エピローグ そして戦いの日々は続く

 ドイナカ・タウンの場末のスナック、「吹き溜まり」には奇妙な男女が会話を交わしていた。一人はライダースーツにピンクのアフロ、そしてレイバンのサングラスという奇抜な格好の老婆。そしてもう一人は、全身をボロ切れに包んだ、右腕がくわの男だった。


「お疲れさんだったね。全マンドラゴラ農家と農協を代表して、お礼を言わせてもらうよ」

「……礼などいらぬ。俺は俺の目的を果たしただけだ」

「そうかい。なら、そういうことにしておこうかね」


 ラフロイグの瓶をあおりながら、老婆は笑った。


「それにしても、人間に寄生するマンドラゴラねぇ……恐ろしいこった。アタシの身近にも、マンドラゴラに思考を乗っ取られている連中がいるかもしれないってことだろ? しかも、宿主から切り離さない限り不死身ときたものだ」


「……マンドラゴラは、人間を支配しようとしている。現に今、マンドラゴラ至上主義社会が形成されているのがいい証拠だ。このまま世界をマンドラゴラの好きにさせるわけにはいかん」


 鍬男はゆっくりと席を立ちあがり、バーバ・ヤガに背を向けた。


「もう行くのかい? 少しくらいゆっくりしてったらどうだい」


「こうしている瞬間にもマンドラゴラの支配は進んでいる。俺に立ち止まっている時間は無い……」


 鍬男は静かに、そして重い足取りでスナック「吹き溜まり」を後にした。バーバ・ヤガは小さく息を吐くと、ポケットからアメリカンスピリットの15㎜を取り出し、おもむろに火を点ける。


「さすがに口が堅いねぇ、鍬男――まったく、――」


 バーバ・ヤガは自らの心臓に手を当てた。心音が鼓動するたびに、マンドラゴラの葉脈の波打つ感触が、掌に伝わった。

 百鬼夜行丸の死は、バーバ・ヤガにとっても予想外の展開だった。まさか、あれほどあっさりと殺されるとは――それ以上に、鍬男の戦闘力を侮っていたのが敗因であることは否めない。

 なぜ右腕が鍬なのか? なぜあれほどまでの戦闘力を誇るのか?

 そしてなぜ――マンドラゴラの支配に気が付いたのか?

 鍬男の正体は未だ、謎に包まれている。


「こりゃ、全世界マンドラゴラ計画ヴァルプルギスの夜の完遂も遠そうだ」


 だが――それでこそ支配のし甲斐があるというもの。バーバ・ヤガは満足そうに微笑んで、紫煙を吐き出しながら幕僚長官の番号をフリックした。


「もしもし。アタシだよ。ちょっと面白い子がいるんだけど、遊んでみない?」




 そして鍬男の戦いは、続く。

 世界から寄生マンドラゴラが滅び去る、その日まで。



                      the Mandragora is Forbidden fruit.






 





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マンドラゴラ殺しの鍬男 神崎 ひなた @kannzakihinata

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