いでオフィスを出ていった。
残されたルナ達も指示通り武器庫へと向かった。
サラとリハビリ中の鉄平はこのままオフィスに残ってする事がある。現場周辺に設置された防犯カメラの映像から現在の状況を調べる為に防犯カメラにハッキングするのだ。
サラが素早くキーボードを叩くと三面モニターには現場の映像が次々と映し出されていく。血まみれで倒れる人達、逃げ惑う人々、まさに今ヴァンパイアに襲われて血肉を食われている人。
その凄惨な現場の状況に鉄平は眉をひそめた。
「……ひでぇな」
一方、武器庫へと向かったルナ達は、自分の名前が書かれた黒いロッカーボックスから装備を取り出していた。
ルナは黒いコートを羽織るとハンドガンを左の脇下と左太股のホルスターに納める。愛用のベレッタだ。その弾倉を四つ、コートの内側の専用ポケットに入れた。ナイフカバーのついたベルトを腰に回すとナイフを納め、銀の刀を納めた鞘を背中に背負う。
街中での先頭となると、むやみやたらと銃弾を放てば住民を巻き添えにするかもしれない。射撃の精度はノエルやコウタの方が高い。二人に援護射撃をしてもらって、自身は接近戦を行なうのが最善だと考えた装備だ。
それぞれ装備を整えオフィスで待機していると、黒いロングコートを揺らして銀次が戻ってきた。その姿はすでに出撃準備を終えている。
「俺達は
その場にいた全員が声を一つに重ねた後、銀次を先頭に駐車場へと向かう。並ぶ黒いワゴンの一つに一同が乗り込むと、白煙と摩擦音を上げて現場へと急発進した。
道すがらハンドルを握る銀次は現場での行動を指示する。
「レイはコウタと、ルナはノエルとバディを組んで少しずつ前線を上げろ! 一人になるなよ!」
「銀次さんは?」
「状況を見ながら対応するよ」
襲撃現場に近づくにつれて道路を走る車が多くなっていく。そしてついに渋滞で進めなくなってしまった。それもそのはずで襲撃されている現場では車を乗り捨てて逃げた人も多い、いわば街中の至る所が封鎖されている状態なのだ。
車ではこれ以上進めないと判断した銀次は、路肩に駐車して走って向かう事にした。サラの指示を受けながら最短距離を疾走する。
やがて、目的地であるC地点に到着するとすでに複数の警官がヴァンパイアと戦っていた。
パトカーで道路を塞ぎながらスーツや制服の警官が拳銃を発砲している。しかし、拳銃に装填された銃弾が無くなればもはや為す術もなく、警棒で立ち向かうには目の前の生物の事を知らなすぎた。
警官の装備と知識では足止めぐらいにしかならない。
「クソ!」
一般人や警官がそこら中に倒れている事に銀次は声を荒らげる。
「お前らこれ以上被害を出すな! 一刻も早く片付けるぞ」
少し遅れて第Ⅴ班十五名も合流し、戦闘に加わる。第Ⅶ班と第Ⅴ班を合わせた二十名に対し、ヴァンパイアの数はゆうに百体を超えていた。逃げる人を追いかけて路地や建物などに入ったヴァンパイアも加えればその数はさらに増える。
第Ⅴ班はすぐさま隊列を組んで、見境なく突進してくるヴァンパイアを射撃にて押し止めていた。だが、やがて両者入り乱れた乱戦へと発展していく。
レイは腰の左右に装着していた鞘から二本の短剣を抜き、向かって来るコピーの合間を縫いながら首を刎ねていく。
その動きに合わせてコウタはアサルトライフルで援護射撃を行なう。連射ではなく単発射撃で足を撃ち抜き、動きが止まったヴァンパイアの頭をレイが斬り落とす。また、後方からレイを狙うヴァンパイアの頭も撃ち抜いた。
「良いコンビじゃねぇか」
そんな二人を目にした銀次は小さく呟いた。銀次は歩道に流れていくヴァンパイアの掃討をしていた。近づいて来るコピーの首を銀の短刀ではね飛ばし、ハンドガンで確実に頭を撃ち抜いていく。
一方でルナ達は連携というよりは個人行動である。ただ自分が動きたいように動く。
ルナが刀で首を切ればノエルも頭を打ち抜く、連携なんてまったく無いのだがその討伐速度は段違いに早かった。
到着から僅か十分でこの一帯のヴァンパイアを一掃した。
「サラ! C地点の制圧完了だ。他はどうなってる!」
「A地点の
「そうか。
第Ⅴ班の班長が親指を立てて返事をすると、班員五名をこの場に残してA地点へと向かう。
残された五名は残存するヴァンパイアがまだいないか索敵しつつ、警官と一緒に住民の避難等にあたった。
「ここから南西に約二キロだ! 索敵しながら走れ!」
そう言って銀次達は走りだした。それに続いてレイやコウタ、ノエルも走る。
しかし、ルナはその場から動かなかった。それは薄暗い路地に立って、ルナを見つめる女性の姿を捉えたからだ。
黒いスーツに眼鏡をかけたその女性の外見は、総理公邸の地下からルナを逃がしてくれた十二年前と何ら変わっていない。北条ヒカルだ。
「ヒカルさん? ヒカルさん!」
ルナが呼ぶとヒカルは路地裏の闇に溶けるように消えた。慌ててルナが追いかける。
鉄平やサラを含む第Ⅶ班のメンバーはまだ、ルナが別行動をしている事に気づいていなかった。
――――ヒカルさん……何で逃げるの。
ルナは暗く狭い路地を駆ける。しかし北条ヒカルの足も速く、なかなか追いつけずにいた。一度広い道路にも出たが、また路地へと入る。そんな追いかけっこが続いた後、狭い路地の真ん中で北条ヒカルがその足を止めた。
「ヒカルさん……ヒカルさんだよね? 私だよ……覚えてる?」
ルナはヒカルの背中に向かって名前を呼んだ。暗くて顔がはっきりとは見えなかったがヒカルなのは間違いない。そう思う反面、自分から遠ざかろうと逃げる行為が本当にヒカルなのかという疑念を持たせていた。
「大きくなったわね、ルナ」
十二年前と変わらないその声にルナの顔には子供のような笑みが浮かんだ。もう一度ヒカルの名前を呼んで駆け寄ろうと一歩二歩と踏み出した。しかし、ヒカルの言葉によってその歩みが止められる。
「何で!」
「え?」
「何でルナがシルバーバレットにいるの?」
ヒカルは振り返って言い放つ。
「おじいちゃんは、シルバーバレットに殺されたのよ!」
変わっていないと思っていた外見。しかし、たった一つだけ違う箇所があった。ヒカルの瞳は紅い血の色をしていた。
「ヒカルさん……目が。SBが? おじいちゃんを?」
目の前にある事柄も、聞かされた事柄もルナには信じられない、いや信じたくなかった。ヴァンパイアを殺してきたのは祖父が殺された事への報復。そう信じて殺してきたのだ。
それだけではない、SBの屋上で鉄平と見つけた新たなモノが、まるで瓦礫に埋もれてしまったようにルナの目には見えなくなった。
さらに、北条ヒカルがヴァンパイアに変わっていたのだ。あの日、自分を守ってそうなった事はルナにもすぐに分かった。しかし、ヴァンパイアを殺す事がルナに与えられた役割でもある。今、目の前にいる大切な人は殺すべき対象なのだ。
ルナは目の前の世界がぐにゃりと曲がったように感じた。
「私がヴァンパイアになってからも、おじいちゃんとは時々会っていたの」
「待って……頭が……」
「二年前のあの日も陸橋の下で待ち合わせたの、そこに向かう途中である男とすれ違ったわ。高遠陸男、今は突入部隊の隊長だったわね。高遠は総理大臣の秘書をしていた頃に何度か見かけた事があったからすぐに分かったわ。サングラスをしていたから、私のことは気付かれなかったけど。何だか嫌な予感がして待ち合わせ場所に急いだの。そこにいたのは変わり果てたおじいちゃんの姿だった。きっとあの男がおじいちゃんを殺したのよ!」
ヒカルは物凄い剣幕で声を上げる。まるで祖父が高遠に殺されている場面を見ているかのように、紅い瞳は怒りに満ち溢れていた。
「私は仇を討ちたいの。協力、してくれるわよね?」
「そんな……」
「いきなりだもの、信じられないのも無理ないわね。協力してくれる気になったら会いに来て……私は今もあの場所にいるから」
言い終るとヒカルはまた路地を進んで消えていった。ルナはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、何度もルナを呼ぶ声で我に返った。それはインカムから聞える鉄平の声だった。
『おい! そこドコだ! 何でそんな所にいるんだよ! 皆B地点に向かってるぞ』
「ごめん……すぐ行く」
ルナはB地点に向かって走った。狭い路地を引き返すよりもそのまま進んだ方が早いとサラに促されて、ヒカルが消えた方向に進む。
――――ヒカルさんがヴァンパイアで、私はSBで。じゃあ私は。
走りながらもルナの頭の中はヒカルの事で埋め尽くされていた。どれだけ違う結論に向かおうとしても、ぐるぐると同じ場所へ辿り着く。
――――殺すの? ヒカルさんを。
視界が開け、片道三車線の国道に出たルナの目に映ったのは渋滞している車の群れだった。しかし、信号が青に変わっても並んだ車は動かない。車内には誰一人残されていないからだ。
――――それに……おじいちゃんは。
ルナがB地点に到着するとすでにヴァンパイアの姿はなく、戦闘は終わっていた。
銀次とレイの背中を見つけたルナが二人に駆け寄っていく。ルナは遅れた事を謝るつもりだった。けれど、それは出来なかった。
二人の視線が地面に落ちていて、そこに誰か倒れているからだ。
近づいて来たルナに気づいた銀次は、ルナを一瞥してから低い声で静かに呟いた。
「……江藤が死んだよ」
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