♰05 夜の学校。



「ヘニャータちゃんいる!? 私わかるかな!? ロイザだよ! 精霊の森の若返りの秘薬で、若返りました!!」

「にゃ、にゃんですとー!!?」


 またたび宿屋の看板娘ヘニャータちゃんの声は、夜の空に結構響いたと思う。

 匂いを確かめて、ヘニャータちゃんは私だと理解した。


「すごいですにゃん! 美人さんだと思ってはいましたが、美少女ですにゃん!」

「またまた〜」


 お世辞を言ってくれるけれど、私は聞き流す。

 リュックを部屋に放って、もう一度出かける。


「お腹が空いたから適当に夕飯食べてくるねー!」

「いってらっしゃいませ!」


 もうお腹が限界を迎えていた。お腹の虫が鳴かないほどお腹が空いている。

 さてと、何食べようかなぁ。

 プラプラと歩きながら、食べたいものを思い浮かべていたら、美味しい匂いが鼻に届く。

 誘われるがままに匂いを辿っていくと、一際明るい通りに出た。

 どうやら露店街のようだ。それにしても懐かしさを覚える。


「ここだけ日本のお祭りみたい!」


 そう、日本のお祭りのような露店が並んでいたのだ。

 から揚げから焼きそばまである。あ、あれ、わたあめじゃない?

 灯りは、提灯が上にぶら下がっている。

 引きこもりオタクでも、懐かしさを覚える光景だ。

 これは絶対転生者か転移者が広めたに違いない。間違いないな。


「おもち!」


 私は醤油に浸して焼かれた焼き餅を真っ先に購入した。串に刺さったそれをモギュモギュと食べながら、一通り露店を覗こうと歩き始める。

 大判焼きもある! カスタード好きなんだよなぁ! 買い!

 焼き餅を平らげたら、カスタードクリームの入った大判焼きにもかじりつく。

 うまっ。

 上機嫌に食べ歩きをしていたら、頭の上に何か羽ばたく気配を感じた。

 鳥かと思ったが、鳩並みに大きな蝶だ。

 蛾かとも思ったが、羽ばたき方が蝶。というか、アゲハ蝶に見える。

 それが頭に乗った。

 おう? 重たい。

 蝶なのに結構な重さがあって、私は顔を下げた。

 重いのは、鳩並みに大きいせいだろう。

 いや待てよ。こんな大きな蝶いたっけ?


「だめじゃないか、アゲハ。人の頭で休んでは」


 男性の声が聞こえる。

 ふっと頭が軽くなった。大きな蝶は退いてくれたようだ。


「おや? 君は……見慣れないね。初めまして、フェイだ」


 顔を上げれば、珍しい糸目と目が合う。

 私よりも結構年上の男性が、小首を傾げて見下ろしてきた。

 あ、私、今ピチピチの少女だ。

 いきなり挨拶されてしまったなら、私も挨拶をしなくてはいけないか。

 冒険者と名乗っておこう。変なことされないはず。


「冒険者のロイザリン・ハートです。初めまして。その蝶は……?」

「僕の友人、アゲハだ。すまないね、勝手に頭に留まって」

「ああ、いいんですよ」


 アゲハは、フェイさんの手に留まっていた。


「それにしてもその歳で冒険者か、出稼ぎかい? 学校に行く歳じゃないかい?」


 糸目は多分、私が首にぶら下げたダグに向けられている。

 学校なら昔に行きましたが。

 あまり若返ったと言いふらしたくないなぁ。


「そうだ! いい学校を紹介しよう!」

「へっ? ……えっ!?」


 学校を紹介すると言われて、素っ頓狂な声を出す。

 すると、脇に抱えて持ち上げられてしまった。

 この人はやっ!! 力つよっ!!


「昼は冒険者業をして、夜は学生をする。夜間だけの学校だからお安いよ」

「いや、えっと! 私、勉強したくないぃいい!!!」


 大の勉強嫌いです!!!

 教科書読むより小説が読みたい。そんなオタク!

 私は攫われるように、いや、攫われた。

 露店街を抜けた先に建っている建物の敷地内で、やっと降ろされる。

 夜間の学校だと聞いたし、身の危険を感じなかったので、本気の抵抗はしないで来てしまった。

 敷地内の隅には花壇があり、真ん中の建物は二階建て。学校って感じがしないのは、周りの建物と大差ないからだろうか。正直、小さな、と印象。


「校長。どこほっつき歩いた?」

「!」


 建物の玄関から歩み寄ってきたのは、和服の少年。少年だけど、私よりも背が高い長身。

 私が驚いたのは、そこではない。彼の頭には黒い角が二本あったのだ。

 鬼族だろう。

 力が人間よりも強く、身体も頑丈。


「ゲッカ。紹介するよ、新しい生徒のロイザリン・ハートちゃん」

「勉強嫌!!!」

「またアンタ、無理矢理勧誘したのか」


 断固拒否!!!

 ゲッカと呼ばれた少年は、呆れ顔でフェイさんを見る。


「そのダグ……! 冒険者なのかっ?」


 ぶら下げたダグに気付くと、フェイさんが笑った。


「そう冒険者、それもシルバーだよ? きっと互いに学び合えると思うんだ」


 学び合える? どういう意味だろうか。

 ビリ、と敵意を感じ取り、私は大きく後ろに飛び退いた。


「その歳でシルバー冒険者? 実力を見せてもらおうじゃねーか!」


 ボォ、と炎を纏う剣を召喚して、ゲッカは戦闘態勢に入る。

 強そうだ。面白い。

 本当はピチピチの少女ではないのだが、説明が面倒だし、先ず一戦交えたい。

 私は、両剣を構えた。

 校長らしいフェイさんは止める気はないらしく、傍観するように私とゲッカの間辺りに立っている。

 ゲッカから動いた。

 炎を纏った剣が振り下ろされる。

 鬼族は力が強い。受け止めるのは、無謀すぎる。だから避けるために、右へ飛んだ。

 すると、炎の剣は追いかけてくるように、こちらに振られた。

 反応が早い。振り下ろしきる前に、方向転換か。


「風よ(ヴェンド)!」


 風の魔法で、自分の身体を吹き飛ばすように、その炎の剣を避けた。

 炎だけが追いかけてきたが、火耐性がそれなりにあるから燃えない。

 振り払うと、ゲッカが追撃をしてきたのを目にした。


「踊れ(ターン)!」


 避ける行動より魔法が早いと判断し、唱える。

 間に、小さな竜巻を巻き起こす。

 私はわざと吹き飛び、ゲッカは踏み留まる。

 ザッと砂埃を立たせて、両足で着地。逆手に握り直した両剣を、カチンと交差して構えた。


「“ーー純白、凍てつかせ、氷結の刃ーー”!」


 唱えて、氷の斬撃を放つ。

 交差した二つの氷の斬撃を、ゲッカは炎の剣で叩き落とす。


「“ーー純黒、燃やし尽くせ、黒炎の刃ーー”!」


 ゲッカはもう一度、振り上げては、黒い炎の斬撃を放つ。

 黒い火の魔法とは珍しい。学校でも習ったことない。

 どれほどの威力か気になり、私は両剣で叩っ切ることにした。

 手強い手応えを、ビンビン感じる。黒い花びらのように散る黒炎は消えた。


「はい、そこまでー!」


 俄然燃えてきたのに、そこで仲裁しに入るフェイさん。


「なっ!? まだだ! コイツ、全然本気出してねーじゃんか!! 退け! 校長!!」


 ゲッカも、挑みたいらしい。

 それにしても、校長と呼ぶくせに全然敬っていないな。

 学校らしい建物には、窓から覗き込む少年少女達がいた。数は少ない。

 まぁ、夜間だし、それなりに訳ありな生徒ばかりだろう。


「あの、フェイ校長先生。私は入学する気はないので、帰りますね」

「帰るな! 戦え!!」


 私は短剣をホルダーにしまった。


「君、帰るところあるのかい?」


 意外そうにフェイさんは問う。


「なんでそう思うんですか?」

「ニホン露店通りを珍しそうに見ていたり、サイズの合っていない服からして、お金に困って冒険者をやっている少女だと思ったからだよ」


 あそこ、ニホン露店通りと言うのか。転生者か転移者がいたに違いない。

 自分の服を見てみる。身体が多少縮み痩せしたから、ちょっとブカッとしていた。使い古した防具だし、野宿していたし、お世辞でも綺麗ではない。

 ふむ。根なし草とまで思われていても不思議ではないか。

 しかし、私は帰る家もあるし、お金もたんまり稼いだあとだし、宿屋も取ってある。


「違うのかい?」


 アゲハがフェイさんの肩から、私の顔に舞い移った。

 大きいから視界が塞がれる。


「こらこら、アゲハ。だめじゃないか。また人の頭に留まって」

「今度は顔ですけどね」


 蝶なのであまり触らない方がいいかな。脆そう。


「まぁすぐ答えを出さなくていいよ。学びの場はいいよ、出会いも別れもあって、色々勉強になる」


 両手でアゲハを退かしたフェイさんは、そう言った。


「だから、勉強は嫌ですって……」


 もう学びの場を卒業した身だ。勉強嫌いなので、また通うのは嫌。

 ……あーでも。出会いかぁ。

 コミュ障の私には、親しい人を作るいい場所なのかも。

 ゲッカ達を、見上げた。


「アゲハ夜間学校は、午後六時から始まるよ。いつでも来て」


 ひらひらと手を振るフェイさん。

 私は軽く会釈して、引き返すことにした。

 アゲハ、か。あの蝶をそう名付けた人も、あの夜間学校を設立した人も、日本人だったのかしら。

 そんなことを片隅に考えつつ、見覚えのある道を進み、またたび宿屋に戻った。

 流石に、ヘトヘトである。ヘニャータちゃんに挨拶をしてから、自分の部屋に入り、ベッドにダイブした。

 明日、お風呂に入りに行き、服を新調して、警備騎士舎に行こう。

 ここは屋根も壁もある部屋。安心して、眠りに落ちた。




 翌朝、睡眠を取って満足したから、朝食をとりにダイニングに行く。

 運んできてくれたヘニャータちゃんに、警備騎士舎はどこか尋ねた。


「警備騎士舎? にゃんでまた? 悪いことしましたかにゃ?」

「逆だよ、いいことしたから報酬がもらえるの」

「それはすごいですにゃ!」


 冗談を言ったヘニャータちゃんは、地図に書き込んでくれる。

 それから、簡潔な道順を教えてくれた。

 城が見える方へ歩いていけば、そこそこ大きな白い建物が見えるそうだ。


「服も買いたいの、おすすめの店教えて」

「それならご贔屓にしている店がありますにゃ! 私の紹介だと言えば、まけてもらえるはずですにゃん!」

「本当? 助かるわー。またたび宿屋に来てよかった」


 出費を抑えれるなら、嬉しい。

 ヘニャータちゃんも、にっこりと顔を綻ばせた。


「ロイザ様は、特別ですにゃん!」


 あらやだ。特別扱いなんて。お姉さん、舞い上がっちゃう!

 あ、でも、今じゃあ私の方が年下に見えるか。

 ヘニャータちゃんは、大体二十歳だろう。

 入浴場の場所は、地図に記してあったので、聞かずに行けた。

 温かいお湯が張られた大きな大きな浴槽に浸かる。空いている時間だったから、ゆっくり出来た。

 久しぶりの長い髪の手入れ。仕上げに、魔法道具のドライヤーで乾かす。やっぱりウェーブしてしまう癖っ毛。

 ほっこりした身体に、黒の薄手の長袖シャツとズボンを身につけた。やっぱりサイズが少し合わない。うーむ、肉付きが良すぎた証拠。老いって怖いわぁー。

 若返ってやり直した以上、同じ道は歩まないようにしよう。

 さぁ、ピチピチの私に新しい服を買ってあげなくちゃ!

 ルンルンした足取りで、ヘニャータちゃんのおすすめの店に入った。


「いらっしゃいませ!」


 出迎えてきたのは、黒い耳と尻尾の猫耳人族の女性だ。


「こんにちは。またたび宿屋のヘニャータちゃんの紹介出来ました」

「ヘニャータのご紹介とあらば、まけてあげます! 採寸から始めましょうか?」


 仲間だろうか。お友だちかな。どちらにせよ、まけてもらえるので、採寸から始めてもらうことにした。

 私も、自分のサイズを知っておきたい。


「とてもお若い冒険者ですね、しかもシルバーなんて」

「珍しいですか?」

「え? だって、最近じゃあブロンズからシルバーになる試験が追加されて、難しいそうじゃないですか」

「えっ? そうなんですか?」

「えっ? どうやってシルバーになったんですか?」


 私のダグを見て、話題を振ってくれたのは、黒の猫耳人族のミコさん。


「私の田舎では、ブロンズからシルバーになるのは簡単でしたよ。依頼をこなせば階段を上がるように簡単でした。きっとモンスターも弱い地域でしたから……」

「そうかもしれませんね。王都の冒険者ギルドの試験は、厳しいと聞いています」

「厳しいんですか……」


 この前、討伐したモウスも手強かったし、凶暴化もザラにありそう。

 だから、田舎よりも厳しい試験になるのかもしれない。

 ちゃんと情報を手に入れておかないといけないか。



 

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