♰12 氷の谷。



 焦茶の髪にポニーテール。昨日は、青いラインの入った白い制服だったが、流行りの肩出しの白いブラウスと短パンとブーツを合わせた格好のメイサちゃん。そして、腰には剣を携えている。

 そうか。今日明日は、学校休みか。


「……」

「……」

「……」


 か、会話がない。

 王都の門を出てから、口を開いてない二人。

 クインちゃんはあまりお喋りが得意ではないし、メイサちゃんも物静かなタイプだ。

 私が、何か話題を振ろう。中身は大人なので!!


「メイサちゃん、学校楽しい?」


 わー、話題がー。


「それなりに」


 淡々とした答えでは、話題が広がらない。


「あの、ハートさん。私はどちらかといえば、さん付けに慣れていて、ちゃん付けは慣れないので……やめてもらってもいいですか?」

「あ、ごめん。勝手に」

「いえ、私のことはただのメイサでいいです」

「じゃあ私のことも名前で呼んで。ロイザで」

「ロイザさん」

「いや、さん付けしなくても」

「年上を呼び捨てにするわけにはいきません」


 年上。それって、やっぱり私が三十路だって、知ってる?

 キングス王子から聞いていそうな感じがするけども。

 一部の冒険者には、知られているのだ。遅かれ早かれ、冒険者をやっているゲッカ達の耳にも入るだろう。

 ……まぁ、正式な生徒ではないのだし、私にリーダーなんて務まらない。

 ……別にいいはずなのに。……モヤってするなぁ。


「ウチ、二十年生きたけど、ちゃん付けがいい」

「それでは、クインちゃん」


 クインちゃんだけ、ちゃん付けか。エルフだしなぁ。

 そういえば、私には精霊がついているんだ。それが見えているクインちゃんは、どう思っているのだろう。

 ……まだ精霊、ついているのだろうか。


「クインちゃんは一度、氷の谷の前まで行ったことあるのでしょう?」

「うん。冷たいところを好むからあると思って、覗いてみたの。氷草っていう、氷の谷にたくさん生えている草の中にあった。生命草」

「エルフ族が植物を間違えるわけがないです。生命草は……」


 確か、とメイサが顎に手を当てる。


「生命草は、体力や魔力を回復させるんだよね。試験でも出たけれど、氷の谷の奥にあるって本に書いてあったなぁ」


 私も会話に加わった。


「基本、シルバーのランク2が引き受ける依頼らしいね。生命草の採取」

「うん。でも薬屋に売れば、買ってもらえるよ」


 クインちゃんは、顔を綻ばせる。


「ところで、なんでまたメイサはついてきたの?」


 私はクインちゃんに頼まれたからだけれど、メイサがついてきた目的がわからない。


「私の目的は……経験、ですかね」

「経験?」

「はい。ロイザさんから学べるものは学ぼうと思いまして」

「私から?」


 これまたフェイ校長みたいなことを言うなぁ。


「父から言われてきました。格上と出会ったら、学べるものは学べと」

「格上って……大袈裟だなぁ」


 お姉さん、照れます。


「ロイザさんは、間違いなく格上です」


 キリッと、メイサは言い切った。

 お、おう……格上か。

 その言葉で思い浮かべるのは、一人。


「私なんかじゃなく、レオナンド総隊長とかを格上って言うんじゃないかなぁ」

「あの方は……最強の一言です」

「まぁ、そうだね……」


 最強の座は、私が手に入れたい。

 しかし、現時点で最強なのは彼だ。


「私は、レオナンド総隊長を超える。そう目標を立てているんだ」

「……とても高い目標ですね」


 メイサが空を見上げる。

 空のように高いと思ったのだろう。


「最強の座は、いただくよ」


 ニッと笑ってみせてから、私は先を歩いた。


「……。ロイザさん、先程一緒にいた方は……」

「ギルドマスター?」

「その方ではなく、真っ白な髪と和服の方です。狼耳人族にも見えましたが……彼もまた格上のように感じました」

「ああ、ロウィン? うん、ギルドマスター曰くゴールド冒険者並みの強さらしいよ」


 あまりロウィンの話をしたくない。

 フェンリルのロウィンを、知らないみたいだからな。


「レオナンド・グローバー総隊長に加え、強者と交流しているのですね……。やはり切磋琢磨しているからなんですか?」

「いや、顔見知り程度の仲だよ……? 一方的に、私が超えると目標にしているだけ」


 切磋琢磨はしていない。


「ロイザさんは、どうやって強くなったのですか?」


 難しそうに顔をしかめたかと思えば、メイサは問う。


「ん? 私は……経験かな。これからも経験を積んで、強くなるつもり」


 やっぱり経験だろう。

 経験があってこそ、今の私がある。

 ……まぁ本気で上り詰めずに、三十路まで来てしまったけれど。


「やはり、経験は貴重ですよね……」

「学校で学べることも、重要だよ。そもそも、メイサは何になりたいの? 冒険者?」

「冒険者と警備騎士です。騎士の家系ですので、自然と目標がそうなりました」


 騎士の家系のご令嬢だったりするのかしら……。


「なるほどの強さだね」

「いえ、私なんて、まだまだ……」


 俯くメイサ。劣等感か。

 同い年の私だったら、きっとメイサには勝てなかったと思う。

 それは、慰めにならないか。


「私から学べることがあるなら、どうぞ。お互い、目標を達成しようね」

「……はい」


 私とメイサの目標がわかったのなら、クインちゃんの目標が気になるところだ。

 二人で間を歩くクインちゃんを見た。


「ほら。見えてきた」


 前を指差すクインちゃん。

 まだ遠くだが、氷の谷が見えた。

 それはちょっとした山とでも言うのだろうか。それとも崖かしら。

 近くまで来ると、二つの崖に挟まれる形で、氷の谷の入り口を見た。

 まだ入っていないが、冷気が流れ込む。

 ……なんだろう。嫌な感じがするような。


「ロイザちゃん?」

「手早く済まそう。私は一応警戒しておくから、二人で摘んで」

「了解しました」

「うん。あそこだよ……あれ、人がいる」


 私は双剣を抜いて、いつでも戦闘が出来るようにした。

 谷の入り口は小さかったが、中に足を踏み入れれば意外と広い。

 上が開いてなければ、洞窟と呼んでいたに違いない。

 氷の谷はかなり気温が下がっている。それもそのはず。壁や柱は凍り付いているのだ。いや、氷で出来た柱なのかもしれない。私が周囲を観察していれば、目当ての薬草が生えた場所に先客がいると知る。

 入り口に入って一メートルくらいのすぐそばに草が生えている、そこにいたのは。


「イクト?」

「ロイザリン・ハート!」


 ダークエルフの少年、イクトだった。


「ロイザでいいよ。君も薬草摘み? こっちもなんだ。分けてくれないかな?」

「ああ、いいぜ。ほぼ手付かずだし、好きなだけ摘めよ」


 イクトの手には、もう生命草が握られていたので、頼んでみる。

 入り口にも生命草が生えているのは、全く知られていないみたい。


「あ、この子はイクト。こっちは、クインちゃんとメイサ。話はあとにして、摘んで」


 軽く紹介をして、薬草摘みを急かす。

 あまり悠長に話していい場所ではないだろう。

 嫌な予感もするし。

 ぺこっと会釈をしたあと、すぐにクインちゃんとメイサは薬草を摘みを始めた。

 私は万が一にもモンスターが来ないか、奥を見張る。

 それにしても、寒い。薄着で来るべきではなかったな。

 ぶるるっと震えた。


「!」


 奥から足音が響き、私は構える。

 この足音は、複数の人か……?


「はぁ、はぁっ!」


 最初に目視したのは、短い黒髪の男の人と鎧を着た男の人。間には、気を失っているであろうローブの男の人を運んでいる。

 ギルドマスターが言っていた冒険者パーティだろう。

 仲間が負傷して撤退を余儀なくされたか……?


「なんだ!? なんで子どもがいるんだよ!」

「逃げるんだ!!」


 二人の男の人が、叫んだ。


「三人とも! 逃げるよ!!」


 とにかく、逃げる。

 私の声に従って、クインちゃんもメイサも出口に向かう。

 それを確認してから、冒険者パーティに目を戻すと、彼らを追いかけるモンスターを目視した。

 明らかに、黒い目をしている。凶暴化だ!

 ゴリラのような体躯のモンスターは、確か名前はトルメタ。

 大体三メートルほどの巨体だって学んだが……あれは四メートル超えてないか?

 そんな巨体を揺らしながら追いかけていたトルメタは、氷の柱を一つ、へし折った。

 投げる気だ!

 そう直感でわかった私は、冒険者パーティを助けようと、一歩踏み出す。

 しかし、すぐに狙いが冒険車パーティではないと気付く。

 狙いは……ーー上か!?

 太い氷の柱が、頭上を飛んだ。


「二人とも危ない!!」

「「!!」」


 私が叫んだ時には、頭上で氷の柱は砕けていた。

 そして、落石。

 岩と呼べるほどの大きい石が、ゴロゴロと落ちてきた。


「クインちゃん! メイサ! イクト!」


 砂埃立つ中に入って呼ぶ。


「私達は大丈夫です! イクトさんが庇ってくれて……負傷しました!」


 落石から免れたメイサとクインちゃんを見つけた。

 だが、イクトが庇って、頭から血を流して倒れている。


「おいおい、マジかよっ」


 短い黒髪の冒険者が、足を止めた。

 止めるしかなかった。

 落石の山で氷の谷の入り口は、塞がれてしまったのだ。

 逃げ場を失い、絶望した顔をした。


「っ!!」


 絶望するのも理解出来る。

 追ってきたモンスターは、一匹だけではない。

 氷の柱を投げた巨大トルメタ以外にも、いる。目視出来たのは、合計五体。

 大きさは三メートルほど。しかし、目が黒い。凶暴化の集団感染か。

 冒険者のパーティは、他にも二人いた。それでも撤退を余儀なくされたのだ。手強いだろう。


「メイサ、クインちゃん、イクトを頼んだ。約束は、覚えているね?」

「う、うん!」


 振り返らず、私は二人に確認する。


「ですが、ここは一人でも多く加勢して戦うべきではっ?」


 メイサも戦うと言い出すが。


「お前ら子どもが加勢したところで変わんねーんだよ!」


 短い黒髪の冒険者が、言葉で一蹴した。


「あのバケモノには敵わねーんだ!! もうここで死ぬしかない!」

「子どもの前で、みっともなく喚くな!!!」


 私は一喝した声は、氷の谷に反響する。


「頭抱えて絶望するのは勝手だが、それを強要するな! こちとら、まだ死ぬ気はないんだよ!!」

「……っ!! あの一番デカいモンスターは、雷属性の魔法しか大してダメージを与えられないんだぞ!? お前雷の魔法使えるのかよ!? 雷トカゲのベスト着てるから耐性も適性もねぇだろ!? こっちの魔法使いは戦闘早々に気絶させられたんだぞ!?」


 短い黒髪の冒険者が、言葉で噛み付いてきた。

 彼の言う通り、雷の魔法は使えない。


「雷の魔法が使えても、一点集中に攻撃を受けることになる!」


 鎧の冒険者も、言ってきた。

 天敵から潰しにくる、か。やはり手強い。

 この前の凶暴化より強いのは、間違いないな。


「メイサ。約束したはず」

「ですが! 雷の魔法なら多少使える私でダメージを与えてっ」

「約束を守れ。私が守ってやるから」


 メイサを戦闘に加えれば、間違いなく狙われてしまう。

 私はなるべく優しくメイサに告げる。


「冒険者だろう!!?」


 それから私は、冒険者パーティに怒声を飛ばす。

 顔だけ振り返り、ギロリと睨みつけた。


「弱点を突く戦闘だけじゃないだろうが!! ダメージを与えまくって、仕留める!!!」


 双剣を交差させて、地面を踏み締める力を入れる。


「守ってやるから、絶望すんな!! 死を覚悟する暇があるなら、落石をどうにかしろ!! 私が戦う!!!」


 真っ直ぐ、巨大なトルメタを見据えた。


「“ーー爆裂業火ーー”!!」


 火の魔法で、多くの爆発を起こす。狙いは、トルメタ達の顔。

 霧が生じて、辺りは見えなくなる。それでも慌てることなく、構えて待つ。


「“ーー風よ纏い、さらなるつるぎとなれーー”」


 魔法の風を双剣に纏わせた。

 霧の中から飛び出す黒い目のトルメタに反応して、私も踏み出す。


「風よ(ヴェンド)!」


 振り落とされる拳に乗り、風の魔法で腕を駆けて、首を刎ねた。

 かなりの手応え。硬い。

 続いたトルメタの拳をかわして、二つの魔法の風のつるぎでその腕を両断した。

 腕を失くして取り乱すその黒い目を一突き。そのまま後ろに飛んで、元の位置に戻り、後ろのメイサ達が無事だと一瞥で確認し、次の出方を待つ。


「お前っ……何者だよっ!?」


 多分、短い黒髪の冒険者の声。

 何者と言われてもなぁ。


「ロイザリン・ハートだよ」


 そう名乗っておいた。




 ◆◇◆




 ロイザリン・ハート。

 その名は、精霊の森の若返りの秘薬を飲んで、若返った冒険者の名前。

 精霊に気に入られたと噂される冒険者の名前。

 そのくせ、精霊と契約をしていないと聞いた冒険者の名前。

 シルバーのランク3の冒険者で組んだ五人のパーティでも、負けると判断して逃げた凶暴化したモンスターの群れに、一人挑む。

 少女の姿をした冒険者は、あっという間にモンスター二体を倒した。いや、仕留めたのだ。

 臆することなく、容赦なく息の根を止めに行く。

 その後ろ姿から感じるのは、圧倒的強者の存在感だった。



 

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