♰17 影の中の青年。



 若き冒険者達は、自分の目を疑った。

 喧嘩を売った相手は、ロイザリン・ハート。

 同じシルバー冒険者。ランクも同じになったと噂で耳にしたばかり。

 四人のパーティなら、楽勝だと踏んでいた。

 同年代に比べて、強いと自負していたのだ。

 ましてや、たった一人に負けない。

 勝負は一瞬でつくと思った。

 自分達の勝利を、固く信じていたのだ。

 それなのに、何故。何故なのだ。

 何故自分達が、地面に倒れて、彼女は立っているのだろうか?

 白銀に伸びて毛先が真っ赤な髪は、黒いリボンを絡めた三つ編み。それを揺らす美しい少女の姿は、真っ赤な短剣と青白い短剣を握って立っていた。

 ペリドット色の瞳は、冷たく見下す。鋭利なほどに冷たい眼差しに、凍り付いた。

 圧倒的強者の目。




 ◆◇◆

 


 シルバーのランク2の冒険者パーティ。

 若いのに、それはすごいとは思う。まだ二十歳くらいなのに。

 パーティ組んでいるだけあって、フォーメーションがいい。

 前衛と後衛で分かれているのだろう。

 魔法使いの少女を守るように若い女性が立っている。

 鎧の青年と短髪の青年は、剣を片手に向かってきた。

 青年達が私と剣を交えている間に、魔法使いの少女が魔法を放つ、という連携になるんだろう。

 私はそこまでお人好しではないから、風の魔法で間合いを詰める。


「風よ(ヴェンド)」


 青年達を横切って、ちょうど間に立ち、魔剣に魔力を注いだ。

 右で炎が散り、左で凍てつく。


「踊れ(ターン)」


 小さな竜巻を起こして、同時に短剣の刃のない背とともに、蹴散らした。

 呆気ない。この程度か。


「だから格下なんだよ」

「く、そっ! まだだ! 勝負はついてない!!」


 短髪の冒険者が、震える腕で立ち上がろうとする。


「瞬殺されて、まだやろうって言うの? 峰うちじゃなきゃ死んでいたってわからない?」


 私は鎧の冒険者が拾おうとした剣を蹴り飛ばして、言い放つ。


「魔剣の力で勝った気になるな!」

「負け犬の遠吠え、はっずかしー」

「なっ、なんだとっ!」


 私が同じように嘲てやれば、カッと赤面する。


「見下されたくなきゃ、他人を見下すな。わかったな」


 見下してから、すいっとそっぽを向いて離れた。


「アタシの魔法が当たれば……!」

「同じランクなのに……なんで!」


 反省の色ないなぁ。

 そう思いつつも、クインちゃんを連れてその場から去ろうとした。


「待ちなさいよ!! アタシ達に勝った気でいないで!! アンタなんて、この技で!!」


 本当面倒だな、こういう輩は。


「”ーー牙を突き立て、雷鳴、轟けーー”!!」


 雷の魔法。しかも、聞き覚えある。

 雷の球体がこちらに向かってくるから、クインちゃんを突き飛ばそうとしたが、その前に気配に気付いた。

 頭上を飛ぶのは、純白の毛に覆われた大狼。

 咆哮を飛ばす。雷属性を付与しただけの咆哮で、雷の球体は消し飛ぶ。

 若い冒険者達は、咆哮を浴びて、再び地面に転がる。


「それ以上、我が主に牙を向くのならばーーーー噛み殺す」


 唸るフェンリルは、告げた。

 恐怖と麻痺で、完全に彼らは動けなくなっている。


「ロウィン……なんでいるの? ギルドから聞いたの?」


 私は呆れながら、フェンリルの姿のロウィンに声をかけた。

 尻尾をご機嫌に振りながら、ロウィンは振り返って頷く。


「また主を傷付けられたくはない。だから、来た」

「ストーカー化しているよ。だいたいブロンズの討伐で新調した武器を振ってみただけ。傷付けられるわけないでしょう」

「だが、冒険者に絡まれていた」

「その冒険者達、全員麻痺して動けないじゃない。ロウィン、動けるようになるまで見てなさいよ。モンスターに食い殺されちゃ夢見が悪い」

「我が主……」

「主じゃないし」


 しゅん、としょげる大狼。

 私はさっさとクインちゃんの手を引いて帰ろうとした。


「あ、そうだ。ロウィン、明日暇なら、再戦しよ」


 そう笑いかけると、尻尾がご機嫌に揺れる。


「御意!」

「ギルドマスターに話し通しておいてねー」


 ちゃんと言っておいたので、歩き去った。


「ごめんね、クインちゃん。私のせいで泣いちゃって」

「……ううん。弱いの、ウチのせい」

「クインちゃんは悪くないよ」

「でも、ウチのせいで、ロイザちゃんが悪く言われた」


 少し歩いて行ったが、足を止めて、しゃがんだ。

 小柄なエルフの少女を見上げる。


「あのね、ああいう人達は、なんであれ、貶しては嘲笑うんだ。私としてはああいう連中には関わらない方が一番だと思う。無視していればいいんだよ、他人の、しかも悪意ある他人のざわざわした声なんて。クインちゃんは自分のペースで歩いていけばいい。大丈夫だよ」


 私は優しく笑いかけてあげた。

 涙ぐんでいたから、そっと親指で拭いてあげる。


「うん……!」


 そう頷いた。クインちゃんの頭を撫でてから、再び手を引いて歩く。


 換金した頃には夜になったので、二人で二ホン露天通りで適当に食事をすませて、クインちゃんをアゲハ夜間学校の寮まで送る。

 到着すると、顔に大きな蝶が留まった。


「やぁ。ロイザリン・ハートちゃん」

「フェイ校長」


 の声。

 アゲハを退かしてくれるまで待ってみたが、一向に退かしてくれない。


「氷の谷の件、聞いたよ。一緒にいたブロンズの冒険者ってクインちゃんのことだろう?」


 おう……説教か。この体勢で説教を受けるのか、私。


「噂を聞いたのなら……フェイ校長も、私の年齢知ったんですよね?」


 逸らすわけじゃないけれど、念のためそれを先に尋ねてみた。


「え? 君の年齢なら、会った翌日には知っていたよ?」


 やっと顔からアゲハが退かされたかと思えば、キョトンとしたフェイ校長の糸目の顔を見る。


「えっ……? じゃあなんで、交流会に参加させたんですか? お試しのように通わせたんですか!?」


 何故だ!

 実年齢を知ったなら、普通通わせないだろう!?


「交流会はちゃんとレイネシア学園にも話しておいたよ? 一人、若返った冒険者がいますって」

「承諾したの!?」

「うん、シルバーの冒険者一人に負けるわけないって高をくくってたんだろうね」


 フェイ校長は、軽く笑い退けた。


「最初に会った日にも言ったと思うけれど、色々勉強になるって。学びの場はいいよ」

「確かに言われましたが……私もう卒業しましたから」

「若返ったならいいじゃん、もう一回学校に通えば」

「勉強嫌!!」

「それ初日にも聞いたなぁー」


 ケロッとしたフェイ校長は、こう言葉を続ける。


「じゃあ、いっそのこと臨時教師になるのはどうだい?」

「無理!! 私は教師って柄でもなければ、教員免許も持ってませんから!」

「特別臨時教師」

「特別を付ければいいってわけじゃないでしょう……」


 フェイ校長に呆れてしまう。


「君のおかげで、レイネシア学園との交流会で勝てたんだし、生徒達は君から学んでいる。君も学んだだろう? それに、君は彼らが認めるリーダーだ。はい、さよならなんて言わないで」


 私がもう通わないと言い出すと予想したらしく、先回りをする。

 そこで、クインちゃんに手をくいっと引っ張られて、そっちを向く。


「お別れ、嫌」


 ぷっくりとむくれちゃって。可愛いなぁー。


「これからも、来たまえ。アゲハ夜間学校は拒まないよ」


 アゲハを指先から、肩に移動させると、フェイ校長は踵を返す。


「ああ、そうだ。ランク上げおめでとう。それとクインちゃんを守ってくれてありがとう」


 顔だけ振り返って笑って見せたあと、クインちゃんを連れて寮の中に入っていた。

 クインちゃんと手を振り合った私は、またたび宿屋へと足を運ぶ。


「あっ。デュラン。何も食べてないよね? 大丈夫なの?」

「ん? あ、俺のことか。闇の住人は別に食事をとらなくても、全然生きていけるんだよ」


 伸びる影の中にデュランがいることを思い出して、私は声をかけた。

 今まで名前のなかったデュランは、微妙な反応をしては、答える。


「まじで?」

「まじで」

「そのデュランの闇の世界? は、どうなってんの?」

「んー更地かなぁ、簡単に言えば。真っ黒な世界だ。かろうじて植物が生えても、実るのはくたびれた果物くらいだ」

「へぇーつまんそう……」

「つまらないけれど、そういう世界が俺達の普通だから」

「ふぅん。じゃあ、デュラン、こっちに来たお祝いとして、何かご馳走してあげよう」

「え?」


 食べ物もろくにない更地みたいな闇の世界から来たデュランに何か食べ物を買ってあげることにして、私は二ホン露店通りに足を進めた。


「味覚は感じる? 食べる楽しみをロイザお姉さんが教えてあげよう」


 お姉さん風をふかせてみる。


「ほら、出てきな。あっ、でも全身真っ黒じゃあ目立つな……」

「いや、人間っぽい姿にはなれるけど」

「そうなの? じゃあ、おいで」


 私は自分の影に手を差し伸べた。


「……ん」


 影の中から、黒い手がぬっと出てくる。

 不思議だと思いつつ、その手を取り、引っ張り出す。

 私の影から出てきたのは、青年の姿のデュラン。私より背の高く、見上げる形になる。

 前髪の中央だけは白く、あとは短い黒髪。やや流し目は、黒に縁取られた白っぽい瞳。

 整った顔立ちだ。美しいと言ってもいいだろう。

 私が何より注目してしまったのは、真ん中だ。

 露出した色白の肌。少し厚そうな胸。それにうっすらある腹筋とおへそ。

 ダボッとしたデザインの黒いズボン。腕は黒く長い手袋でもはめているのか、はたまた単なる模様なのかもしれないが、とにかく腕から肩に関しては肌を隠しているのだが、真ん中が露出しすぎである。上半身裸と言っても、大袈裟ではない。


「目立つから、私のベストでも羽織っておいて」

「え? これくらい普通じゃね? てか、なんでロイザ、凝視したの?」

「目のやり場に困って固まっただけだ。決して舐めるように見ていない!!」

「そこまで言ってないけど」


 闇の住人は露出に抵抗がないのか。

 全く、いくらなんでも、その露出は目立つ。

 私はベストを貸した。サイズが合わず、前を閉じられないけれど、それなら許容範囲の露出だとオッケーを出しておく。


「よし、じゃあ何食べる?」

「……そう言われてもなぁ……」


 隣を歩くデュランは、なんだか困ったようにやけに大きな手で自分の頭を掻いた。

 そうこうしているうちに、二ホン露店通りに到着する。


「ほらほら、いい匂いしてきたでしょう? 食べたくなるでしょう? 今ならお姉さんがご馳走するから」

「なんでそんなにご馳走したいの」

「今日の収入が多すぎて、使いたいのよ」

「エルフの娘におごってたじゃん」

「まだ足りない!」


 キリッと言い放つ。

 デュランは、ただ戸惑う。

 お金が有り余っていると、使っちゃう。本当なら推し作家に貢ぎたいところだが、オタク封印中なので、人におごることで留めているのだ。


「えーと、じゃあ、ロイザが食べてたやつ」

「焼き餅? 食べたいの?」

「んー……まぁ、美味そうに食べてたなぁと思って」


 自分の食べたいものが、イマイチ選べないデュラン。

 まぁ、お試しに食べさせてみよう。

 ていうか、ずっと見ていたのか。影の中で寝ていると思っていた。


「はい」

「ん」


 串つきの焼き餅を購入し、手渡す。


「こういう時は、お礼を言うんだよ?」

「……ありがと」

「素直でよろしい。ほら、食べてみて」

「……」


 じっと見たあと、デュランは噛り付いた。

 甘めの醤油で味付けた餅を口に入れた瞬間、ぱぁっとデュランの顔が明るくなる。


「んん!」

「甘くてもちってしてて美味しいでしょう?」

「うん! うん!」


 コクンコクン、と大きく頷くデュランが、お気に召したようでよかった。

 きっと今までにない触感なのだろう。もぎゅもぎゅと咀嚼して楽しんでいる。

 ふむ、若い男の子に食べ物を貢ぐって、結構いいな……。

 いや、私の方が、見た目は若いけれど。

 目を輝かせて頬張るデュランを見ていると、母性がくすぐられる。


「よーし、次はリンゴ飴にしようか? それともイチゴ飴? 果物を飴でコーティングした食べ物だよ」

「リンゴって言ったら、カラカラパサパサしたやつしか思い浮かばないけど」

「どんなリンゴ? ここのリンゴ飴は果汁が出るよ」

「それこそ、どんなリンゴ? って感じなんだけど」

「私も食べよう」


 リンゴ飴を二つ購入して、片方を渡す。


「ありがと」


 素直にお礼を言うと、思いっきり噛り付いた。


「かたっ! あまっ!」

「美味しいでしょう?」


 飴の固さに驚き、そして甘さに驚くデュランを、私は笑った。

 これもお気に召してくれたようで、さらに噛り付く。

 口が大きいせいか、一口が大きい。あっという間に平らげてしまった。


「果汁うまっ!」


 じゅるっと、デュランは口を拭う。

 満足げな笑みだ。


「でしょう? 今日はこれくらいにして、また明日食べよう」

「うん」


 まだ食べたそうに露店を一瞥したけれど、デュランは私に従う。

 デュランのお腹にどれくらい入るかわからないから、今日はこれだけ。


「ありがと、ロイザ」

「ん?」


 宿屋に向かって歩いていれば、デュランがお礼を言う。

 またお礼を言うほど美味しかったのかと思ったけれど、違った。


「名前をもらったから」


 デュランは、人気のない路地に入ると、ベストを脱いで私の影の中に落ちるように戻っていく。

 名前をもらったお礼か。

 ベストを着直した私は、ご機嫌になって、残りのリンゴ飴をかじった。



 

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