♰18 目的。
「困るよー、ハート様」
ギルドマスターが、そう困った笑みで言う。
翌朝。冒険者ギルドに来て、顔を合わせていきなり言われたから、一瞬なんのことかわからなかった。
私は首を傾げる。
「昨日、若い冒険者のパーティを潰しただろ?」
なんだ。例の連中か。
「潰したとは人聞き悪い……喧嘩売ってきたのはあっちですよ?」
「喧嘩を買う方も悪いと思うぞ」
「私だって最初は無視してましたが、クインちゃんが泣いたものですから……大人として、他人を見下すなと教えてあげただけです」
「仕事が出来ないほど潰すことないだろう……?」
仕事が出来ないほど?
私は思い出して、ポムッと手を叩く。
「ロウィンです。ロウィンが麻痺咆哮なんて浴びせたから」
「彼らには、とある仕事を任せてたのに、ロウィンが連れて帰ってきて……ああもう困ったなー」
「……私が代わりにやれってことですか?」
「やってくれるのか?」
にこっと明るい笑みになるギルドマスター。
「でも、シルバーのランク2のパーティに任せる仕事、ソロの私が引き受けていいんですか?」
「ロウィンがいれば任せられる」
「そのロウィンとは、再戦する約束なんですけど」
「サクッと再戦をすませて、行ってくれ」
ロウィンと組むのか。再戦の結果次第だ。
「それで、仕事はなんです? 討伐ではないみたいですが……」
討伐以外の仕事は、面倒じゃないならいいけれど……。
「調査だ」
そう言って、ギルドマスターは地図を手渡す。
「……丸ついてるところに行けと?」
「そっ」
「遠いですね……」
「ロウィンに乗ればあっという間だ」
精霊の森よりも、さらに奥の方角の地図上に、丸が三つほどつけられている。
これ、歩いたら、十日はかかるだろう。
ロウィンと行く前提だな……。
「厳密には、なんの調査なんです?」
「そこにモンスターの群れ、また動物の死体がたくさんあったと報告を受けているんだ。冒険者の仕業なら、モンスターの死体から何かしら証拠を取っていくだろう? だが、その形跡はない。惨殺された感じだって、報告を受けている。動物もしかり。食い殺されたわけじゃなく、惨殺しただけ。そういう印象らしい」
モンスターなら、食べているはず。
共食いもあり得るが……。
「モンスターの仕業だとすると、凶暴化が濃厚ですね」
「そうだ。凶暴化で暴走して惨殺し回っているモンスターがいる可能性がある」
「その存在を確認して、追跡して棲み処を見付けることが、今回の仕事ですね」
「おう、そういうことだ」
内容を把握した私は、そのまま地図を収納魔法の中に入れた。
凶暴化か。王都に来てから、遭遇しすぎだ。
「モンスター以外の仕業の場合だが」
「人の仕業とか、ですか?」
「ああ、その場合、こちらで判断を下すからモンスター以外の仕業だって、なんならかの証拠を手に入れたらすぐ戻ってきていい」
人の仕業だったら、警備騎士も加わるんだっけ。
「討伐、または確保の報酬はなしですか?」
冗談で笑って見せたが、ギルドマスターは難しそうな顔で俯く。
「今回ばかりは嫌な予感がするから、やめておいてくれ。無事戻ってこい」
「……んー私も勘はいい方なので、やばいと直感したら戻りますよ」
ギルドマスターが嫌な予感がすると言うと、ちょっと気になる。
でも勘なら、私も負けないと自負しているから、大丈夫だと胸を張って笑った。
「じゃあよろしく頼む。ロウィンは前戦った会場にいるぞ」
「あれ? 試験官として見ないんですか?」
奥へ通してくれたけれど、確認しておく。
「今日は特別試験じゃないぞ。だいたい、ランク上げの試験は、一人につき、月一回だけだって決まってんだ。知らなかったか?」
「知らなかった! 来月まで待つの!? ゴールドが遠い……!」
「はははっ。それまで腕を磨きながら依頼をこなしてくれ。期待してるぞ」
私は呻きながらも、実技会場へ一人、足を進める。
勝手に、ロウィンと戦うイコール特別試験だと思っていた。
まぁ、筆記試験で知識を詰め込む時間が必要だから、しょうがないか。
だから、ゲッカはすぐにシルバーに上がれないのね。納得。
「おはよう、ロウィン。待たせた?」
「おはよう、我が主」
「主じゃないし」
このやり取りも、今日で終わりかな。
実技会場の中に、佇む純白の大狼。もっふもふのフェンリル、ロウィン。
軽くストレッチに腕を回しながら「ギルドマスターから聞いた? 調査の仕事」と問う。
「昨日の輩の代わりに任せたいと聞いた」
「んーうん。引き受けた。よし、始めようか」
腰をひねってから、ストレッチは十分と判断して、腰の魔剣を抜いた。
一緒に行くかどうかは、戦い方次第だ。
「本気出せよ」
「御意」
私が身を屈めるように構えると、ロウィンはあとから唸り声をその大きな口からもらす。
「火よ(フィアマ)火よ(フィアマ)」
究極の火の魔法を唱えようと、右の魔剣に火を付与した。
しかし、いきなり麻痺の咆哮が飛んでくる。
雷の耐性がある防具を着ているとはいえ、浴びるのはよくない。
瞬時に、横に転がって避けた。
最後まで唱えられなかったが、それでも火の魔法は発動する。
私の左右に灯る火の玉が二つ。それを走り始めたロウィンに向かって、ぶつけようとした。
ボン! ボン!
間一髪で避けられて、地面で弾ける火の玉。
噛み付こうと大口を開くロウィンを、特大の炎を纏った魔剣で切ろうと振り上げる。
しかし、目の前まで来たロウィンが、ずしゃんと私の右側に倒れた。
どうした? と思ったが、ロウィンの前足を掴む黒い手を目視。
それは間違いなく、不自然に伸びた私の影から出ていた。
「デュラン!!」
私はカッとなって邪魔したデュランを怒鳴りつける。
ぶるぶるっと頭を震わせて立ったロウィンが自分の前足を見たが、もう黒い手は私の影の中に引っ込んだあとだ。
ロウィンには、何がなんだかわからないだろう。
けれど、説明してやる暇はない。
私は自分の影をゲシゲシと踏みつけた。
「ふざけんな! なんのつもりだ!? デュラン!!」
足に裏が痛くなるほど強く踏みつけるが、きっとデュランにダメージはないのだろう。
「こっちは真剣勝負してんの!! なんで邪魔した!? デュラン出てこい! ぶん殴ってやる!!」
怒りが収まらない私は踏み続ける。
「我が主……」
ロウィンに呼ばれて、もしかしてロウィンの前だから出ないのかと過った。
しかし、不自然に伸びた私の影から、ぬっと人の形が出てくる。
真っ黒な人型。昨日の人っぽい姿とは違い、最初に見た黒一面の人型だ。
警戒して牙をむき出しにして睨み付けるロウィンを横目に、私は有言実行でぶん殴る。
だが、もやのように、拳はすり抜けた。煙みたいにゆらゆらしている。
なんだ? すり抜けが可能の身体なのか?
「闇の住人だな……我が主が、先日究極の闇の魔法を行使したとは聞いたが、その際に出てきたというわけか」
「あったりー」
ロウィンは、低い声で言い当てた。
デュランが弾むような声で肯定。
「フェンリルとじゃれてないで、さっさと仕事に行こうぜ」
「なんで影の中の居候に急かされなきゃいけないのよ!? 殴らせろーっ!!」
何かと思えば、仕事の催促。
全く持って意味が分からない。とりあえず殴らせろ!
「主。闇の住人は……」
「聞いたよ! 殺戮者なんでしょ!? でもデュランは殺戮する気はないって!」
闇の住人が全員、殺戮者ではない。
それをロウィンに向かって言って、思い出すことになる。
そう言えば、デュランがこっちに出てきた目的を聞きそびれていた。
別に闇側に飽きて、こっちに来たわけではなさそう。それなら、もっと進んでこっち側を楽しんだはず。
昨夜は私に言われて仕方なく出てきた風だったし、食べ物にも興味を持っていなかった。
何が目的で、こちら側に来たのだ?
「デュラン。目的は何?」
すると、揺らめきながら黒い煙が消えていき、昨夜見た青年の姿が現れた。
ニヤリといわくありげに笑った顔に、一発拳を入れて、殴り飛ばす。
私より背の高い引き締まった身体つきだが、右ストレートは決まり、簡単に倒れた。
「主よ。問うておきながら、殴るのは……あまりよくないと思う」
「いや、今なら殴れる気がして、つい」
「ついで殴る!? いってぇええ!!」
ロウィンがドン引きしているけれど、ほら、我慢ってよくないじゃん……?
私の反射能力はピカイチなので、しょうがない。
真っ赤になる左頬を押さえて、痛がるデュラン。
かなり痛がるものだから、流石に気の毒に思ってしまった。
「えっと……ごめん?」
「謝るならもっとちゃんと謝って!!」
「そもそも邪魔したデュランが悪い。謝るならそっちが先!!」
カッと一喝するように、言い返す。
「ぐすん、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
痛みで涙ぐむデュランが謝るから、私も腰を折って謝った。
「ほら」
「……ん」
手を差し出して立たせたあとは、氷属性を付与した右手を赤くなったデュランの左頬に近付ける。
触れたら、凍り付くから、これくらいがちょうどいいだろう。冷やしておく。
すると、大きな大狼が、私の頭に顎を乗せてきた。……重い。
その上、ぐるるっと唸るから、煩い。喉が近いから、振動までくる。
「それで? 私とロウィンの真剣勝負を邪魔するほど、真っ当な理由があるんでしょうね?」
「フェンリルの頭、退かさないの? 近すぎるんだけど」
「いいから、さっさと目的を吐きなさい!」
私の頭上で、ロウィンとデュランが睨み合いをしているが、さっさと目的を問いただす。
「闇の住人はさ、皆がみーんな、殺戮が好きじゃない」
デュランはロウィンから私に目を移すと、そう切り出した。
「でも俺の兄は、闇の住人らしく殺戮がしたいってタイプ」
デュランの兄。
「少し前に兄が出ちゃったんだよね、こっち側に」
私は目を見開いた。
殺戮を好む闇の住人が、いる。
「俺はその兄を止めるために出てきたんだ。多分、ロイザが引き受けた調査の仕事、十中八九、兄貴の仕業」
スッと黒い指先が、私の鼻の先に当てられた。
「恐らく、王都を目指しながら、手当たり次第、殺戮している感じだろうね。人の被害が出てないのは奇跡かな」
私は手を離して、氷の付与を解く。
「怖い顔しないでよ」
肩を竦めるデュラン。
目を細めてデュランを見据えているだけのつもりなのに、怖い顔になっているのだろうか。
まぁ、そこは、どうでもいい。
「ちゃんと言いなさい」
「……」
私はそう告げる。
「私が死なない限り、デュランは自由に移動出来ない。かと言って、私を殺す気はない。でも、王都を目指して殺戮を目論む兄を止めたいのよね?」
闇の住人は、術者から離れて行動が出来ない。
それを教えてくれたのは、デュランだ。
そして、私を殺す気もない。
けれども、こちら側に出てきた目的は、殺戮をしようとする兄を止めるため。
私に伝えるべき言葉があるだろう。
デュランは静かに頷くと、頭を下げた。
「俺と一緒に、兄貴を止めてください」
私とデュランはともに行動するしかない。
ならば、デュランがこうして頼むのが筋ってものだ。
「よろしい。さぁ、行こうか」
ぽんっ、とデュランの頭に掌を置いて、私は急かす。
「あっさりしてんね……また殴られる可能性を少し考えちゃった」
「私をなんだと思っているの。デュランを出しちゃった時点で、手伝うしかないじゃない。殺戮者なんて野放しに出来ないでしょう?」
重たいロウィンの顔を退けた私は、出口に向かって歩きながら、顔だけ振り返って続いて言う。
「私がいる王都に向かっているなら、なおさらじゃん」
二ッと笑って見せる私の脳裏には、クインちゃん達が浮かんだ。
「……我が主」
ロウィンが、しょぼんと顔を伏せながら呼ぶ。
「また断ると思うが……それでもおともする」
「当たり前でしょう?」
「!」
ロウィンは驚いた顔を上げた。
「闇の住人がいるってそう言いふらせないでしょう? それも殺戮者なんて。このことを知ったからには、ロウィンも手伝うの」
「……御意。我が主に付き従う」
大きな大狼は、こうべを垂れる。
闇の住人。究極の闇の魔法の源だ。
きっと私一人では手に負えない。ロウィンも連れていく。
「そもそもギルドマスターが一緒に行けって言った仕事だし、ほぼ決定事項だったんだけれどね」
「なんて報告すんの?」
「んーそうねー……片付けてから真実を話すよ」
ギルドマスターに、討伐や確保をせずに戻って報告をすることを言われたけれど。
そうもいかないだろう。人が犠牲になる前に、デュランを出した私が片付ける。
虚偽の報告はしない。
ギルドマスターに、嘘はつきたくないから。
「準備して出発する。ロウィンは先に門の前で待ってて」
「御意」
「デュランは影の中に戻る」
「わかったよ」
幸い、ギルドマスターと顔を合わせることなく、冒険者ギルドを出ることが出来る。
またたび宿屋で、野宿用のリュックを背負う。
ヘニャータちゃんに数日出掛けると伝えてから、私は出発した。
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