♰19 殺戮者の影。
三年前。
私は流行り病にかかった両親に何もしてあげられなかった。
呆気なく、他界した両親。
残された広い家には居られなくて、冒険者の仕事に出掛けた。
そんな時に、見付けたベルベットウルフの群れ。
このまま進撃されては町が危機に陥る。それは過ったけれど、一番は単に暴れたかった。
親を亡くしたやり場のない感情をぶつけるために、暴れたかっただけなのだ。
全力で暴れ、ベルベットウルフの親玉を仕留めたあとに、泣いた。
冒険者ギルドにはデヴォルの町を救ったと盛大に祝いたいと言われたけれど、町を守った英雄なんかじゃないから、親の喪中を理由に断った。
三年前の私は、誰も守っていない。何も救ってはいない。
けれど、今は違う。
私は誰かを守るために戦うのだ。何かを救うために戦うのだ。
知り合ったばかりだけれど、出逢った人達を守るために戦う。
まだ慣れていないけれど、王都を救うために戦う。
別に誰かに知ってもらえなくてもいい。知られないままでもいい。
英雄だと盛大に祝われなくてもいいんだ。
いつか、最強の冒険者になった時でもいい。
私は守るために、本気で出す。それだけだ。
転生したら本気出すって言ったじゃん。
フェンリルの姿のロウィンの背に乗って、精霊の森を駆け抜けた。馬より速い。
二日野宿をして夜は身体を休めつつ、三日目も進んでいけば、デュランが知らせる。
近付いている、と。
闇の住人同士で、気配を感知出来ると、デュランから聞いた。
特に家族だとなおさら強くわかるらしい。
ロウィンに足を止めてもらい、私は背から降りた。
魔剣を二本抜いて、仁王立ちしながら、サッとだけ周囲を一瞥。
障害物はない。ちょっと低い岩があるだけで、平坦な更地が広がっている。
ちょうどいいか。
「デュラン。あなたが気配を感じたなら、あっちも気付いているのよね? もう来る?」
「気付いてるね。もう少し」
後ろに伸びた影から、ぬっと出てきたデュラン。
黒い煙を払い、人らしい姿になった。それを横目で見たあと、私は前を見据える。
そうすれば、右隣にデュランが立つ。左隣にはフェンリルのロウィンが立っている。
闇の住人と幻獣が味方か。心強い。
密かに口元に笑みを浮かべてしまった。
野宿中に聞いたデュランの兄の特徴は、好戦的。そして、殺したものの影を実体化して操るという、闇の住人でも特殊な能力を持つ。
だが、無限に出せるわけではない。デュランの予測では、厳選した強い影を十体ほど操って戦うだろうとのこと。
しかし、悠長に闊歩してきた影は、二十体近くはあった。
モンスターらしき影の集団が、行進。その先頭にいたのは、人の影。
「よぉ。弟」
「よぉ。兄貴」
デュランに声をかければ、黒い煙を消し去って、人らしい姿になった。
デュランとよく似た青年の姿。デュランより長めの黒髪は、前髪の中央が白い。上半身が裸同然で、腕は真っ黒。よく似た格好。
しかし、浮かべる笑みは凶悪。目が危ない感じがする。
デュランとは違い、完全に悪だと判断出来るほど、私の人を見る目が示す。
「こちら側に来てたのか。一緒に王都中の住人を殺戮するか?」
兄は笑いかける。
殺戮をしようと、誘う。
「殺戮しないってわかってるだろ」
デュランはそう肩を竦めて笑い返す。
「だろうな。術者を殺しもせずに、ここにいるってことは……俺を止めるためか? 弟よ」
デュランの兄が、ちらりと私に目を向ける。
「当たり前だろう、兄貴。紹介するよ、ロイザとロウィンだ」
「初めまして、デュランのお兄さん。一応私からも言わせてもらいますが、殺戮をやめてもらえますか?」
デュランが紹介してくれたから、私は笑顔で伝える。
「デュラン? 名前をもらったのか? おいおい、闇の住人が飼いならされているのかよ。全く、とことん愚弟だな」
くつくつと愉快そうに笑うが、貶しも含まれていた。
「まぁ幻獣を飼ってるみたいだし……精霊も持っているのか? へぇ、強い味方を持ったもんだな。なぁ? デュラン?」
私を吟味しては、言い当てて、デュランを呼ぶ。
正確には精霊持ちではないが、それは言う必要はないだろう。
「ああ、幸運だよ。ロイザが術者で、本当によかった。こうして、俺を信じてくれて、兄貴を止めることにも手伝ってくれる」
一歩、デュランは前に出る。
「兄貴は、ずっとこちら側に憧れていたよな」
「はぁ?」
「だから、恨んでもいたよな。自分の世界にはないものを全て壊したくて、殺したくて……」
「ハンッ!! 俺は何も憧れてもいないし、恨んでもいねぇよ! 殺したくて殺したくて殺したい!! ただそれだけだ!!」
闇の世界は、更地も同然の暗い世界。ほぼ何もない。
けれども、こちら側は違う。
森があって、街があって、光がある。
デュランは、兄が恨んでいると言っていた。自分の世界にないものがある、この世界を。
根っこにある殺戮の動機は、きっとそれだとデュランは語った。
しかし、純粋な殺戮衝動しかないと、デュランの兄は言い切る。
「術者を殺した時の快感はすげぇぜ!? あんな心地いい気持ちは生まれて初めてだ! 弟よ、お前も殺してみればわかる! 殺しちまえよ! その幻獣ごと!!」
酔いしれているような兄にまた一歩、デュランは歩み寄った。
デュランの兄はもうすでに、術者を手にかけている。一目瞭然か。
デュランも予想していた。だから、これ以上手にかけてしまうその前に。
説得させてほしいとも頼まれた。
「兄貴。もう誰も殺さないでくれ。もう何も殺さないでくれ。お願いだ」
デュランは、乞う。
「俺の兄貴だろ? 弟の願いを聞いてくれよ」
デュランがどんな顔をして、そう乞うているのかは、私からでは見えない。
背中しか見えない私には、デュランが今どんな気持ちかはわからなかった。
「……お前はどこまでも愚弟だな。邪魔するなら、お前も殺す。いや、ここで死ね」
興ざめしたように笑みをなくすデュランの兄は告げた。
突き出された黒い手に、黒い煙のようなものが纏わりつき、巨大化する。
同じくデュランも突き出した黒い手を膨張させるように巨大化させた。
闇の黒い手が、ぶつかり合う。
闇と闇の衝突。
説得失敗か。
同時に、デュランの兄が操る影達も、進撃する。
私とロウィンはデュランの兄弟同士の戦いを邪魔しないように、左右を横切って影達に挑む。
熊のような体躯のモンスターの影の首を、火を纏う魔剣で刎ねる。
実体化しているなら、こうして両断することも出来るから戦える。
デュランが兄を食い止めている間に、モンスターの影を仕留めていく作戦だ。
まぁ、少々数が想定より多いが。
問題ない。ロウィンと私なら。
「”ーー障壁をも砕け、氷結の雨、散れーー”!!」
氷属性の広範囲魔法を放つ。
これで逃した影は、ロウィンが仕留める手筈だが、一網打尽にした。
「あーあ」
デュランの兄の声。
巨大な黒い手によって、デュランが捻じ伏せられていることに気付いた。
「せっかくの俺の軍勢を……まぁいいか。お前らの影は強そうだ」
私とロウィンを殺して、影を奪う気だ。
「やらねーよ!」
デュランを捻じ伏せる黒い手を退かそうと、火を纏う魔剣で切り付けに行くが。
ゆらり。煙のように、すり抜けてしまう。
見れば、デュランの兄はもう一面黒い姿に戻っていた。この姿では、普通の攻撃ではダメージを与えられない。
そのくせにーー。
「いや、もらうし」
「っ!」
もう片方の手で、吹っ飛ばされた。
普通の攻撃はすり抜けるのに、攻撃をする時は当たる。
なんてご都合主義な身体なんだ!
ぼふっと背中がクッションみたいな毛に包まれた。
ロウィンが、身体で受け止めてくれたのだ。
「デュランを助けるよ」
「御意」
ロウィンとほぼ同時にデュランの兄に攻撃を仕掛ける。
ロウィンがデュランを捻じ伏せる手に噛み付こうとするから、すり抜けるしかない。私の攻撃もスカッとすり抜けるが、その隙に、デュランを救出。
初めにデュランと兄の強さは聞いていたが、デュランが負傷をさせられるほどの力の差があるのは予想外だ。
一旦距離を取り、デュランを見れば、胸から腹にかけて引っ掻かれて赤い血が溢れていた。
私の右ストレートには痛がっていたのに、これは堪えている様子。
すぐに左の魔剣を置いて、収納魔法の中のポーションを一瓶取り出して渡す。
「回復薬。まずいから覚悟して。あとは任せろ」
「っ、ロイザ……」
「行くよ、ロウィン」
十分にデュランは離した。
相手は、究極の闇の魔法そのもの。
行使したことのある私が、その強さを知らないわけではない。
「”ーー爆裂業火ーー”!!」
放つなら、全力火力。
爆炎を掻き切って、傷一つない人影が現れる。
「無駄! お前の攻撃は当たんねー……!?」
余裕綽々に言い放つのも今だけだ。
私が攻撃を放ったと同時に、駆け込んだロウィンが頭にかぶり付く。
しかし、それも煙に噛み付いただけ。すり抜ける。
「無駄無駄!」
ロウィンも巨大な黒い手によって、捻じ伏せられた。
でも、想定済み。
全力火力の火魔法も、ロウィンも囮。
本命は、こっちだ。
後ろを取った私は、唯一使えるその魔法を使った。
「光よ(リラーレ)!」
「っあ!?」
光属性の魔法は、これしか使えない。
視界を悪くする闇魔法を受けた時の治癒魔法として使う光の魔法。
闇を晴らす光。だが、これで十分。
デュラン曰く、黒い煙を掻き消し、実体である人らしい姿が露になる。
これで、こっちの攻撃は効く。
捻じ伏せられたロウィンが雷を纏うから、痺れて痙攣するデュランの兄。
「選べ」
私は真っ赤な魔剣を首に当てて、選択を迫る。
「降伏か、死か」
「っ!」
デュランによく似た歪む顔が、すぐに笑みに変わった。
何かをする気だと思い、火を付与する。ボッと灯る火。
たが、遅かった。
「お前が死ね!」
「!?」
私の周囲に、影が立つ。十体に及ぶ影が立体化した。
「ぐっ!!」
直接ロウィンの雷に触れて麻痺が回っているはずなのに、兄は巨大な手でロウィンを吹っ飛ばす。
そして、影の中に、ぽとんっと落ちて消える。
私は孤立無援の上、近距離で、影である敵に囲まれた。
◆◇◆
「光魔法使う女はこれで終わりだ」
ぬっと地面に不自然に伸びた影から出てきたデュランの兄は、デュランの前で立つ。
「幻獣の前に、お前を殺す。いいよな? 兄に逆らったのはお前だ」
麻痺で少しぎこちない動きになるが、デュランの兄は闇の手を振り上げる。
「じゃあな、弟よ」
傷が塞がったばかりのデュランは、ただ笑う。
カッ!!!
後ろで、発光。それは雷だ。
「何!?」
デュランの兄は、振り返る。
「ロイザを舐めすぎ」
デュランは、ロイザリンから渡された魔剣の先を、実の兄に向けた。
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