♰03 若返りの秘薬。
精霊の森は、正確には一つではない。
けれども、この王国の中にあるのは、たった一つといわれている。
王都メテオーラ・ルナの東南に位置する精霊の森、グラーティアス。
生い茂る緑豊かな美しい森には、精霊達が棲まうといわれている。
かつて勇者王と呼ばれた最強の冒険者も、その中の精霊と契約を結んでいたとのこと。
精霊と契約を結ぶと、その精霊の力が使え、魔力も増幅すると言われている。
人間にはその姿は見れないという。なんでも精霊自身が望まない限り。
けれど、妖精種は別だ。エルフなどには、精霊を見ることが出来るそうだ。
まぁ、見えたところで、そう簡単に精霊と契約出来るわけないのだけれどね。
それに、私の目的はあくまで若返りである。
精霊様と契約なんて高望みはしない!
精霊の森グラーティアスの中に、一つだけ洞窟があるそうで、そこに精霊が作った若返りの秘薬がある。
そういう噂だ。過去に同級生達から聞いた話では。
精霊が作ったのだ。効果は期待できるじゃないか。
「ヘニャータちゃん。三日……遅くても四日は留守にするね」
「お仕事ですかにゃ? いってらっしゃいませ! 食べなかった分の朝食代はチェックアウトの時にお返ししますにゃ!」
「え? いいの? わーい。いってきます」
猫耳の看板娘ちゃんに笑顔で見送りをされた。
デレっとしながら、またたび宿屋を出る。
部屋をキープしているのだからお金が返ってくることは期待していなかった。助かる。
近いと言っても、距離は大体徒歩で一日かかるのだ。 馬車も門番に渡したし、移動手段はもちろん徒歩である。馬だけもらっても、ちゃんと世話出来ないもの。仕方ない。
森の中で洞窟を探すにしても、一日か二日かかると予想。野宿も考えて、リュックを背負った。
必要なのは、ポーションだ。体力や怪我を治す薬であるポーションは、教会が作っている。聖なる魔力と祈りで作られるそれを店で販売しているので、小瓶を五本買っておいた。お金と一緒に収納魔法の異空間の中に入れておく。
昨日引き受けた依頼書の討伐内容は、モウスと呼ばれるモンスター。大型の猪というか、マンモスに近い。受付嬢の話では、大きくなったモウスが、精霊の森グラーティアスに住み着き、採取などの簡単な依頼をこなそうとした冒険者が被害に遭ったそうだ。精霊の森では、子どもも植物の採取をするため、早めに討伐してほしかったらしい。ちなみにいつまでも依頼を引き受ける冒険者がいなかった場合、警備騎士に回されるのだ。確か。
シルバーのランク3ということは、私は余裕に討伐出来るということだ。
冒険者のランク付けは、同等の依頼をこなせて当然、となっている。
実力的にもシルバーのランク3以上だと自負しているので、ちゃっちゃと先に済ませて若返りの秘薬を探そう。
念のためのポーションを買ったので、準備はこれくらいでいいっか。
さぁ、出発だ。
王都の門をくぐって外へ出たら、陽が暮れるまで、東南の森を目指して歩き続ける。
夜は視界が悪いので、野宿。あまり眠れないけれどね。
こういう時、仲間がいれば安心して眠れるのだろうか。
仲間か。……欲しいなぁ。
でも実際問題、分けまいとかでトラブルになったり、信頼を築くまで時間がかかったりして、難しいだろう。
ゲームなら、簡単なんだけどなぁ。まぁゲームとは違うのは当然か。
ゲームでは仲間いないと寂しくて戦えなかったのに、現実ではソロ冒険者か。うん。コミュ障だ。
店員さん相手に話すのは、出来るけれど。深い仲になろうと歩み寄るのは難しいと感じる。
故郷に親しい友人がいなかったことと同じだ。
自分一人の世界に入り込むことが好きだ。自分一人の時間が大切だ。
一人は楽しいけれど、一人は寂しい。
あーあ。前世から変わってない。
ちょっと自分に絶望しつつも、切り替えようと頬をパチンとはたく。
王都で出会いが増えるだろう。その中で親しい友を見つけたり、仲間を見つけていけばいい。
私は若返って、やり直すのだから!
朝陽が昇ったら、再出発。
数時間で、森に行き着いた。
精霊の森グラーティアス。
鬱蒼とした木々は、首を痛めてしまうくらい高く、どっしりした幹と根。垂れ下がる蔦を退かして、森に踏み入った。
「お邪魔しまーす」
一応、断りを入れておく。
片手には、ホルダーから出した短剣を握っている。
妙に静かだ。そう思い、顔を上げて木々を見上げた。木洩れ陽で、目が眩みそう。
そんな木々には、小動物の気配がしない。姿は見えなくても、鳥の鳴き声や羽ばたきが聞こえてもいいはず。
静かすぎる。嫌な感じだ。
私は、もう片方の短剣もホルダーから取り出した。
落ち葉をさくさく踏みながら進んでいくと、開けた場所に出る。
「わぁー、綺麗」
一人の時間が多いと独り言も多くなるよね。
思わず、声に出した光景は、とても美しい一面の花畑だった。
少しだけ背の高い白い花と水色の花が、そよ風に揺れている。
蝶々も飛んでいて、ちょっと警戒が緩んだ。ほっこりする光景。
精霊の森だけあって、やっぱり綺麗なところがあるんだな。
花は踏みたくないので、隅っこを歩きながら、眺めていた。
だが、不意に、ピリピリッと肌に刺激が走る。危険を感じ、リュックを落とす。
視線を花畑から上げると、森の中に大きなモンスターが立っていたのだ。
マンモスのような大きな牙。巨大猪のような丸い身体。討伐標的のモウスか?
いや、何か……様子がおかしい。
この感じ……!
「グルルッ」
唸るモウスの目は、真っ黒に染まっていた。黒一点。
モンスターの凶暴化だ!
授業で学んだだけで、実際に見たことはなかった。
凶暴化は、力が倍増する。スピードも増す。言わずも凶暴だ。
元々モンスターは、凶暴で人間から動物まで襲う生物。魔物とは別物だ。魔物も存在するが、別にテンプレのように人間や他の種族と敵対していないし、必ずしも悪ではない。
モンスターは、簡単に言えば怪物。ただただ凶暴で、飼い慣らすのも不可能。
原因は解明されていないが、稀に凶暴化をする。それから、モンスター同士で感染もするらしい。
しかし……! 大きいな!
圧倒的強者の威圧を感じる。強い。
「これはさっさと討伐しないと死者が出るな」
私にならないことを祈るばかりだ。
子ども達も来る森なのだから、早くこいつを討伐しないと。
他のモンスターまで凶暴化してしまう、その前に。
ドドドッと花を蹴散らしながら、花畑に突っ込んで来る凶暴化モウス。
やはり速い!
「風よ(ヴェンド)!」
風の魔法を使って、横に飛び込む形で避けた。
転がって、それから態勢を整えて、花びらが舞い上がる中に突っ込む。
花畑を荒らしやがって!
後ろを取った私は、短剣で切り付けた。
「ウモウウウウウウウウ!!!」
雄叫びのような声を上げて、モウスはこちらを振り向く。軽傷ってところか。全然ダメージを与えてない。
ならば、魔法で!
火を使っては森が火事になりかねない。花畑も焦がしたくないから。
「“ーー清浄を凍らせ、射抜け、氷の刃ーー”!!」
両剣を上から振りかぶって、数個の氷柱を放つ。
大きな身体に突き刺さり、またモウスは声を上げた。
すると、咆哮が放たれる。
肌がチクリ、耳がキーンと痛む。
怯んだ私に向かって突進してきた。なんとか牙に刺さらずに避けられたが、モウスの身体に掠って飛ばされる。
花畑に転ばされた。倒れたが、すぐに痛みに耐えつつ、態勢を整えるために起き上がる。
風の魔法で、さらに後ろに飛び退いて距離を取った。
素早く収納魔法からポーションを取り出し、一本を飲み干す。
「ぷはっ! 不味い!」
体力や傷を治すための成分のせいか、苦味がした。しょうがない。
「“ーー風よ纏い、さらなるつるぎとなれーー”!」
痛みが引いたのを感じながら、魔法の風を作り出して、両剣に纏わせる。
大体、長剣の長さになった。
「風よ(ヴェンド)!!」
そして、風の魔法で加速。花畑を駆け、高く飛び上がる。
モウスの背中に乗って、同時に突き刺した。
そのまま、身体を回転して、その体重を糧に抉る。
血飛沫を避けるように、サッと地面に降り立つ。
それなりに大ダメージを受けたはずだが、凶暴化したモウスは攻撃をする。
普通深傷を負えば、怯んだり逃げたりするが、攻撃か。
だが、もうモウスの攻撃を受けない。
花を踏みつける右の前足を、両断。
最後に、崩れ落ちたモウスの喉に一突き。
魔法の風は解いて、一歩下がれば、ズシンとモウスは倒れる。息の根は止めた。
「ふぅ……。あーあ、こんなに花畑を荒らして……申し訳ないです、精霊様」
荒れた花畑を一瞥しつつ、他に敵がいないかを確認する。
いるかもしれないし、いないかもしれない精霊に謝っておく。
他に凶暴化したモンスターがいないか、探しておこう。
「ああ、そうだ。証拠に……目玉も取り出さなきゃいけないんだっけ、凶暴化の場合」
討伐の証拠に牙を持ち帰ることは決まっていたけれど、凶暴化していた証拠に黒く染まった目を持ち帰らなくてはいけない。
凶暴化なら、報酬も上乗せだ。
しかし、まだ温かいモンスターの目を抉るのは、抵抗を感じる。
まぁ、皮を剥がしたり、牙を抜いたりすることも多いから、慣れてはいるけれど。
動物が食べてしまう前に、目玉を抉り出す。
「おお、真っ黒」
大きな目玉は、他の色がないほど真っ黒だった。血は赤いのになぁ。
ついでに大きな牙も取り外す。牙の方は討伐の証拠にもなるが、別途で買い取ってくれるはず。
あとは、肉食の動物が食べることを期待した。
せっかくの美しい花畑に、こんなモンスターの死体を置いておくのは申し訳ない。
「ごめんね」
一言告げてから、私は他の凶暴化したモンスターを探した。
少しだけ鳥の鳴き声を耳にする。動物が姿を見せ始めた。
どうやら、もう凶暴化したモンスターはいないようだ。少し、肩の力を抜いた。
「あれ?」
森の奥。暗いが、洞窟らしきものが見える。
若返りの秘薬……!
きっとそこにあるはずだ! 若返り!
私はルンルンした足取りで、そちらの方へ足を向けた。
ちょっとした空間がある洞窟の中には、石の土台があり、その上にポツリと小瓶が置いてある。
神秘的な小瓶。
「これが……若返りの秘薬!」
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
ついに、私は若返る。
ちょっとした湧き水があるのかと想像していたけれど、小瓶で用意されているとは驚きだ。
中にも、液体があるとわかる。精霊が作った秘薬か。
「飲ませていただきます!」
一礼をしてから、手に取る。
やっぱり、苦いのかな。
「ん? 全部飲んだら、どうなるのかしら……そもそも、どのくらい若返るのかしら……?」
赤子まで戻ったら困る。帰れない。
そもそも、若返った身体で活躍したいのだ。
ある場所を噂で聞いただけで、詳しくは知らない。調べてから来るべきだったか。
でもまぁ、どこで調べればいいか。わからないけど。
「一口にしよう……」
物は試し。一口で、どこまで若返るか。
小瓶の蓋を、カポンと開ける。匂いを確かめたが、無臭。
ええい、一口だけ!
ゴックン!!
「……水? 味がないというか……美味しい水?」
普通に美味しい水だった。
「うっ!」
ズキン、と痛みが走る。背中もお腹も胸も足も手も。
皮膚、いや骨まで痛みがする。それから熱い。加熱されているようだ。
少しよろめいたが、なんとか踏み留まった。
すると、ふわりっと髪が目の前に降りる。真っ赤な髪だったが、異様に長い。
みるみると長くなる。伸びていくようだ。
毛先は真っ赤だけれど、白銀の髪がウェーブしている。
「はぁっ、はぁっ」
息も辛い。だが、やがて痛みも和らいできた。
あれ……ちょっと手が縮んだ……?
長袖に隠れてしまっている。ピッタリしたサイズだったのに。
ブーツも、ちょっとだけ緩さを感じる。
あっれぇ!? ズボンの太もも周りも緩いぞ!!?
身体が多少縮んだ! いや、違う!!
ーーーー若返ったんだ!!!
「やったぁ!」
早速どれくらい若返ったのか、確かめるためにリュックから手鏡を取り出す。
映るのは、十六歳くらいのちょっとした幼顔があった。大きな丸い瞳は、ペリドット色。
大体半分、若返ったってことだろうか。
毛先は真っ赤だけれど、頭の先から白銀の長いウェーブの髪。
何故髪が伸びたのだろう。抜け落ちたような色なのは、多分副作用だとは思うけど。
そういえば、私は髪が長いと癖っ毛でウェーブになるんだった。よく鏡の前で苦戦していたっけ。それを思い出してしまう幼顔だった。
「邪魔だな……」
腰まで届きそうな長い髪を掴んで、短剣を当てる。
けれど、すぐに思い留まった。触っているとサラサラのツヤツヤだ。ちょっともったいなく思った。
ここで散髪して、髪を残してもしょうがない。これ以上散らかして、精霊のお怒りを買ったら怖いもの。多分、この森には度々来るだろう。冒険者の依頼で。精霊の出禁を受けては困る。
短剣をしまってから、頬に両手を当てると、モチモチだ。
ツヤツヤのモチモチ〜! 肌も若返ったのか! これは思わぬ収穫!
「目的達成! 精霊様、ごちそうさまでした!」
ちょうどいい具合に若返ったので、私はそっと土台の上に若返りの秘薬を戻した。
欲張っても仕方ないもんね。
一礼して、戻ることにした。
空は、すっかり赤く染まり始めている。もう陽が暮れる。
私はリュックに入れた干し肉を食べながら、手頃な木の上に登った。がっしりした木の枝と幹の間に、リュックを置いて、クッションがわりにする。それに凭れて少し仮眠を取った。
夜の森は、静かだ。夜の鳥の声がする。小動物が茂みを揺らす音もした。
でも身の危険は感じなかったから、そのまま安心して仮眠を続ける。
何度か意識を浮上させては沈めることを繰り返しては、朝を迎えた。
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