2.地獄! 三町歩のマンドラゴラ畑!

 満怒羅剛羅マンドラゴラ愚連隊ぐれんたい。その構成員は、大半が陸上自衛隊の脱落者ドロップアウターで構成されている――故に、トラクターを戦車に改造したり、ホームセンターで調達可能な物資だけで銃火器を製造する程度は朝飯前というわけだ。警察当局や武装農協が手を焼いている理由も、まさしくそれに起因した。


「――だが、所詮しょせんは小悪党だ」


 鍬男は、眼下に広がる愚連隊の圃場ほじょうを見下ろして呟いた。なるほど、三町歩ちょうぶとは嘘でも誇張こちょうでもないらしい。立派なマンドラゴラ畑が一面に広がっているが、どうせこの土地も力づくで奪い、農奴のうどに管理をさせているのだと思えば大したことはない。


 どこにでもいる、小悪党の仕事である。

 鍬男くわおとこはそう断定して、圃場へと向かって行った。


※  ※  ※


「ヒャハハハ!!! オラオラオラァ!!!! 死にたくなきゃ働けェ!!」


 悪漢あっかんの声が、マンドラゴラ畑に響き渡る! それは肩にトゲパッドを装着した大男が、罪もなき農奴たちをしいたげる笑い声であった!


「ん~~???? なんだァお前は……なぜ仕事中に手を止めておるかーーーーッ!!」


 悪漢は目ざとく一人の女性に目をつけると、その片足を掴んで、片手で吊るし上げた! 陸自で鍛えられた膂力りょりょくもさることながら、マンドラゴラの違法粉末を摂取することでパンプ・アップしているのだ!! その証拠に彼の身長はゆうに2メートルを超している!

 そんな彼の足元にすがりつく老人の、なんと非力なことか……。


「お、おゆるしください。どうかお赦しください。あの娘は臨月りんげつを迎えておるのです。どうかご慈悲を、ご慈悲を……」


「ほざけーーーーッ!! 貴様は赤子の命が、マンドラゴラよりも重いと言うておるのかーーーーーッッッ!!」


 悪漢は激昂げきこうし、老人の頭部をグワッと掴むと、手近にあったドラム缶に向かって放り投げた!! 老人は見事にすっぽりとドラム缶に収まった!


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッ!!」


 マンドラゴラの悲鳴を彷彿ほうふつとさせる絶叫に交じり、皮膚の焼け焦げる匂いが立ち込める……な、なんと……ドラム缶の中には、バカな、煮えたぎる油だと!? 確かに、煮えたぎる油はマンドラゴラの肥料として欠かせないものではあるが――それにしてもなんという無慈悲か!? 彼は既に人の心を失っていた!


「フハハハハハ!! 愉快愉快! おいメス!! 貴様もいつまでうずくまっておるか! あの爺のようになりたくなければ、さっさと作業に戻るがよい!!」


「うう……」


 女性は悲痛にうめく。もはや一歩も動くこともできない。今にも新たなる命が生まれようとしているのだ。なのに、その胸には喜びの感情が一切なかった。

 あるのは、この地獄に対する苦痛であった。

 それ以上に、こんな地獄に我が子を生み落とさんとする己の無力が恨めしかった。


「そうか……どうやらよほど、畑の肥料になりたいらしい!」


 悪漢は女性の足を掴んで釣り上げ、その表情を楽しむようにゆっくりと、ゆっくりとドラム缶へと近づけていく。


「た、助けて……誰か……」


「誰も来ぬわーーッッ!! 潔く肥料となって死ねぇ!!」


やかましい。肥料になるのは貴様の方だ」


 その瞬間。振り向いた悪漢の瞳に、一つの線が走った。素早く、そして鋭い線だった。その線が今まさに、自分の顔面を両断したという事実に、彼は死んでから気が付いたのだった。そして重力に従うようにゆっくりと、巨漢がマンドラゴラの畑に沈む。圃場はしん、と静まりかえった。誰もが、何が起こっているのか事態を理解できていなかった。

 女性は、事切れた悪漢の掌の中で、茫然としていた。彼女の視線は、眼前の男に釘付けになっていた。


 ――右手が、くわになっている。

 ――鍬男くわおとこ

 

「違法マンドラゴラ生産者、土にかえるべし」


 鍬男は、地獄的にそう呟いた。





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