白銀のスカーレット Revision ver.

黒乃 緋色

第一章 Evil child

第1話 闇に潜む者

 Was ist "Tod"?

 ――――『死』とは何だろうか。


 Ist es "Leiden" oder "Frieden"?

 ――――『苦しみ』なのか『安らぎ』なのか。


 Ist es das "Ende" oder der "Anfang"?

 ――――『終わり』なのか『始まり』なのか。


 Erhalten "Bestrafung"?

 ――――『裁き』なのか。


 Oder…… ist es das „Heil“?

 ――――それとも……『救い』なのか。


 *****


「まさかねぇ……こんな仕掛けがあるなんて、誰が想像出来るかねぇ」


 地下に降りるエレベーターの中で、背の低い小太りの男がそう呟いた。

 グレーのスーツに身を包んだこの小太りの男、短い黒髪の隙間から頭皮を覗かせて、頬にはいくつかのイボができている。眉毛は伸び放題で垂れ目、そして唇は分厚い。腹回りはボールでも隠しているんじゃないかと思うほどに膨らんでいる。

 この男は、一月前に内閣総理大臣に就任したばかりの丸山総一郎である。額に脂汗を滲ませた丸山は隣に立つ女性に視線を送った。


 眼鏡をかけたその女性は左手にバインダーと手帳を持ち、後ろに束ねたセミロングの黒髪を揺らす。白いワイシャツにタイトな黒スーツ、短めのスカートからは細くしなやかな脚が黒く透けた光沢に包まれている。そして黒いヒールを履いている為か丸山よりも頭一つ背が高い。

 気の強そうな切れ長の目が眼鏡の奥でその目尻を少し下げると、赤く薄い唇の端を上げて妖しい笑みを浮かべた。


「このプロジェクトは携わっている人間と歴代総理の中でもごく一部しか知らない最高国家機密ですので。それよりも、少しはお痩せになった方がよろしいかと」


 そう言うと白く細長い中指で眼鏡の位置を修正した。

 この眼鏡をかけた女性は内閣総理大臣の秘書で、タイトなスーツが美しいボディラインを強調している。

 丸山は両手を腹に添えて、二人しか居ないエレベーターの中で天井を仰いだ。


「まもなく到着いたします」


 秘書がそう告げると今度はエレベーターが到着した事を知らせる音を鳴らした。開いた扉からフロアに出ると待ち受けていたのは、まるで金属の壁のような重厚な扉。

 秘書が扉の横に設置された機械にIDカードを近づけると手早くパネルをタッチしていく。操作を終えた秘書が扉に目を向けると、重く低い音を響かせて中心から上下に分かれるように扉が開いた。


「どうぞこちらへ」


 そう言うと秘書は扉の中へと歩き始めた。踏み出す度に小気味良い足音を響かせていく。そこは病院の通路のように白を基調とした内装で通路を挟むように幾つもの部屋が並んでいる。


 秘書についていく丸山は部屋を見回しながら思考を巡らせた。


 ――――化学兵器か何かの研究施設か?


 丸山はガラス越しに、ある部屋の様子をうかがう。そこはラボのような部屋で、白衣を着た研究員らしき人物が複数人、何かの薬品が入った試験管を眺めていた。


 ――――いや、それにしては軽装すぎる。


 違う部屋にはお腹の大きな女性が椅子に座って読書をしている。

 また違う部屋では玩具が置かれ、その部屋の端に置かれた机と部屋の角との間に白く小さな素足が見えた。


 ――――子供もいるのか?


 丸山は少し開いてしまった秘書との距離を小走りで詰めながら問いかける。その度に腹が揺れてパンパンに張ったスーツがはち切れそうだ。


「待ってくれ北条君、クローンか何かの研究かね?」

「総理、施設の説明の前にまずはご覧になっていただきたいモノが」


 秘書にそう言われて丸山は口をつぐんだ。やがて施設の最奥であろう場所に辿り着くと、この施設に入る時と同じ金属の壁のような重厚な扉が待ちかまえていた。


「ソレは世界の闇に潜み、いつから誕生して、どれだけ存在しているのか」


 北条と呼ばれた秘書がそう言いながらパネルを操作すると、ゆっくりと扉が上下に分かれていく。


「人の生き血をすすり、生き永らえてきた生物」


 扉の先には鎖で首を繋がれた男が座っていた。

 その男の両足は太ももから先が無く、掌は二つとも金属製の杭で壁に打ち付けられていた。

 真っ白な髪にこけた頬。無残な姿だが、丸山がそれよりも印象的だったのは繋がれた男の両の瞳だった。

 紅く縁取られた瞳の中心は底の見えないブラックホールのような深淵が広がっていて、その紅い瞳には丸山と北条が映されている。

 そんな無惨な姿の男を見下ろしながら北条は静かに呟いた。


「……ヴァンパイア」

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