♰14 ありがとう。


「あー……クイン達、呼びに行ってくる」


 明らかに気まずそうに、イクトは医務室を退室する。

 よ、余計な気遣いされた……!


「警備騎士でもないのに、よく人を助けているな」


 私のベッドに腰掛けたまま、レオナンド総隊長は言う。


「イクトを助けたのも、今回も偶然です。たまたま居合わせただけですから」


 そう笑うと、レオナンド総隊長がじっと見てきた。


「……」

「……?」


 なんだろう。変なこと言ったかな。

 ここは、冒険者も人助けみたいだから当然と胸を張るべきだったか。

 誰かのために採取したり、討伐したり。人助け業と言っても、過言ではないか。

 そこで、イクトが呼んだクインちゃんとメイサが入ってきた。

 ぽむ、と私の頭に手を置いてから、入れ違いにレオナンド総隊長は退室する。

 ま、また頭を……。


「ロイザちゃんっ」

「クインちゃん。メイサも無事で何より。約束守ってくれてありがとう」

「約束を守ったのは当然です。お礼を言うのはこちらです、本当にありがとうございました」


 てくてくと駆け寄るクインちゃんの頭を撫でて、メイサに笑いかける。

 真面目な回答が、返ってきた。腰を折って深く頭を下げる。


「こっちも約束を守っただけだから当然だよ」

「……やはり、ロイザさんは強者です。冒険者として、人間として、間違いなく強者です」

「お、おう……?」

「尊敬します」


 お姉さん。照れます。


「私はロイザさんを目標にして、強者になりたいと思います」


 え? 私が目標? いいのかなぁそれ。

 基本、真面目顔のメイサの目は、爛々と輝いていた。

 ダメとは言えない目だ。


「ハートさん!」


 続いて、ぞろぞろと入ってきたのは、あの時の冒険者達。


「助けていただき、ありがとうございました!!!」


 一斉に頭を下げて、お礼を言われる。

 んー……なんか照れ臭いな。

 親からお礼を言うのは大事だと教えられて育ったから、お礼を伝えることは進んでしてきた。

 でも自分がお礼を伝えられる立場になると、むずかゆい。


「それから、こいつの発言の数々も謝罪します! 許してください!」

「色々申し訳ありませんでした!!」


 鎧の冒険者が、短い黒髪の冒険者の頭を今より下げて、謝罪をする。


「あーバケモノ呼ばわり、とか?」

「うぐっ……はい、本当にすみません……でも実際、バケモノ並みの」

「こらまたお前は!! すみません! こいつ思ったことをすぐ口に出すというか、本当重ね重ねすみません!」


 謝ったそばから、またもや失言をする短い黒髪の冒険者の頭を、再び下げるために叩く鎧の冒険者。


「褒めようとしてんだよ! バケモノ並みの強さとタフさだって!!」

「バケモノは褒め言葉じゃないだろう!!」


 がばっと頭を上げて言い訳するも、またもや頭を下げる羽目になる。

 そういう間柄なのだろう。そう思えば、微笑ましい。

 パーティか。羨ましい。私はソロだもんなぁ。


「パーティ組んで長いの?」

「え? ええ、まぁ……冒険者始めてからすぐにこのメンバーで組んでました」

「ふぅん、そっかぁ。仲間が無事でよかったね」


 頬杖をついて、私を笑いかける。


「はい! 全員無事だったのは、ハートさんのおかげ! 本当にありがとうございました!!」

「いや、もうお礼は十分だから……」


 また全員揃って頭を下げるものだから、やめるように言う。


「あっしはずっと気絶していたんでわからないですが……」


 顔を上げて口を開いたのは、ローブの冒険者。


「少なくても、あの一回り大きくて凶暴化したトルメタは、シルバーのランク1でもなきゃ倒せないってレベルのモンスターでした。なんでまた、ハートさんはシルバーのままなんですかい? ゴールド冒険者でも不思議はないと思うんですが……」

「あ、それ、オレも思った。オレ達シルバーのランク3のパーティですら、手も足も出なかった凶暴化の群れを一人で討伐したんだもんな……」


 冒険者達の視線は、私のシルバーのダグに注がれている。


「ああ、シルバーのランク2になったところ。これからゴールドまで上がるつもり」


 ピカピカのシルバーのダグを手にして見つめながら、それだけを答えておく。

 あれ?

 お古のシルバーのダグはどこいったんだ?

 レオナンド総隊長が持っていっちゃった?


「討伐といえば、討伐の報酬は全部ハートさんにお渡します」

「え? なんで? いいの?」

「依頼を引き受けたのはオレ達ですが、討伐したのはハートさんですから。当然です」

「やったぁー。短剣折れたから新調しよう」


 確かに討伐したのは私だし、依頼を受けた彼らがいいって言うなら、受け取っておこう。

 凶暴化していたから報酬は上乗せされて、いくらくらいだろうか。

 討伐した証拠は、リュートさん達が持ち帰ってくるだろう。

 流石に、彼らにはそんな余裕はなかったはず。


「あ、ハイポーションありがとうね。本当にいいの? 報酬どころか、ハイポーションで出費しちゃったじゃん」

「命があるだけ、いいです!」

「ハイポーションのお礼なんて、こっちは命を救われたので当然ですよ!」


 かゆくなってきたので、頭に巻かれた包帯をほどきながら、念のため確認。

 そうかそうか。


「ギルドマスターは、どこにいるか知ってる?」


 壁にかけられたベストを着て、ベッドから降りる。


「迷惑かけちゃっただろうし、謝らないとね……あいててっ」

「ロイザちゃんっ」

「ロイザさん! まだ安静にしていてください!」

「ハイポーションで治癒したとは言え、身体には疲れが残っているんですから!」

「ギルドマスターならオレが呼んできます!」

「あっしも!」


 ちょっと身体が軋むような痛みを感じただけなのに、クインちゃんとメイサを始め、騒ぎ出した。

 そして慌ただしく、冒険者達は医務室を出ていく。

 お腹に抱き着いたクインちゃんに押されて、ベッドに腰掛ける。


「今何時? クインちゃんもメイサも、家まで送るよ」


 昼には氷の谷についたはずだから、もう夕方になっていてもおかしくない。

 もしかしたら、夜かも。そう推理しながら、言うと。


「ロイザさん、その身体で送るなんて言わないでください」

「いや、ただの筋肉痛というか……怪我は治っているから大丈夫だよ?」

「だめ。絶対。安静」

「あはは……」


 メイサだけではなく、クインちゃんにも、安静と釘を刺された。

 んー。もう大丈夫なんだけれどなぁ。


「いやーあ、災難だったな。ハート様」


 豪快に笑いながら、ギルドマスターが入ってきた。


「ギルドマスターが言った通り、やっぱりロウィンを連れていくべきでしたね」


 私は、肩を竦めて見せる。


「ロウィンが聞いたら、喜ぶ言葉だな」

「ロウィンは?」

「警備騎士の一番隊と一緒に、氷の谷に行った。アイツにとって、氷の谷のモンスターは簡単に蹴散らせるからな。それに主を傷付けられたってお怒りだった」

「主じゃないんですけれどね」


 主に相応しくないと幻滅するどころか、お怒りになったのか。

 勝手に主と慕っているだけはある。


「オレが許可したばっかりに、危険な目に遭わせて申し訳ない」


 私達の目の前まで来ると、しゃがんで真面目に謝った。


「ギルドマスターが許可する前に、行くことを決めていましたので、ギルドマスターが悪いわけではないですよ。……レオナンド総隊長さんには怒られましたか?」

「まぁちょっとな……結果的に、ハート様がいてくれたおかげで、冒険者達も救われた。お礼を言わせてくれ、ありがとう」


 こそっと尋ねてみると、クシャッと苦い笑みをしてから、頭を下げてお礼を言う。

 ありがとう、はもう十分なんだけどなぁ。


「言葉だけじゃ足りない。短剣一つ折れたんだってな。オレに新調させてくれ」

「え? いいですよ。今回の報酬で新調します」

「せめてものお詫びとお礼だ。そう言わず、明日辺りにでも武器屋で新調しよう」


 新しい武器は欲しいけれども、ギルドマスターにもらうわけには……。

 困って頭を掻く。


「冒険者のギルドマスターに選んでもらう武器は、きっと素晴らしいものでしょう」

「もらえるなら、もらう」


 メイサに続いて、クインちゃんがキリッと言い切る。


「明日は、フェイ校長のプレゼント、買う。ロイザちゃん、付き合ってくれる?」

「わかった。じゃあ、一緒に行こうか。いいですか? ギルドマスター」

「それでいい。じゃあ、明日、この前教えた武器屋で会おう」


 武器屋に行き、クインちゃんと買い物をする予定を立ってた。

 報酬は明日に渡すとのことだ。だから、今日はもう宿屋へと戻る。


「おかえりなさいませ! ロイザ様!」


 癒しの猫耳看板娘の出迎え。でも浮かない顔だ。


「氷の谷で凶暴化したモンスターの群れと戦って負傷したと聞きましたにゃん……大丈夫ですか?」

「耳が早いね。大丈夫だよ、この通り」


 笑って見せて、私は部屋へと足を運ぶ。

 ホッと胸を撫で下ろすヘニャータちゃんは、ついてくる。


「ロイザ様……また十日分、宿泊代を前払いしていただきましたが……もうしばらく王都で活躍するにゃら、宿屋で部屋を借りるのではなく、アパートや家を借りるべきでは?」

「ん? どうしてそんなことを?」

「私としては利用してもらえるのは嬉しいですが、やはりその方が少しお得と言いますか……ロイザ様は冒険者としてこれからもご活躍するお方にゃん! それならば、心機一転、家を借りるのはいかがですかにゃ?」


 ヘニャータちゃんが言う通り、このまま宿屋暮らしよりはいくらか安いと思う。


「でも、ねー。朝食を用意してもらえる今の方がいいんだよね。夕食もあればよかったんだけど」


 ぎゅるるっと、昼から食べていないお腹が鳴り響く。

 食料の干し肉を食べよう。


「あ、それなら、まかないを持ってきます! いい大家さんを紹介しますから、考えておいてくださいにゃん!」


 まかないを持ってきてくれるなんて。

 なんて気の利いた看板娘さんだろう。

 これだから、この宿屋暮らしはやめられないんだけども。


「んー……家か」


 故郷の町に家があるし、家を二つ持つのは、考えてしまう。

 部屋で着替えたあと、私はベッドの上であぐらをかく。

 自炊掃除が面倒だと思うと、やっぱり後ろ向きになってしまう。

 ヘニャータちゃんが持ってきてくれた夕食をいただき、私はもうしばらくはここにいさせてもらおうと思ったのだった。



 ◆◇◆




 またたび宿屋。ロイザリンの借りた部屋にて。

 残った疲れで寝静まったロイザリンは、ベッドでうつ伏せに横たわっていた。顔だけは横に向いて、枕に左頬を沈めている。

 そんな暗い部屋の中で、闇が生じた。

 人の形になるが、真っ黒で異様。闇。

 その人型は、寝ているロイザリンを覗き込む。

 やがて、音もなく、覆い被さるように接近した。



 

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