♰13 闇の魔法。



 さて、どうしたものか。

 私は、大苦戦を強いられていた。

 効果的な雷属性の魔法で攻撃が出来ない私には、やはり手強い相手だ。

 ロウィンを連れてくるべきだったかな……なんて思ってしまう。

 ロウィンなら、瞬殺だ。

 まぁ、二体までは瞬殺出来たが、残るは二体と親玉の一体。

 ゲームで言えば、HPケージをちまちま削るような戦いか。

 今のところ、親玉は高みの見物で、手下の二体と私を戦わせている。

 さっきから挟みかけて攻撃してくるが、私の風の剣をギリギリでかわす。

 左右から振られる二つの腕を、宙で回転しながら切りつけるが、致命傷だけは避ける。

 凶暴化しているくせに、頭がいい。ただ暴れるだけのモンスターではないみたいだ。


「”ーー爆風の斬撃、爆ぜろーー”!」


 魔法の風を纏わせたまま、風の魔法を唱えた。

 風の爆発で、ダメージを与える。硬い皮膚は、傷が浅い。


「!?」


 血まみれのトルメタ二体が、身を引いた瞬間。

 間から突っ込んでくるのは、トルメタの親玉。

 しびれを切らして、参戦してきたか!

 かわすことが間に合わず、両腕と双剣でガードした。

 ドッ、と打ち込まれる大きな拳に、吹っ飛ばされて、壁に激突する。


「く、そ……いたっ!」


 この人生で一番の強烈な痛みを味わった。

 氷の壁で、背中、切れたな。

 しかも、今の拳で右の短剣、折れた!

 腕も骨も無事みたいだが、悠長に倒れていられない!

 親玉が、メイサ達を見ている。次の標的にされそうだ。

 痛みが走る身体を無理矢理に立たせ、折れた短剣は捨てる。


「こっちだ、デカブツ!!!」


 注意を引こうと声を上げた。

 そんな私に、二体のトルメタが、拳を振り下ろす。


「風よ(ヴェンド)! 踊れ(ターン)!」


 小さな竜巻に乗って、宙を舞い、上に逃げた。

 それから氷の壁を蹴って、親玉の目の前に着地をする。


「私を倒してからにしな! デカブツ!」

「もう無理だ! そいつに剣を折られた時点で、勝ち目ねぇよ! 残りの二体をなんとかしても、そいつには……!」

「すぅー、はぁー」


 短い黒髪の冒険者がまだ何か言っているが、私は深呼吸をして気を落ち着かせた。

 これから行使する魔法は、気が散っていては命取り。


「闇よ(ヴィーオ)闇よ(ヴィーオ)」


 闇属性の魔法を、唱え始める。

 黒いもやが、周りを漂い始めた。


「まさか!? ワンナの究極の闇魔法を使う気かよ!?」

「やめろ! 今、声をかけてはまずい!!」


 そう。今から使うのは、究極の魔法だ。

 ワンナ。それは最初の魔法だと言い伝えのある魔法。

 風よ(ヴェンド)も、雷よ(トォノド)も、それだ。

 闇よ(ヴィーオ)は、一唱だけでは相手の視界を悪くする魔法だが、全てを唱えれば究極と謳われるほどの攻撃魔法となる。

 集中して、放つ。


「影より(オーヴォラ)現れし(インバル)住人よ(ヴィアッジャ)」


 黒いもやは、やがて闇となる。


「闇の爪で引き裂け(モルデカナ・スクリタ)!」


 闇から、暗黒のような黒い手が伸び、引き裂く。

 防ぎようのない闇の攻撃。これは大ダメージだったらしく、身体に傷を負った親玉のトルメタは身を引いた。

 まだ闇の攻撃は止まない。集中しているから、親玉を追う。

 しかし、親玉は二体のトルメタの頭を鷲掴みにすると、盾にした。

 闇の爪に引っ掻かれた二体のトルメタは、致命傷を負う。


「っ!」


 グラッときて、私は片膝をつく。

 究極っていうだけあって、魔力の消費は半端ない。

 一気になくして、貧血のような症状を起こした。

 そんな私に、致命傷の仲間を投げ付ける親玉。

 避けられない! いや、避けたら、後ろにいるメイサ達に当たる!


「風よ(ヴェンド)踊れ(ターン)!!」


 風を作って、なんとか軌道を変えさせ、横の壁に吹っ飛ばす。

 ついた膝を地面から離して、二本足で立った私に、親玉がもう一体のトルメタを叩き付けてきた。


「くっ……っあ!」


 ガツン、と地面に頭を打ち付けてしまったが、すぐに腕をバネに横へ飛ぶ。

 たらり、と額から血が流れるのを感じ、眩暈を覚えるが、親玉を睨み付ける。


「”ーー爆裂業火ーー”!!!」


 怒り任せに、火力全開の火の魔法の爆発攻撃を与えた。

 氷属性に火属性はイマイチなダメージのはず。

 だが、闇の引っ掻きを受けて流血している身体には、効いたらしい。

 痛がり、身を引く。

 そんな親玉トルメタに向かって駆ける。ぐらつく感覚で、足が絡みそう。それでも、真っ直ぐ走った。

 近寄るなと言わんばかりに拳を落とした親玉トルメタ。横に移動してかわした私は、わざと傷口に短剣を差し込んだ。

 闇の引っ掻きで作った傷口は、深い。そこに手ごと奥に突っ込んだ。


「”ーー爆裂業火ーー”!」

「グオォオオオ!!!」


 中に爆発攻撃を放つ。ボコボコと破裂する腕。

 痛いってレベルじゃないだろう。親玉は腕を振り回して、私を引き離そうとした。

 宙に身体が浮いたが、ちょうどいいところに着地する。

 親玉の頭の上だ。

 口の中に短剣を差し込み、もう一度放つ。


「ほら、味わえよ! ”ーー爆裂業火ーー”!!!」


 お腹が膨れて破裂した。盛大に血を撒き散らして、最後の一体は倒れる。

 ずしゃっ、と血だまりがはねる。

 私も死体の上から、降りた。

 左目を無意識に閉じていたことに気付き、原因の血を拭き取る。

 そのあと、やっと守っていた一同を確認出来た。

 こちらを見て、驚愕している。

 あ、イクトも起きている、よかった……。


「な、なんで……?」


 声を絞るように出したのは、腰を抜かした様子の短い黒髪の冒険者だ。

 冒険者パーティは、少しでも落石を退けようとしたらしい。その形跡はある。


「バケモノかよ?」

「? 失礼だな……」


 バケモノって、間違いなく私に言っているよな?

 それとも、聞き間違いだろうか。

 あー意識が……。


「なんで究極の闇魔法を使っても、まだ強力な魔法を打てるんだよ!? なんであんなに動けるんだよ!? 人間じゃねーよ!! 普通倒れるだろ!?」


 人間じゃないとまで言われた。


「バーロー。守るって約束したんだ。倒れていられるかよ」


 私はそう言い放つ。


「お前、恩人に向かって!!」


 鎧の冒険者が、短い黒髪の冒険者の頬に平手打ちした。


「いいよ。てか、倒れそう……あと任せてもいい? むしろ、任せた」


 膝をつこうとした私は、察知する。

 なんだ? これ?

 ゾクゾクと肌が沸くように刺激される。

 悪寒? 恐怖?

 頭を打ったせいか、混乱しかない。

 落石の山の上に、誰かがいる。それは人の姿に近いが、真っ黒な人影のようにしか見えない。

 敵か?

 そういえば、闇の魔法を使うと、闇の住人が本当に出てきてしまうぞ、とそんな変な脅し文句があったっけ。

 子どもに闇の魔法をあまり使わせないための脅し。何故、今思い出したんだろう。

 ああーー……。

 意識が、遠退く。感覚が先になくなって、痛みも何もかも消える。

 だめだ。あの影が、敵かどうか確かめなくちゃ。

 守るって約束したんだ。

 守るって、約束したのに。

 でも私に出来ることは、もうーー……いや、まだある。


「せいれ、いさま……まもって……ーー」


 まだいるかどうかもわからない精霊にすがること。

 それが唯一、残された希望だ。

 地面に倒れる前にはもう、意識は闇の中に落ちていた。




 ◆◇◆




「な、なんだ……?」


 短い黒髪の冒険者は、仲間に平手打ちを受けた頬を押さえながら驚く。


「これ……!」


 ロイザリンが倒れたとほぼ同時に、突然現れたのは木。

 それも精霊の森で見たことのあるような太い幹だけの木。

 ロイザリンの後ろに生えて、落石の山に真っ直ぐ伸びたそれ。


「精霊、さま」


 クインは、ぽつりと呟く。

 その小さな声を、一同は聞き取った。


「精霊の力だって言うのか? でもロイザリン・ハートは精霊と契約していないって聞いたぞ」


 鎧の冒険者が言ったあと、メイサとイクトはロイザリンに駆け寄る。

 浅いが呼吸をしていることを確認し、安堵した。


「精霊と契約していたのなら、もっと早く討伐できたはずだろう」

「そんな話はどうでもいいだろう! 他のモンスターが現れる前に、早く負傷者を運び出すぞ!」

「この木に登れば、外に出れる!」


 冒険者達は、すぐさま行動に移す。

 精霊の力だとしても、ロイザリンの最後の力だとしても、この木をよじ登ってしまえば、外に出れる。


「ん? なんだ……これ……?」


 先頭をよじ登っていた冒険者は、またわからないものを目にした。

 黒い焦げ跡。それが、木の先端にあったのだ。


「進めよ」

「お、おう」


 他の冒険者は、気に留めなかった。

 負傷者を背負い、無事氷の谷を脱出。

 ローブの冒険者が目を覚ましたため、生還を喜び、冒険者達は笑みを溢す。

 冒険者の一人に背負われたロイザリンだけは、少し苦しそうに顔を歪める。

 それを見たイクトは、俯いたまま歩いた。




 ◆◇◆




 夢を見た。

 いや、ただの記憶の反芻かもしれない。

 凶暴化したトルメタ達と戦っている。

 究極の闇の魔法を放って、それから人影を見た。

 --黒い影。

 そこで、ハッと目を覚ます。

 酷い目覚めだ。身体中が痛い。

 呻きたかったが、それは飲み込んでしまう。

 私が横たわっているベッドのそばには、なんとレオナンド総隊長がいたからだ。

 しかも、椅子に凭れて腕を組み、眠っているみたい。

 何故に、総隊長さんがいるの……?

 ここは、どこだろうか……?

 クインちゃんは!? メイサやイクトは!? 皆無事か!?

 あの黒い人影は!?


「うっ!! ぐぅうう……!」


 飛び起きようとしたが、全身に痛みが走って、結局呻くことになった。

 若返ったからって無理はだめだな……身に染みる。


「安静にしていろ」


 レオナンド総隊長が、起きてしまった。


「はい……」


 言われた通り、私は安静にする。しかない。


「……レオナンド総隊長さん」


 なんでここにいるのですか。

 またギルドマスターに聞いたのですか。

 そもそもここはどこですか。


「氷の谷の入り口が塞がれたと聞いて、冒険者と一緒に警備騎士が派遣された。他に凶暴化の感染がないかの確認もかねて、一番隊を送った」


 名前を呼んだだけなのに、質問しようとしたことを答えてくれた。

 リュートさんの隊が、氷の谷に行ったのか。


「なんでまたブロンズの冒険者と冒険者でもない少女と一緒に、氷の谷に行ったのか。事情を聞きたくてな」


 ひえぇ……。

 説教か。説教なのか。

 ギルドマスターが許可してくれたとはいえ、やはり危険だった。

 反省している。ギルドマスターも、責任を感じていそう。謝っておこう。


「ここは、冒険者ギルドの医務室だ」


 冒険者ギルド。無事、帰れたってことか。

 じゃあ、あの人影は、敵ではなかった?

 もしかして、私の見間違いか……?


「全員、王都に戻れたのですか?」

「ああ。幸い、死者は出ていない」


 ホッとした。力を抜いても、痛みを感じる。

 レオナンド総隊長が、ドアの方に顔を向けた。


「ハイポーションを持ってきた。あ、ロイザ! 目が覚めたのか!」


 ドアから入ってきたのは、イクトだ。

 手には、煌びやかな小瓶。


「ハイポーションって言った? そんな高価なもの……誰が買ったの?」


 ポーションよりも大きな回復量を備えた希少で高価なハイポーション。

 私、そんなに余裕ないぞ……?


「ロイザが守った冒険者達が出しあって買ったんだ。ほら」


 イクトはすでにポーションを飲んだあとなのか、手当てした様子はない。

 笑顔で差し出してきたから、なんとか起き上がろうとした。

 そうすれば、レオナンド総隊長が背を支えて、起こしてくれる。

 ありがとうございます、と小さくお礼を伝えた。


「ポーションのまずさ、知ってる?」

「さっき飲んだから知ってる」

「絶対まずいでしょう……」


 躊躇してしまう。


「喉の奥に流し込めばいい」


 レオナンド総隊長が、アドバイスしてくれる。

 経験者、ですか……?

 ええい! と一気に飲み込んだ。

 舌を通ったハイポーションの液体の味を感じてしまう。

 ぐっと堪えるのも、痛い。

 まっずい!!!

 それから、感じる熱。そして、痛み。

 回復の代償だろう。

 レオナンド総隊長の前だから、呻きも弱音も出さずに堪え切った。


「……ん、おさまった……。もう大丈夫です、レオナンド総隊長さん」


 じっとしていれば、熱さと痛みが引く。

 ずっと背中を支えてくれたレオナンド総隊長に、もう離していいと笑みで伝える。

 レオナンド総隊長は、手を放した。


「……ロイザ」


 安心したように笑みになったイクトが、その笑みを薄めて口を開く。

 私が乗ったベッドの隅に、腰を下ろす。


「二度も救ってもらった、その……ありがとう」

「こっちもクインちゃんとメイサを庇ってくれたんだってね、ありがとう。助かったよ」


 またぶっきらぼうなお礼。私は笑い退けた。


「それは別にいいんだ……救ってもらったのに、こういうのもなんだけど」


 イクトは、私にアメジスト色の瞳を真っ直ぐに向けると尋ねた。


「なんで究極の闇の魔法を使ったんだ?」

「ん? なんでって……言われても。そりゃ、集中出来なかったら自爆しちゃうような魔法だから、怒るのもわかるけれども……」

「いや、怒っているわけじゃないんだ」


 集中していなければ、無差別に攻撃していたかもしれない危険な魔法を使ったことに怒っているのかと思ったが、違うようだ。


「あの状況下で使うなんて……」

「無茶だったのは認めるけど、あれくらいの大技使わないと形勢逆転出来ないと思ったからだよ」

「なんで闇だったんだ?」


 私は首を傾げてしまう。


「火でも氷でも、風でもよかったじゃないか」

「いや、闇の方が得意だったんだよ。ワンナの究極の魔法に関しては」


 氷属性のモンスターに火属性はイマイチ。氷属性も同じ。

 かと言って、風の究極の魔法は、暴れん坊すぎて、さらに落石を起こしかねなかった。

 闇の究極の魔法が、一番切り札に相応しかったのだ。


「イクトは闇の魔法が嫌いなの?」


 敬遠されがちだけども、イクトも嫌いなのか。


「そうじゃないんだ……オレのようなダークエルフの大半は闇属性持ちだ」

「あ、そうだったね」


 ダークエルフの十八番。


「でも、闇の究極の魔法は……使わない」

「扱いが危険だもんね」

「違う! あれを使うと……」


 イクトは、深刻そうに顔を曇らせる。


「オレの里では……闇の住人を出しかねないから、使うなって言われているんだ」


 ダークエルフの里では、使用を禁止している、のか。


「そういえば、子どもの頃にそんな脅し文句を聞いたけど……闇の住人って、あの手の主でしょう?」


 闇から手を伸ばして、モンスターを引き裂いた張本人。

 闇の住人の手を借りる。そんな究極の魔法。


「その子どもの脅し文句は、元はダークエルフ族から伝わったんだ」


 ずっと見守るように私を見ていたレオナンド総隊長が、会話に加わった。


「なるほどー……」


 私は少し考える。


「手の大きさを考えると、闇の住人は巨人?」

「オレは見たことないが……多分」

「出てきたら、どうなるの?」

「……闇の住人は殺戮者と言われている。恐らく、死者が多く出る」

「殺戮者……」


 私が見た影は……それなのか?


「頼む。もう究極の闇の魔法は使わないでくれ」


 頭を下げてまで、イクトは頼んできた。


「わかったよ。もう使わない。使わないとやばい状況にまたならないことを祈るよ」


 私はイクトに心配かけまいと笑って見せる。

 イクトは、ホッとした笑みになる。

 すると、そんなイクトが見えなくなった。

 遮るように、私とイクトの間に、というか私の目の前にレオナンド総隊長が来たのだ。


「これ。新しいダグだ」


 そう言って、私が首にかけた黒い紐を外して、シルバーのダグを外す。

 そのまま、新しいダグを通すと、身を乗り出して私の後ろに手を回して黒い紐をつけた。

 ひ、ひえぇ……。

 近い……。


「まずはシルバーのランク2だな」


 すっと真新しいシルバーのダグをすくい上げては、レオナンド総隊長はニヒルな笑みを浮かべた。

 ひえぇ……。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る